Episode 3.『Road to British』
王室に戻ったハドックはひとまず兵士達の力を借りてパンジャンドラムを外へ運び出す。まずはパンジャンドラムの状態を確認するところから始まった。
「ふむ、これは酷いな……」
見ると、18基のロケットエンジンの内、2基が脱落していた。イギリスの海水浴場で実験していた際に、ロケットが脱落し、それが原因となって横転してしまったのだろう。更にロケットの状態を確認すると、下敷きになった側のロケットエンジンの多くが破損していた。普通なら交換すれば良いが、ここは中世ヨーロッパ風の世界、ロケットエンジンなんて文明の利器は存在しない。
「破損しているエンジンは、1,2,……全部で5基だな?」
ハドックはパンジャンドラムを注意深く観察しながらぶつぶつと独り言を呟く。あれだけ派手に横転したにも関わらず、破損したエンジンがたった5基だけなのは幸運と言った所だろうか。そう考えながらハドックは破損した一つのエンジンの中身を強引に開けた。
「燃料は4割程度消費されている。搭載するロケットエンジンを減らせば何とか運用出来るか……?」
そう言ってハドックは破損したロケットを元の位置に戻した。破損しているとは言えエンジン内にはまだ燃料が残っている。破損したロケット分の燃料を他のロケットに回して稼働時間を増やそうとハドックは考えたのだ。
仮に、今存在するロケットエンジンに残されている燃料を60%とし、内5基が使用しないものとする。となると、使用可能なロケットは全部で11基、ロケットはパンジャンドラムの両側面に搭載する為、ロケットを奇数個搭載する事は出来ない。その為、使用するロケットを10基とするならば、それらのロケットに燃料を96%まで補充出来る計算になる。
「うん、十分許容範囲だ」
ハドックは納得した表情でそう言った。
◉ ◉ ◉
改造に入りたいと考えたハドックだったが、流石にドライバー等の工具が必要だ。そこでハドックはヘルメピアの職人に協力してもらい、即席でいくつかの工具を作って貰った。そのドライバーを使用してロケットの位置を変更し、片側5基、計10基のロケットを搭載する事になった。故障したロケットに残っていた燃料も出来るだけ均等に他のエンジンに割り振っている。
「これで、何とか運用する事が出来るだろう!」
ハドックの言葉で周囲の貴族達も喜びの表情を浮かべる。物珍しさからだろうか?いつの間にかハドックの周りには取り巻きが出来ていた。しかし、運用可能になったとは言え、パンジャンドラムは万全の状態で欠陥が存在する。ハドックは息抜きに上を見上げると、既に日が落ちかけていた。
「今日はこの位にしておこう」
ハドックが言って工具を木箱に片付けると、後ろから声が掛かった。
「ハドック技師!伝令です!」
声に振り返ると一人の兵士が敬礼をしていた。
「ん?どうした?」
「国王がお呼びです。王室まで伺うように、と……」
「国王が?分かった。直ぐに向かうよ」
ハドックが言うと、その兵士は一瞥して去って行った。
◉ ◉ ◉
その後、ハドックは王室へ向かう。側近に言って中へ入れて貰うと、中でフィリップ国王が待っていた。
「ハドック技師、そなたへ伝えるべき事がある」
ハドックが頭を下げると、フィリップはそう言った。
「はい……」
「先程、クレヌル帝国から通達が入った。1週間以内に独立宣言を取りやめない場合、クレヌル帝国は武力行使に出るとのことだ」
フィリップは厳格な表情でそう言った。自然とハドックの表情も引き締まる。
「はい……」
「我らの望みはそなたの持つパンジャンドラムのみだ。もし、それが間に合わないのならば我々は帝国からの独立宣言を取りやめようとも考えている。この町を戦火に巻き込むことは考えたくはないのだ」
フィリップはそう言った。その言葉でハドックはようやくその顔を上げる。
「フィリップ国王、ご安心下さい。それには及びません。確かに、パンジャンドラムには大きな欠陥があります。ですが、パンジャンドラムはまだ改良の余地がある」
ハドックは続ける。
「1週間?それだけあれば十分です。成し遂げて見せましょう!完成されたパンジャンドラムならば、それが可能です」
ハドックは力強くそう言った。正直、パンジャンドラムに改良の見立ては無い。それでも、アイルランド出身である彼は、この国の情勢に心を打たれたのである。彼の目には小さくも熱い炎が灯っていた。
「誠か!?そなたの言葉、信じるぞ!」
フィリップは思わず立ち上がってそう言った。
クレヌル帝国の侵攻まで、残り1週間。
◉ ◉ ◉
翌日、ハドックはパンジャンドラムの状態を確認するために、パンジャンドラムが置かれている場所へ行った。
「搭載しているロケットエンジンは全部で10基か……推力が足りないな」
現在、パンジャンドラムは8基のエンジンを失っており、完成状態のパンジャンドラムよりも推力が56%しか出せない。
「……加速力に欠けるな、何とかしなければ」
ハドックはパンジャンドラムの周りを歩きながら思考を巡らせる。パンジャンドラムは欠陥品とは言え、今この時代は中世ヨーロッパと同程度の文明、まだ銃はおろか火薬の製造技術すら存在せず、登場する武器と言えば剣や槍、飛び道具と言えば弓やスリングと言った所だろうか。となると、根拠は無いが、パンジャンドラムが通用する可能性は十分にあり得る。
「平地なら、何とか直進出来るだろう!」
言って、ハドックは兵舎がある方角へと歩き出した。
◉ ◉ ◉
その後、ハドックが得た情報では、ヘルメピア王国とクレヌル帝国の国境に『アトロス地方』があるらしく、そこは平原で全体的に見ても地形の凹凸は少ないらしい。地盤も固いらしく、パンジャンドラムにとっては最高のポテンシャルと言えるだろう。ハドックはアトロス地方へ視察に向かいたいと申し出て、ヘルメピア城下町を後にした。
アトロス地方へやって来たハドックは、その広大な平原の開放感に圧倒された。遠くを見ると、美しい曲線の地平線が描かれており、周囲には僅かに低木や、岩が突き出ている程度だった。
「なるほどな、ここでならパンジャンドラムの性能を存分に活かせるだろう」
ハドックは独り言を続けながら、平原を見渡した。とはいえ加速力が低下したパンジャンドラムが平原を自由に走り回ることは難しい。となると、坂道を利用した加速が必要となる。
「……この辺りに坂道になるような場所は無いか?」
ハドックは護衛の兵士にそう尋ねた。
「いえ、この場所に坂道になり得るような場所はありません」
護衛の兵士はそう答える。
「そうか、となれば……!」
ハドックは少しだけ思案顔になった後、こう言った。
「ここに坂道を作ろう!」
◉ ◉ ◉
ハドックの提案した内容は、アトロスの平原に人工の坂道を作ろうというものだった。木組みの土台で坂道を作り、そこにパンジャンドラムを乗せ、坂道による加速力を得て足りない推力を補おうという考えだった。ハドックは平原の中でもなるべくヘルメピア側に近く、なおかつ直進する道が平たい場所を探す。
「……ここがいいな!ここに坂道を作ろう」
ハドックが言うと、護衛の兵士が目印を付ける。
「明日からここに坂道を作る工事を行いたい。職人を集めて工事を行って欲しい」
ハドックが言うと、隣にいた兵士がこう言った。
「分かりました。城下町の職人に招集を掛けましょう」
「よろしく頼む」
ハドックはそう言った。
◉ ◉ ◉
二日後、ハドック指導の下、アトロスの平原に人工の坂道が出来る。パンジャンドラムの重量にも耐えうるように、所々金属の骨組みが使用されており、堅牢性は非常に高いと言えるだろう。
「……これで、本当にパンジャンドラムが動くのですか?」
ハドックの隣にいた兵士がそう尋ねる。
「ああ、ここまでやれば問題ないはずだ」
ハドックはそう答える。
「……その言葉、信じますよ?」
それを聞いた兵士が、ハドックを試すようにそう訊いた。
「ああ、この『
ハドックはそう言った。
「ロード・トゥ・ブリティッシュ……?」
「たった今、俺が名付けた。コイツの事だ」
言って、ハドックは木組みの坂道を指し示す。
「なるほど。では、この坂道は『ロード・トゥ・ブリティッシュ』と名付けましょう!」
と、ハドックの護衛を務める兵士は、そう言った。
クレヌル帝国の侵攻まで、残り4日。
続く……
<今日のパンジャン!!>
君には僕が何を言っているのか分からないかもしれない。だが、どうか許して欲しい。
人はパンジャンドラムを前にした時、誰もが詩人になるのだから……。
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