Episode Final.『The Great Panjandrum』

 翌日、ハドックはダミーパンジャンを生産する青空工場で今日も指示を送っていた。

「胴体部分の木材切り出し作業はまだか?」

「よし、これをロード・トゥ・ブリティッシュに運搬してくれ!」

 一日の作業が一通り終わると、ハドックは自分の目で優秀だと判断した職人を数人呼び止める。

「よし、君達にはこれから爆薬を生産して貰う。パンジャンドラムの根幹を成す重要な物質だ。今のパンジャンに魂は無い。その魂の部分を君達に作って貰う!」

 言って、ハドックは材料の説明を行う。数ある爆薬の中でハドックが選んだものは『黒色火薬』爆薬の中で最も原始的で生産しやすいと考えた為だ。材料は硝石、硫黄、木炭を特定の比率で混ぜ合わせる。

「……そんな感じだ。これでいい」

 出来上がったサンプルを見てハドックは満足した表情で言った。今ある黒色火薬はごく少量ではあるものの、パンジャンドラムの作成には1,8トンもの爆薬が必要だ。

「君達はこれからこの爆薬を最も効率的に生産して欲しい。なるべく早く、なるべく正確に、なるべく多くの爆薬を生産するんだ」

 ハドックはその後、上を向いて思案顔になる。

(この爆薬は保険だ。もしもまた戦いが始まるのなら、多くのダミーパンジャンの中に一つだけ本物のパンジャンドラムを混ぜて使用することになるだろう。ダミーパンジャンが抑止力として動いてくれれば良いのだが……)

 ハドックは停戦交渉が上手くいくことを切に願った。


◉ ◉ ◉


 その後、ハドックは仕事終わりに王室へ向かう。

「ダミーパンジャンの様子はどうだ?」

「……上々です。既に6基のダミーパンジャンがロード・トゥ・ブリティッシュに配備されました。現場の練度も上がり、生産速度は今後上がっていく見込みです」

「よろしい。これで帝国に圧を掛けられるだろう」

 ハドックは無表情でそう言った。

「……本物のパンジャンドラムは生産出来るのか?」

「難しいですね。材料自体は揃えられますが、いかんせん量が足りません」

「やはり、『バクヤク』を作る事が難しいか……ダミーパンジャンの生産者をこちらに回せないか?」

「原料が足りないのです。この状態で人手を増やしても効率は上がらないかと……」

「木炭は数があるが、硫黄や硝石は商人に頼るしかないな。とはいえ、硫黄は農薬として、硝石は肥料として我が国の農家も使っている。一時的に税として集めよう」

 フィリップはそう言った。

「ありがとうございます。ところで、停戦交渉の方はどうなっていますか?」

「ああ、今のところ、帝国からの返答は無い。我が国は帝国ほど余裕が無いので一週間も待ってはいられない。返答は3日以内としてある」

「……それまでに、何とか本物のパンジャンドラムが出来上がれば良いのですが……」

「うむ、何としても完成させて欲しい」

 フィリップは厳格な表情でそう言った。


◉ ◉ ◉


 3日後、

「何とか出来上がった!!」

 徹夜明けの早朝、ハドック達は歓喜の声を上げた。黒色火薬の量がどうしても足らず、このパンジャンドラムだけ小さなスケールで作ってあるが、それでもこれが爆発を起こせば周囲はひとたまりもないだろう。

「これをロード・トゥ・ブリティッシュに運ぼう。急いでくれ!」

 いつの間にかハドックも作業を手伝っており、顔には黒色火薬を作った時の煤が付いている。一同は大急ぎでこのパンジャンドラムを運んでいった。


◉ ◉ ◉


 アトロス地方では帝国軍とヘルメピア王国軍がにらみ合っている。いつの間にかこの平原内にいくつものロード・トゥ・ブリティッシュが出来上がっており、その後方にはいくつものパンジャンドラムの影が存在する。その緊張の中、ハドックは本物のパンジャンドラムを運んできた。

「コイツは本物だ。火矢を当てれば爆発を起こすだろう。だが、コイツにロケットは搭載されていないから前よりも前進距離は大きく下がっている。注意してくれ」

 ハドックはヘルメピア王国軍本陣内にいる軍師に耳打ちした。

「分かりました。このパンジャンを最も重要な拠点に置いてくれ!……帝国は停戦交渉を受け入れるのでしょうか?」

 その軍師が雑兵に命令した後、ハドックにそう尋ねる。

「分からんが、帝国もあの様子だ。きっと上がごたついているのさ?」

 ハドックはそう答えた。

「報告!帝国から停戦交渉の返答が入りました」

 素早い走りで兵士が駆けつけてそう言った。その場に緊張が走る。


「帝国は我が国の要求を受け入れ、停戦交渉を飲むとのことです!」


 一瞬の間が開いた後、周囲に歓喜の声が上がる。

「やった!やったぞ!!」

「俺達は勝ったんだ!!!」

 その日の歓喜が止むことは無かった。


◉ ◉ ◉


 その後、ヘルメピア王城、王室内にて、

「……よくやってくれた!そなたには何と礼を言えば良いか……!!」

 フィリップは興奮気味にそう言った。その目には涙が浮かんでいる。

「いえ、私はパンジャンドラムを作ったまでです」

「しかし、そなたの功績が我が国を救ってくれたのだ!」

 フィリップはそう言った。

「……どうだハドック技師、この国で生きて行かぬか?」

「……!」

 フィリップはハドックにそう答える。

「フィリップ国王……」

 ハドックはそう言って上を向いた。思案顔になった後、彼の口は開かれる。

「身に余るお言葉です。しかし、私の祖国も現在、戦火に巻き込まれ、追い詰められています。私は帰らなければならない」

 ハドックはしっかりと前を見据えてそう言った。

「そうか、残念だ……」

 フィリップはそう言った後、その手を掲げる。その瞬間、ハドックの周囲は光に包まれた。

「ハドック技師、そなたを元の世界へ戻そう!ささやかな感謝を添えて。そなたのこれからの活躍を期待している」

 フィリップの声が少しずつ遠のいていく。そのまま、気が付いた時にはハドックは海水浴場に立っていた。イギリスへ帰ってきたのだ。

「……ハドック!!無事だったか!」

 どうやら、パンジャンドラムの試験運用の後から時間が経っていないらしく、ハドックの同僚となる研究者がハドックの元へ駆けつけていた。

「ああ、なんとかな……」

 ハドックはそう答える。

「よかった……パンジャンドラムは?」

 見るとハドックの隣にパンジャンドラムが横転しているが、何か様子がおかしい。ロケットエンジンが付いていなければ、全体的な作りが本物のパンジャンドラムよりも雑になっている。

「これ、ダミーパンジャンじゃないか!」

「ダミーパンジャン?どういうことだ?」

「さあな?この世は嘘に満ちているって事だ!」

「???」

 ハドックの言葉に同僚が追いつけず、返答が出来なかった。ふと、ハドックがダミーパンジャンを見ると、木組みの隙間の中に何かあることを見つけた。

「?何が入っているんだ?」

 中身を強引にこじ開けると、なんとダミーパンジャンの中に大量のじゃがいもが入っていたのだ。

「おいおい、『ささやかな感謝』ってこれかよ……」

 そう呟きながら、ハドックは半ば呆れたような、しかしまんざらでもないような表情を見せた。


おしまい


<今日のパンジャン!!>

……パンジャンドラムが失敗作だって?

俺が生きているんだ、そんなわけ無いだろう?


ロン・E・ハドック(1913〜1967)


◉ ◉ ◉


その後の動き

<ロン・E・ハドック>

無事にイギリスへ帰る事が出来たハドックは、パンジャンドラムの失敗を元に『チャーチルカーペットレイヤー』の開発に参加、これを成功させている。


<ヘルメピア王国>

クレヌル帝国からの独立後、異世界人から得た技術を多く取り入れ、工場制手工業や黒色火薬の応用など、小さな国でありながら、先進的な技術を多く持つ国家として知られるようになる。


<アトロス地方>

ヘルメピア王国の独立後、この地方全域がヘルメピア領内となり、パンジャンドラムの功績を称え、後にこの地名が『ロード・トゥ・ブリティッシュ地方』に改められている。


<グレートパンジャンシティ>

ロード・トゥ・ブリティッシュ地方に新しく出来た大きな街。元々、後述の『ザ・グレートパンジャン・フェス』を行うために集まっていた人々がその場所に住まう様になり、それが街として発展してきた。


<ザ・グレートパンジャン・フェス>

パンジャンドラム、及びハドック技師への感謝を込めて年に一度、パンジャンドラムを模した木箱の中にじゃがいもを詰めて、それを木組みの坂道の上に奉納する祭り。ハドック自身、アイルランド出身で幼少期はじゃがいも以外の穀物をほとんど食べる事が出来なかったが、後にこれが曲解されて『ハドックはじゃがいもが好き』と言い伝えられるようになり、この祭りで奉納されている。また、大型のダミーパンジャンを転がして横転した位置で今年の運勢を占うと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンジャンドラムが異世界転移!? ぷらすみど @plusmid

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ