第6話 日曜日は快晴
「恋」だったのだ。
結実がそれに気づくことが出来たのは、折り紙のお陰だった。
少女がよく折っていた巻貝の折り紙を、少年もまた作っていたという事実が彼女の記憶を呼び起こさせたのだった。
―白帆ちゃんと寛太君が仲良く折り紙してるところ、私見たんです―と彼女は言った。
恋心を抱いていた少女に一目でいいから会いたい、そう願う気持ちが彼の中で肥大化し、結果的に抑えきれ無い願望の塊―つまりは怪獣となって少女の家へ向かっていたのではないか、と結実は推察したのである。
それを結実は多紀と同じだと表現した。
確かに、彼女に会いたいという気持ちは日に日に高まっている。だが、果たして同じだろうか? そう考えるとすぐさま、
同じだって?あの子はきっとお前より早く死ぬんだぞ―と心が呻いた。
事実かどうか、確認しようとする月舘を結実は止めた。
正解かどうか、それは週末に少女の訪問を取り付けたことを聞き、顔を赤らめながら喜ぶ少年の顔だけで充分だった。効果もその日の夜にすっかり分かった。怪獣はそれきり、姿を現さなくなった。
多紀は日曜日の訪問がまるで自分の事のように待ち遠しかった。
火曜日が過ぎ、水曜日になり、木曜日に雨が降った。
雨は金曜日になっても止まず、土曜日の朝まで降り続いた。午後には嘘のように晴れ渡り、海岸線がくっきりと透き通って見えた。
予報では日曜日は快晴。降水確率は0%だ。
朝の空気の中に新芽の香りが混じっていた。
いつもより1時間以上早く起きた多紀はベッドに仰臥したまま、窓の外をじっと眺めていた。
子供の頃はどこへだって行けた。頭の中に地図があったからだ。
少年時代によく入院していた病院の病室からはブロック塀が見えるだけだった。家をすっぽりと隠してしまうほどのブロック塀が続いた先に曲がり角があり、その先からはいつも子供の笑い声が聞こえてくる。先に何があるのか、意地悪なカーブミラーは絶妙な角度でその答えを教えてくれない。
窓の外には晴れ渡った空と澄み切った海。日曜日の朝はその全てをあげて、少年と少女の再開を祝福しているようだった。
やおら起き上がって、LINEを確認する。返信無し。既読あり。
ドアが静かにスライドする音と静かでゆったりとした足音が部屋に侵入して来た。
多紀は何か怖くなって、スマホを枕元に投げたまま天井をボーッと見つめた。足音は多紀の前で止まった。
天井を眺めていた多紀は、吐き出すように思い出した。あの曲がり角の先にあったもの。それは石壁の古びた児童館だった。ひとたび、扉が開くと湧き上がる様に記憶がよみがえる。鮮明に、妙に鮮明に。
雨が上がった、夏の日でアスファルトに蒸された雨の匂いと雲が綺麗に消え去った晴天の下、ぼろぼろの児童館が立っていた。子供の止めた自転車が並び、中からは騒がしい声がする。
不思議なことに、その記憶の中に自分のイメージがない。つまりは歩いて行ったとか、誰かに連れられて行ったとか。ただその光景だけが記憶のポートレートに焼き付いているのだ。
自分はいったいどうやってそこまで行ったんだろう?
沈黙の長さに顔だけを足元へ向けた。
大場結実がそこにいた。
彼女の目には涙が溜まっているのが見て取れた。
この部屋に来るまできっと、必死で耐えていたに違いなかった。彼女は多紀の視線を存分に受け取ると、その場でボロボロと泣き始めた。声は挙げなかった。静かに泣いていた。
全てを察した。
駆け寄って何か言葉をかけようかとしたが、多紀の手は動かない。
一体、何を言えばいい?― そんな上等な言葉、持ち合わせているはずもない。
晴れ渡った空があまりに残酷に見えた。変な呼吸が胸から込み上げて来て、多紀は口を押えた。
時間が止まったように、多紀は茫然としてただ結実の顔を見ていることしか得出来なかった。
廊下から聞こえるけたたましい足音に多紀はやっと首を向けた。
ドアが勢いよく開いたと思うと、髪の毛を振り乱し月舘が飛び込んで来た。
「て、テレビ、テレビをッ!」
月舘はそう言いながら、自分でテレビのスイッチを入れるとチャンネルを回した。
『イタズラ? 海岸線にだれがいったい?』―テロップと見覚えのあるカフェが映っていた。岬にあるあの、カフェだ。
映像が切り替わると、少女が映った。
「―で、寝てたらね。凄い音がしたの。うぉぉぉぉ~~って。でもね、全然怖くなかったよ」
空撮された浜辺には、点々と巨大な足跡が、どこまでも、どこまでも続いていた。
おわり
午前2時の散歩 諸星モヨヨ @Myoyo_Moroboshi339
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