Episode 5.『欺瞞と交渉』

 翌日、クレヌル帝国、元老院内にて、

「……それは誠か!?」

 一人のクレヌル帝国貴族が声を荒げる。

「はい。報告によりますと、ヘルメピア王国は我が軍に対し、巨大な筒状の物体を転がし、次の瞬間凄まじい炎が上がったとか……生き残った帝国軍は少数とのことです」

 クレヌル帝国軍師の発言にその場がざわめく。

「……あり得ん。一体どのようにして……!?」

「ヘルメピアは一体どのような魔法を使ったと言うのだ!?」

 その日の帝国内は混乱に包まれていた。


◉ ◉ ◉


 一方その頃、ヘルメピア王国は歓喜に包まれている。その中心ではハドックが観衆に向け、手を振っていた。しかし、

(初戦はヘルメピアの勝利……だが、もうパンジャンドラムは存在しない)

 ハドックの心の中は暗い。そう、先日、攻め込んできた帝国兵はざっと数えて1万も居なかったのだ。もう切り札となるパンジャンドラムは存在しない。残っている帝国兵は単純計算でも40000は存在するはずだ。兵力5000も存在しないヘルメピアに未だ勝機は存在しなかった。

「よくやってくれた!そなたの活躍、しかと聞き受けた」

 ヘルメピア王国国王、フィリップはハドックにそう言った。

「……ありがとうございます」

 ハドックは国王の前で跪いた。頭を下げて暗い表情を隠そうとしたが、フィリップを騙す事は出来なかった。

「……何かあったのかね?苦しゅうない、話してみよ」

 フィリップに催促され、ハドックは口を開いた。

「フィリップ国王……確かに、我々はこの度の戦いに勝利を納めることが出来ました。しかし、敵はまだ多数の兵力を有しています。このままではヘルメピアが押しつぶされるのも時間の問題かと……」

 そう言いかけた所でフィリップはハドックを制止した。

「案ずるな。『帝国との戦いに勝利した』この肩書きこそが、我らが真に求めていたもの……」

「……と、言いますと?」

 フィリップの言っている意味が分からずハドックは聞き返す。

「ハドック技師、勝てぬ敵ならば戦わねば良いのだ。そなたがその道を作り上げてくれた」

「……?」

 ハドックは未だにフィリップの言っている意味を理解する事が出来ない。

「此度の戦いで帝国はパンジャンドラムに恐怖した。それを利用するのだ。帝国が再びパンジャンドラムを見れば、おのずと奴らを交渉の席に着かせる事が出来よう……」

 フィリップはそう言った。

「……しかし、もうパンジャンドラムはありません」

「その通りだ。だが、無いのなら作れば良いだけの話だ」

「……?しかし、パンジャンドラムを作れるのですか……?」

「言いたい事は分かる、我が国にパンジャンドラムを作るすべは無い。だが、『パンジャンドラムを模したもの』ならば話は別だ」

「……!」

 ここでハドックははっとする。

(……欺瞞作戦ということか!)

 フィリップの考えはこうだ。パンジャンドラムを模したものを帝国が待ち受ける場所へ配置し、帝国を威嚇する。この脅威を見せつけて、帝国側を交渉のテーブルに着かせ、ヘルメピアの独立と停戦条約を結ぼうと考えているのだ。

「……ハドック技師、そなたに『パンジャンドラムを模したもの』を作り上げて欲しいのだ。出来るか?」

「……分かりました。直ちに取りかかりましょう!」

 言って、ハドックは王室を後にした。


◉ ◉ ◉


 その後、ハドックは用意された自室に戻り、『パンジャンドラムを模したもの』通称『ダミーパンジャン』制作の為の計画を練っていた。パンジャンドラム自体の構造はかなり単純で、外観だけならこの時代の文明でも容易に作り上げる事が出来る。しかし、残された時間はごく僅かで、速やかに多数のダミーパンジャンを作り上げる事が重要だった。

「……この国の工業システムは『問屋制家内工業』だな」

 ハドックは独り言をぶつぶつと呟いていた、『問屋制家内工業』とは、商人から原材料の前借りを受けた職人が、自宅で加工を行うものである。このため、作業はほぼ一人で行うことになるのだが、この作業形態で大型のダミーパンジャンを制作することは難しいだろう。となると、複数の職人が一つの『職場』に集まって作業を行う『工場制手工業』が必須と言える。

「……よし!」

 考えがまとまったハドックは職人の召集のため、貴族達の居る場所へと向かっていった。


◉ ◉ ◉


 翌日、迅速な招集もあって多くの職人がハドックの元へ集まっていた。周囲は何も無い野原になっているが、ダミーパンジャンの制作には何の問題も無い。

「青空工場と言う事か……悪くない」

 そう独り言を呟いた後、ハドックは職人達の前に立った。

「……みんな、良く来てくれた!俺はハドック、パンジャンドラムの制作者だ」

 ハドックの言葉で喧噪が出来る。ハドックはその喧噪がやむまで静かに待った。

「……作業を始める前に、これから君達が行うことは全て国家機密の内容だ。家族、友人、その他含む一切の人間にこの事を口外する事を禁止する。もしもこれを破った者は国家反逆罪に当たるだろう。罰の内容は……俺よりも君達の方が詳しいはずだ」

 と、ハドックは言った。当然ながらダミーパンジャンは形だけでその意味を成さない。この事が帝国に知られてしまっては話にならないのだ。

「では始めよう!まずは向かって右側の君達に指示を送る!」

 ハドックは職人達に仕事を割り振っていた。


◉ ◉ ◉


「おい、なんだアイツは……!指示を送るだけで自分はなにも動かねぇじゃねぇか!!」

「よせよ、聞こえるぞ?」

 労働内容が彼らの予想と反したのか、職人達の声から次第に陰口が聞こえてくる。しかし、ハドックは構わず職人達に指示を送っていた。

「……こっちの車輪を中央と合わせてくれ!よし、それで良い!!」

 そんな中、遂にダミーパンジャンの初号機が完成した。まだ指示系統が上手くいっていない所もあり、作業効率が良いとは言えなかったが、何とか1日でダミーパンジャンを作り上げる事に成功したのだ。

「……今日はここまでにしよう!明日はコイツをロード・トゥ・ブリティッシュに運搬するところからスタートだ。明朝までにここに集合してくれ!」

 ハドックの言葉に一部ブーイングの声も混じっていたが、ハドックは強引に一同を解散させた。

「……ふう」

 ハドックは自室に帰ると、王室所属のメイドを呼び出した。

「……お呼びでしょうか?」

「紙とペンが欲しいんだ。何か無いか?」

「少々お待ち下さい」

 言って、メイドは去って行った。暫くしてハドックの自室にノックが掛かる。

「お待たせしました」

 ハドックの返事の後、メイドは羊皮紙と羽ペンを持ってきた。ハドックはそれを受け取り、書き込みを始める。

「……何をなされているのですか?」

「……爆薬の製造方法を書いているんだ。これがあれば、パンジャンドラムの6割を作る事が出来る」

 メイドの問いにハドックはそう答える。

「……今日はもう夜も遅いです。休まれた方がよろしいのでは?」

 メイドはハドックにそう問いかけたが、ハドックは首を横に振った。

「気遣いに感謝するよ。でもそれには及ばない。今が俺にとって最も大変な時期なんだ。その後で、ゆっくりと休ませて貰おう」

 ハドックはメイドにそう答えた。

「分かりました。どうか無理はなさらないで下さい」

 メイドはそう答えてハドックの部屋を後にした。

「停戦交渉、上手くいくと良いんだがな……」

 ハドックはペンを走らせながら、そう呟いた。


続く……


<今日のパンジャン!!>

パンジャンドラムの存在意義が分からない?

兵器を性能でしか判断しないからそんな思考に至るんだ。

落ち着いてアールグレイでも飲みたまえ。少しは分かるだろう、パンジャンドラムが持つ"spiritual"というものを……。

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