① 1章 01
目が覚めると、見知らぬ白い天井があった。さっきまでの冷たい石に囲まれた空間とは比べ物にならないくらい、暖かいかった。レージュはすぐに、自分がどうやらベッドに寝かされてるようだと気付いた。ずっとこの暖かさを感じて微睡んでいたい気分だったが、それは叶わなかった。
「あぁ、やっと起きた! 気分はどう? どこか痛いところはない?」
微睡みを一瞬で掻き消すように、目の前の女性が臆面もなく話しかけてきた。
先程あの地下牢でカローナに雫(しずく)呼ばれていた、その女性はレージュが寝ているベッドの横にある、ドレッサーの椅子に座っていた。桃色に近い変わった色の髪が肩にかかる程の長さで切り揃えられている。大きな瞳は深い青をしていて、見ていると何故か落ち着くような、安心するような、不思議な気持ちになった。歳は見た所二十代前半といったところか。服装は薄手のワイシャツにジーンズというラフな装い。先程までと同じ服装だが、少しだけ砂や埃で汚れている。
レージュはベッドから上半身を起こして、彼女の問いに答えようと、張り付いた喉からなんとか声を出した。
「……いや」
「よかった……! ここは私の家だよ。あなた全然起きないから、あのままだと目立つし、すぐ見付かっちゃうでしょ。だからとりあえず、ここならしばらくは安全かなと思って連れてきたの」
レージュの記憶は、地下室でカローナが檻の鍵を開け、その直後全身に激痛が走ったところまでで途切れていた。過去にも同じような事があったような気がしたが、いつどこでだったかは思い出せない。
「……俺、何かしたのか? さっきいた場所はどうなった?」
「全く覚えてない?」
「檻の鍵が開けられたところまでは覚えてるけど、その後は……」
「なるほどね。一一地下牢は壊れちゃって瓦礫の山よ。あぁ、あなたの本は無事だから安心して。カローナさんも言ってたけど、檻にかけられてた魔術が解けて、その反動で魔力が溢れて暴走したのよ。感情にも左右されるようだから、魔力をコントロールできないうちはあまり感情的にならない方がいいわね」
「……あんた、さっきまでと反応違くないか?」
雫はスラスラと述べており、先程の地下牢で話した時の様子と違って随分落ち着いている。それどころか、先程は何の知識もない様子だったが今はこの状況について全て理解している様子だ。
自分が寝ている間に何があったのか、聞いてみる他なさそうだ。レージュが口を開こうとする前に、雫が答えた。
「そうだよね、私もこんな体験初めてだったからまだ戸惑ってるんだけど、あなたと会う大分前にカローナさんから事情を聞いていたの」
「……なっ、じゃあ、さっきのあれは演技だったのか……?」
「違う、あなたと会った時は何も覚えていなかったの。だから自分でもびっくりなんだけど、カローナさんは竜だったの。竜は彼らにしか使えない特別な魔法を使えるらしくて、カローナさんの得意な魔法は記憶操作なんだって。それで私の記憶に細工して、今日まで私に話した事を忘れさせていたの。さっきあなたが寝てる時にあなたの持ってた本を見ようとしたら、紙が挟まってて、その紙に触れたら突然思い出したのよ」
竜、という単語を聞いて、先程カローナが言っていた事を思い出した。レージュの事を、竜と人の混血だと言っていた。それに魔法、魔力という単語も。聞き覚えはないが、身に覚えはあった。だからだろうか、あまり驚かなかった。寧ろ不思議と納得している自分に驚いていた。
体の中心に熱が溜まっているような感じが、目覚めてからずっとしていた。今も内側で燻っている感覚がある。地下室にいた時はピリピリと痺れているような、外側から押し付けられている感覚もあったが、今はそれはなくなっている。
「じゃあ、全部知ってるのか。俺が何者なのかも……? 竜ってなんなんだ?」
レージュの問いかけに雫は頷いて、一呼吸置いてから話し始めた。
「まず、竜っていうのはこの国に何千年も昔から伝わる古い神話に出てくる神様たちのこと。人間とよく似た姿をしているけど、背には大きな翼があって、とんでもなく長生きで、人間には使えない特別な魔法を使う。その魔法で、私たちが住むこの世界を創ったと言われているわ。竜たちは世界を創った後、その大地から人間がうまれた。暫くは竜と人間が一緒に仲良く暮らしていたんだけど、人間たちはやがてその魔法の力を求めて竜たちに戦争を仕掛けた。戦争は何度も起きて、その都度魔法で追い返していた竜たちは遂に呆れ果てて、空の彼方にある竜たちだけの領域、通称『楽園』を創り、世界を隔てた。そして、以降人間の世界との交流を一切断ち切った……。ただの神話で作り話だと思っていたけど、目の前で色々見ちゃったら信じるしかなくなるよね」
「俺がその神話に出てくる竜だってことか? 今の話だと人間と竜は住む世界が違うんだろ。ならなんで俺は人間の世界に居るんだ?」
「カローナさんも言ってたでしょ、あなたは竜と人間の間に生まれたハーフなのよ。で、カローナさんの話だと、竜の世界ではそれは禁忌とされているらしいの。この話を聞いた時より少し前に、今まで隠されていたあなたの存在が竜の貴族達に見つかって、竜達はあなたの存在を消す為に追っ手を放った。カローナさんは彼らからあなたを守るために、私に護衛に付かせてあなたを逃がそうとしている」
雫の話を聞きながら、レージュは自分のことを少しだけ思い出していた。自分が竜だということと、魔力はあるが全く制御出来ていないということ。
カローナが自分と同じ竜だということは何となく感じ取っていた。しかしレージュから見たカローナの印象は最悪で、本当に味方なのかどうかは分からなかった。
ただ、今の状況と雫の話からして、嘘を言っているようには感じなかった。
「……俺は生きていちゃいけない存在なのか」
「そんなことは絶対にない!」
レージュが小さく呟いた途端、雫は真剣な眼差しで真っ直ぐレージュを見つめ、大きな声でそれを否定した。
「カローナさんはちょっと乱暴で不器用な人だけど、あなたを守るために色んなことをしてくれていた。とっても大事に思っていた。あなたはカローナさんにとってすごく大事な人なんだよ! 私にあなたを託したのだって、彼女なりに考えてのことだと思う」
「あんな牢獄に閉じ込めて繋いでおいてか?」
「それは……あなたが暴走した魔力で、周りを破壊してしまわないようにする為だったのよ」
本当に信用していい人物なのか、レージュはまだ確信を持てないでいた。カローナの目的が分からないからだ。何故助けてくれるのか、なんの為に自分も仲間に追われるような事をしているのか。自分に何らかの利益があるからではないのか、逃がすふりをして仲間に捕らえさせるつもりでは無いのか……。
Darkness 水無 翔 @miznashi
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