また、しばしの別れ

 僕は正月3日まで実家にいて、その日の午後3時発、東京行きの高速バスに乗った。そのあいだ、親戚が訪ねてきたり、こちらから祖母をのぞく4人でいくつかの親戚や近所を訪ねたりした。2日の午後には地元の友人二人と再会してカフェで話し、その晩は家族5人で料亭に行き、それぞれ2千円以上する定食を食べた。


 結局、両親は就職のことについて話題にすることはなかった。高速バスに乗る直前、バス乗り場で両親と、5日まで実家にいるという妹に別れの挨拶をするとき、母親が「頑張りな」と言った。だがそれも、就活と直接結びつけた言い方ではなかった。僕は素直にうなずいて、バスに乗った。


 帰りも曇っていた。だが出発して15分ほどすると、雪が舞い始めた。そのせいで車内が少しざわついた。この4日間、降りそうで降らなかった雪が、今降ったのだ。〈この雪を、家族も見ているだろうか?〉そんなことを考え、気が付くと僕の口元に笑みが浮かんでいた。


 雪を見たのはわずか5分ほどだった。雪は小さな雨粒になりやがてそれも消えてしまった。その後、眠りから覚めて窓の外を見ると、東京の曇天の中にわずかな青空があった。大晦日と同じような空だ。


 バスを降りると、小さく微かな雨粒がひとつ、僕の左手の甲に落ちた。それを目にし、空を見上げた。けれど雨はまったく降っておらず、さっきと同じ曇り空が、知らん顔で広がっていた。


〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨粒 ひろみつ,hiromitsu @franz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ