Episode 4.『戦果』

 その後、パンジャンドラムはアトロス地方に出来た人工の坂道『ロード・トゥ・ブリティッシュ』へ運ばれる。

「……コイツで、帝国兵をギャフンと言わせるんですね?」

 その場に居た兵士はハドックにそう尋ねた。

「ああ、パンジャンドラムは少々暴れん坊でな?コイツが動き出せば、帝国兵はひとたまりも無いだろう」

 ハドックは自信満々にそう答えた。

「……作戦会議を行いたい。俺を軍の責任者に会わせてくれ」

 ハドックが言うと、その場に居た兵士が「分かりました」と答え、ハドックを案内した。


◉ ◉ ◉


 その後、ハドックはヘルメピア王国軍の軍師と会い、作戦会議を練った。当日の作戦はこうだ。まず、クレヌル帝国軍と戦い、敗走を装ってパンジャンドラムが待ち構えるロード・トゥ・ブリティッシュへ帝国軍をおびき寄せる。あとはパンジャンドラムを帝国軍の中心で起爆させ、帝国軍を壊滅させるというシンプルな内容だ。

「……とまあ、当日はこのような流れで頼む」

 ハドックはそう言った。

「……分かりました。では、開戦場所はこの辺りが良いでしょう」

 王国軍の軍師は言って、アトロス地方の中でも帝国側に近い場所を指した。

「では、これに沿った訓練を兵士達に行わせます」

「ありがとう、俺はパンジャンドラムの最終調整を行っておくよ」

 言って、会議は解散となった。


 クレヌル帝国の侵攻まで、残り3日。


◉ ◉ ◉


 二日後、ハドックはヘルメピア王国軍軍師と共にロード・トゥ・ブリティッシュを訪れていた。明日の帝国軍侵攻に備え、最終打ち合わせを行っていたのだ。

「帝国軍が、あの辺りまで見えたら時限信管を起動させてパンジャンドラムを動かす。注意して欲しいのは、ここでロケットは起動させない。坂道を降りて完全に軌道に乗った状態でロケットを動かすんだ」

「なるほど、前線の兵はあの辺りまで誘導を行えば良いのですね?」

 ハドックの指示に軍師はそう答えた。

「ああ、あの場所まで誘導出来たら前線の兵を即座に退避させてくれ。さもなくば、パンジャンドラムに引き倒されてしまう」

「分かりました」

「俺から言う事はこれくらいだ。何か質問はあるか?」

 ハドックはそう訊いた。

「……では、本陣はここに置きましょうか?ここは、帝国兵からの弓矢が届いてしまう場所ですが、本陣自体を囮に出来ます」

 と、軍師は尋ねる。ハドックは少し思考した後に、こう答えた。

「ああ、それならロード・トゥ・ブリティッシュの後方に本陣を置こう、ただし、何か天井や壁等を設けて弓矢に対する対策が欲しい」

「分かりました。ではそのように……」

 軍師はそう言って、兵士達に指示を送る。


 それから数時間して、ロード・トゥ・ブリティッシュの後方に本陣が置かれた。壁や天井は薄い木の板で出来ており、堅牢性に難があるものの、貫通力の無い弓矢でこれを破るのは難しいだろう。

「明日はいよいよ帝国との戦いになる。敵は強大だが……見よ!こちらにはパンジャンドラムがある!!我らの勝利を信じて戦うのだ!!」

 本陣内では兵士達の鼓舞が行われていた。とはいえ、兵士達の中には鎌や桑を持った者も混じっている。恐らく民兵なのだろう。そんな状況で士気が上がるはずも無かった。

「……勝負は明日だ。パンジャンドラムを信じるしかない……!」

 ハドックはロード・トゥ・ブリティッシュの上に佇むパンジャンドラムを見上げながら、決意を固める様にそう言った。


 クレヌル帝国の侵攻まで、残り1日。


◉ ◉ ◉


 翌日、夜明けと共にクレヌル帝国の侵攻が始まったとの連絡が入る。

「……ここが正念場だ。何とか耐えてくれ!」

 本陣内で指示が錯綜する中、ハドックは一人、パンジャンドラムを前にしていた。緊張からかパンジャンドラムに触れる手が震えている。

「……報告!こちらの損害は多数ながらもクレヌル帝国軍が、ロード・トゥ・ブリティッシュまで侵攻して来ました!」

 兵士の一人が報告にやって来る。

「この期を逃すな!パンジャンドラムによる攻撃を行う!!ハドック技師、始めてくれ」

「分かった。射線軸上の味方を退避させてくれ!5秒後にパンジャンドラムを放つ!!」

 ハドックはそう言い放ち、秒読みに入った。見える限りでパンジャンドラムの射線上にヘルメピア王国兵はいない。ハドックは目の前に灯された篝火に祈りを授ける。

「パンジャンドラム、信管作動!固定解除!……ようこそロード・トゥ・ブリティッシュへ!」

 ハドックの指示と同時にパンジャンドラムが放たれる。ゆっくりと人工の坂道を降りていき、坂道を降りる頃にはパンジャンドラムの速度は安定していた。

「ロケットエンジン点火!!」

 次の瞬間、『ドォン!!!』という凄まじい轟音と共に、パンジャンドラムのロケットに火が付いた。ゆっくりと加速していき、帝国兵めがけて突進を行う。

「な、何だ!?」

 その映像に帝国兵も流石に慌て、その陣形が乱れてしまう。そんな状況もお構いなしにパンジャンドラムは帝国兵を次々と引き倒していき、遂にパンジャンドラムは帝国兵達が居る中心部で横転した。

「……最高のポジションじゃないか!!後は信管が起爆すれば……!」

 言って、ハドックは静にその時を待つ。……しかし、いつまで経ってもパンジャンドラムは起爆しなかった。

「……何故だ?もうパンジャンドラムは起爆しているはず……!」

 ここまで来てハドックは頭を抱える。パンジャンドラムの突進に一時は恐怖した帝国兵達も次第に体勢が整っていく。

「どうやら見掛け倒しだったようだな!?ここまでだ!ヘルメピア!!」

 少しずつ迫る帝国兵、戦況は絶望的だった。

「……残念ですが、撤退します。ハドック技師も準備を……!」

 ヘルメピア軍の軍師はハドックに声を掛けたが、ハドックは目の前の篝火を見つめるだけだった。

「まだだ、まだ可能性がある……!」

「……!と、言いますと?」

「弓兵はいるか?パンジャンドラムに向けて火矢を放って欲しい。手動でパンジャンドラムを起爆させよう!」

「……分かりました。弓兵、パンジャンドラムめがけて火矢を放て!」

 軍師の指示の後に火矢が放たれる。それらはパンジャンドラムに命中し、パンジャンドラムに熱を与える。火が中の火薬に引火すれば簡単に爆発を引き起こすのだ。

「みんな!30秒で良い、前線を維持してくれ!!」

 いつの間にかハドック自身が前線へ指示を送っていた。その言葉に呼応された兵士達は帝国兵へ立ち向かう。

「ワーーーーーーーーーーー!!!!」

 激しい戦いが繰り広げられているが、練度も数も無いヘルメピア王国軍は次第に押されていったが、それでもパンジャンドラムはゆっくりとその炎を大きくしていった。

「このタイミングだ!撤退しろ!!!」

 ハドックの声と共にヘルメピア王国軍は撤退を始める。次の瞬間、パンジャンドラムは遂に爆発を引き起こす。

「……な、何が起きたって言うんだ!?」

 その光景にクレヌル帝国軍はおろかヘルメピア王国軍でさえも驚愕と戸惑いを見せる。先程まで帝国軍が戦っていた場所が瞬時に焼け野原となっていたのだ。

「……勝てる、勝てるぞこれは!!」

 それを見たヘルメピア王国兵の一人がそう叫ぶ。それに呼応するように他の兵士達は剣を高く掲げた。

「ワーーーーーーーーーーー!!!!」

 その後、敗走する帝国兵を追い回すようにヘルメピア軍が侵攻する。残念ながらその多くを取り逃してしまったものの、初戦はヘルメピア王国の勝利に終わった。

「……貴方のお陰です。ありがとう、ハドック技師……!」

 ヘルメピアの軍師がハドックの手を取りながらそう言った。

「ああ!俺達は勝ったんだな……!」

 ハドックはそう返しながらも、その目には涙が浮かぶ。ハドック達は暫く勝利を噛み締めていた。


続く……


<今日のパンジャン!!>

例えどんな方向へ進んでも、

例え何処で横転しようとも、

パンジャンドラムは常にノルマンディーへの方角を向いているのだ。

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