春 壱の詠

二人がいなくなってから部屋は驚くほど静かになった。宥めるように結城が仕事をやると、二人は従順な子犬のように、嬉しながらも競いながら部屋から出ていった。

(ほんと、あいつら騒がしいんだなぁ)

一人になった室内でしみじみそう思った。

(夏の奴については律也に頼んだし、組員の統制も龍に頼んだから大丈夫か)

やる事もなくなり、ごろっと畳の上に寝転がり、龍が読んでいた本を手に取る。

名作として伝わる有名な外国文学だ。

(ボキャブラリーが少ないって言われてんの本人も気にしてんだな。

この調子じゃ俺がいなくてもまとめられるようになるのは時間の問題だな)

龍と律也。春組の弐番と参番に席を置く者である。暴力的…肉体的な龍に比べ、律也は頭脳派で、各組で最年少の数字を持つ人間だ。性格も感じ方も全く違う二人だが息が合えば、結城をゆうに越える実力を持っている。

(今は律也も龍も『宗にい』って呼んで慕ってくれてるが、二人が本当の実力に気づいてしまったら俺は春組にとって必要のない人間になる)

結城は二人に成長して欲しいと思いながらも、影ながら二人の実力が怖くて仕方がなかった。

ふと我に返り、頬を叩く。

(何考えてんだ。いつかそうなるかもしんねえけど、今は二人が望む『宗にい』、春組の壱番としてやんねえと)

そう気持ちを切り替え、本に手をつけようとすると廊下が騒がしくなり、襖が乱暴に開いた。

「結城さん!政府が捕らえていた芸者が暴走し始めました!!」

「はぁっ!?組員を安全なところに避難させて、龍と律也を現場に連れて来い!」

そう命令すると、駆け込んできた組員はまたバタバタと先程の道へ戻って行った。

(政府の糞野郎っ!!)

拳を血が出そうなほど強く握る。

「まだ懲りてねえのかよ!」

壁を強く殴りつけて、現場へ足を進めた。





「あははっ!また失敗しちゃった!

やっぱりぼく達の力じゃ駄目かなぁ?」

窓の向こうで芸者が奇声を上げ、周りの建物を破壊しているのにも関わらず、少年の風貌に近い青年は呑気に笑う。

「いっそ、秋組の科学者さんの力でも借りちゃう?」

黄緑の髪の青年は、闇に問い掛ける。

「馬鹿な事を言うな。お前の能力を信用して芸者を差し出しているんだ。今ごろ芸者に頼ってどうする」

「信用ねえ~。ぼくの事ちっともそんな風に思って無いくせに、どうせ手駒の一つでしょ?」

「…………」

青年の問い掛けに応えない。

「んー。まあいいや。ここで芸者さんのお手並み拝見とでもいこうかな」

青年は窓の方に目を遣り、集まる人影を見て不敵な笑みを浮かべた。

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