第51話 ただいま(最終回)

以前、咲は僕のことを自分の半身だと言ってくれた。

それは僕にとっても同じことが言えるわけで、お互いがお互いを自身の半身だと認め合えるようになっていた。

でも僕は、他者から見ても咲の半身になっていた。

部長はもちろん、今でも雄介達と交流はあるし、先生達にも会いに行く。

そこには、僕が見えなくても僕がいた。

咲を通して僕は他者と繋がり、他者は咲を通して僕を見る。

もはや咲の一部だ。

たとえ僕が実体の無い、二分の一程度の存在でしか無いのだとしても、僕の全ては咲と混ざり合って現世に確かに存在する。

二人で一つなら、二分の一も悪くはない。

「勉」

咲の声。

「じゃあ行ってくるわね」

咲が児童養護施設で働き出してからも、僕達は基本的には変わらない。

梅雨に入って雨の日が多いけれど、咲はそんな日も、傘を差して毎朝元気に出勤していく。

さすがに僕も職場にまで付いていく気にはなれないから、大学の時と比べて一人の時間は増えた。

咲はネットの動画サイトを開き、次の動画が自動再生されるように設定して出掛けるので、そんなに退屈はしない。

もちろん、僕が楽しめる動画ばかりじゃ無いけれど、音声があるだけで、僕は一人ぼっちの寂しさから逃れることが出来た。

新たな知識やネタを仕入れ、窓の外を見て、雨音に耳を傾けたりした。


それにしても、咲がそんなに子供好きだとは知らなかった。

咲の口から直接聞いたわけでは無いけれど、そういった施設で働くということはそういうことなのだろう。

子供を作れない僕としては、申し訳ない思いでいっぱいになる。

いや、もしかしたら、だからこそそういう職場を選んだのかも知れない。

咲の選択肢を増やしてやりたいと思いながら、結局、僕は咲にとって足枷あしかせとなっているのではなかろうか。

そんな罪悪感を抱きつつも、日々は平穏に、幸せに満たされて流れていく。

『無駄な罪悪感ね』

またあの声が甦った。

今朝は晴れていたけれど、日が暮れる頃に雨が降り出した。

ミサの声は、何故か雨の日に聞くことが多い気がする。

咲は窓を開けて出掛けたから、濡れた路面を走る車の音や、雨の匂いが部屋に届く。

ちょうど動画では『雨に唄えば』が流れていた。

咲は傘を持って出掛けただろうか?

もし傘を持っていなかったとしても、僕は傘を差して迎えに行くことも出来ない。

『無駄な罪悪感よ』

また声が聞こえた。

同時に、咲が息を切らせて帰ってきた。

「勉!」

雨に濡れた髪をいとう様子もなく、勢い込んで僕を呼んだ。

「お帰り。どうした?」

咲がただいまも言わず、ただいまのキスもおねだりしないのは就職してから初めてのことだ。

「ミサちゃんがいた!」

「は?」

咲の喜色をたたえた顔を、僕はいぶかしげに見つめた。

最近、僕がミサのことを考えることが増えて、何度か話題にもしたからそんなことを言い出したのだろうか?

「今日、施設に引き取られてきた子がミサちゃんだったの!」

何をバカなことを、そう言いかけて、咲の真剣な目に気圧けおされ言葉を飲み込んだ。

いや、でも……。

『雨に唄えば』の音楽が、頭に甦った。

初めて出会ったあの日のように、雨音はしとしとと優しかった。


僕と咲は向かい合って座っていた。

まずは咲を落ち着かせて話を聞かねばならない。

そもそも咲はミサの顔を知らないのだし、何がどうなってミサと判断したのか。

「その子、四歳なの!」

いや、だから何だ?

「計算が合うわ!」

……計算?

ミサが消えたのが高三の梅雨頃で……その時に誰かのお腹に宿ったとして?

十ヶ月後に産まれたとすると、咲が大学に入学した頃か……。

で、今は四歳と。

って、日本だけで四歳児が何人いると思ってるんだ!

「名前が赤川リサなの!」

いや、名前が似てるだけで生まれ変わりだったら、世の同姓同名の人達はどうなってしまうんだ。

「略してアリサちゃんて呼ぶことになったわ!」

それはどうでもいい。

年齢とか似た名前とかではなく、もっと確証が持てるような──

『不思議なものね』

またあの声が、いや、あの言葉が聞こえてきた。

それは幻聴なのだろうか。

『ちゃんと出会うための道を──』

「私達、出会うようになってるのよ!」

それは、願望なのだろうか。

……ミサ、もしお前と再び出会うことが必然なら、僕と咲は遠回りせずに、お前の元へ最短距離で進めているだろうか。

もし、そんな不思議なことが事実ならば、僕と咲はお前を……あれ?

もしかして、もしかするのか?

僕はある結論に行き当たって、思考停止した。

咲はどうするつもりだろう。

でもまずは、本人を確認しないことには……。


翌日、僕は咲と二人で咲の職場に向かった。

今にも降り出しそうな空とは関係なく、気持ちがはやって歩幅は大きくなる。

職場までは徒歩で約二十分。

住宅街を抜け、田畑と雑木林ぞうきばやしが見えてくると、その雑木林を背にした施設も目に入ってくる。

学校と団地の建物を合わせたような、やや無機質な外観だが、外周はフェンスや塀で囲まれているし、入り口に門もあることから一般の住宅で無いことは判る。

雨が降り出してきた。

雨が降り出してきたのに、その門のところに一人の少女が立っていて、傘も差さずに僕らを見つめていた。

僕と咲は駆け足になった。

似ている。

遠目にもそれは判った。

けれど瓜二うりふたつと言うほどではない。

でも、赤の他人と言うには似すぎていた。

「アリサちゃん!」

咲が声を掛けると、その少女は四歳児とは思えない落ち着いた態度でニッコリ笑う。

「どうしたの? 雨に濡れちゃうでしょ」

咲は少女の肩を抱いて自分の傘に入れる。

少女は僕を見た。

「ほら、ちゃんと雨に濡れるのよ」

大人びた口調だ。

いや、そんな口調など問題では無い。

少女は、「ちゃんと雨に濡れる」と言ったのだ。

初めてミサに会ったとき、彼女が雨に濡れていないことで幽霊だと気付いた。

幽霊は雨に濡れない。

それに対して、今は濡れることが出来るという意味なのか?

いや、ちょっと待て。

それ以前にこの少女は、当たり前のように僕を見て、当たり前のように僕に語り掛けたではないか。

「やっぱり!」

咲の顔が、雨など吹き飛ばしてしまいそうに、ぱーっと輝く。

「ね! やっぱりミサちゃんでしょ?」

本当にそうなのか?

僕の身体の内側で、ほとばしるような激しい感情が暴れて、今にも飛び出しそうになるのを感じた。

それと同時に、僕は咲の表情にある意図を読み取る。

僕の中に確かにある喜びと、相反するような嫌な予感。

いや、決して嫌なわけではないが、おくして躊躇ためらうような感覚。

昨夜、思い至った結論。

……咲は、この子を引き取って育てるつもりではないか?


「勉、私、考えたんだけど」

咲、お前の考えていることが判る。

この子は孤児で、そして、里親になるための資格は特に必要無いことも知っている。

独身でも、つまり咲でもこの子の里親になれるのだ。

それは子供が出来ない僕らにとって、理想的な子供であると言えなくもない。

僕が見え、僕と話すことが出来、そしてきっと僕に触れられるのだ。

だが、四歳にして恐らく中学生以上の知能を持つこのガキが、僕らの日常を飛んでもなくドタバタしたものに変えるのは想像に難くない。

「パパ!」

おい、ヤメロ。

四歳児のあどけなさで、そんな風に僕を呼ぶな。

僕は知ってるんだ。

この後、この四歳児が豹変ひょうへんするのを。

「つとむくん」

ほら、四歳児なのに小悪魔みたいな笑みを浮かべて、教えてもいない僕の名前を呼ぶのだ。

でも、まあ、それは、ひどく懐かしい気持ちでいっぱいにしてしまう声だ。

『生まれ変わって、あなたに抱かれにくるわ』

『生まれ変わっても、あなたが見えるし触れられるはずよ』

甦ったその声に、僕は腕を広げた。

もうこらえきれない。

心の底からの喜びに、震えて泣きじゃくりながら僕は「ミサ」と呼んだ。

腕の中に飛び込んできたその少女は、憎たらしくて愛らしい声で言うのだ。

「ただいま!」


二分の一だった僕達は、ミサとなら三人で歩んでいける。




あとがき


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

今作では主人公が幽霊ということで、ラブコメと言いながらもファンタジーな要素があったり、シリアスなシーンもあったりしましたが、これもまた、幸せや希望が見えてくる話にしたつもりです。

終盤は駆け足になってしまいましたし、矛盾や突っ込みどころが多々あったと思います。

多くの登場人物達も、中途半端な位置付けになってしまいました。

相変わらず力不足を恥じ入るばかりですが、今後の彼らの幸せを確信できるラストには出来たつもりです。

ハチャメチャ、ドタバタでありながらも、彼らは周囲に祝福され、幸せに過ごしていってくれるでしょう。


次作の構想は頭にありまして、もう少し明るく軽い話にするつもりですが、またハーレムのような純愛のような話になってしまいそうです。

果たして需要があるのか判りませんが、また読者の方々とお会い出来れば、と思います。

フォロー、評価、ありがとうございました。

                 

                      杜社

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二分の一の幼馴染 杜社 @yasirohiroki

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