春 弐の詠
現場に着くと、すでに龍と律也は到着していた。
「「宗にい!」」
二人は結城の元へ駆け寄る。結城は二人に笑みを見せると、上にある閲覧席を睨み付けた。
(糞野郎…!)
「宗にい?」
心配するように律也が顔を覗き込む。
「何でもねぇ。さっさと片すぞ」
結城は深呼吸をして、ポケットの中の端末をタッチした。その途端、三味線の音が響いた。
(壱の詠…)
結城は肺一杯に息を吸い込んだ。
「乱れ咲く花のよう 望む 果てる 短き命 盛りは過ぎどもこの身体 消えて 散って 風に吹かれ いつの日のように土に還れ」
歌うのをやめ、龍に視線を移す。龍も察したようでこくりと頷いた。
「腐れ堕ちた 秘密の果実 報われる事もなく ただいつぞやの日のように 往来を眺めた」
その時、篠笛の高音が響いた。
(律也か…)
「遊びましょ 遊びましょ 狐の嫁入り
頬の紅 貴方の住む場は彼方側 百鬼夜行に並びましょ」
律也の詠が終わると、結城は曲を止めた。暴走を起こしていた芸者は頭を押さえながら、苦しそうに膝を着いた。
「ふぅ~」
「やりましたね、宗にい!」
そう言ってはしゃぐ二人の前に腕を伸ばす。そして再び上を見た。
「姐さん、《ねえさん》これどうすんだ。何回目かわかってんのか?」
結城の声色には確実に殺意が宿っていた。窓の奥にいるとされる人物は応えない。
「チッ!……龍、律也。帰るぞ」
忌々しく舌打ちをすると現場に背を向けて去ろうとした。
「よぉ、宗」
「藍河さん!」
結城は目を見開く。
「うちのモン可愛がってくれたじゃねぇか」
「は?」
結城が聞き返すと、藍河は親指で倒れている芸者を指差した。
その時、結城の思考回路は全て繋がった。
「てめぇ!」
結城は藍河の胸ぐらを掴んだ。
「おぉ、おぉ、宗クン。出来るじゃねぇか」
「お前、自分が何したかわかってんのか?」
「何したか?躾だよ。テメェも知ってんだろ?夏組は各組の中でも一番『裏切り』に厳しい。コイツは俺様達を裏切って政府に寝返ろうとした。当然の報いだろ。それとも気に入らねえなら勝負するか?」
「宗にい、止めてください。こんな勝負、乗る必要がありません!」
「そうだよ!宗にい。帰ろ!」
胸ぐらを掴んでいないもう一方の腕を引っ張る。結城は胸ぐらから手を離した。
「他の組のルールに口出すつもりはねえ。けどてめぇは俺の想像とは違う人間だってことが分かった。
『宗と藍河さん』の関係はここまでだよ。藍河」
結城はそう言って去ろうとすると藍河が結城の名を呼んだ。
「俺様が良いことを教えてやんよ。自分の想像した人物像なんてこうあって欲しいって言う一種の願いなんだよ。それ通りの人間なんて存在しねえ。いるとしたらそれはテメエが作り上げた幻覚だよ」
(クソッ…!)
結城は怒りを押さえるように拳を強く握りしめた。
コノ詠 夕霧なずな @yugiri1011
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