Episode 2.『救国の失敗作』

「な、何が起きたんだ……!?」

 拍子抜けた顔でハドックはそう言った。

「突然の事で気が動転していることであろう。どうか無礼を許して欲しい。儂はここ『ヘルメピア王国』国王、『フィリップ』である」

 フィリップと名乗る国王がそう言った。

「ヘルメピア?聞いた事の無い国名だ。ここは一体……!?」

 ハドックは動転したまま、そう言った。

「聞いた事が無いのも当然だ。ここはそなたの居た世界とは別の世界にあるのだ」

 フィリップはそう言った。

「別の世界!?……って事は、俺はイギリスへ帰ることが出来ないのか!?」

 ハドックは頭を抱える。

「……気持ちはよく分かるが、どうか落ち着いて欲しい」

 フィリップはハドックにそう語りかけるが、ハドックは心ここにあらずと言った様子が暫く続いた。


◉ ◉ ◉


 その後、ハドックはフィリップの側近から水を貰い、何とか正気を取り戻した。

「……それで、一体俺はどうしてここに居るんだ?」

「ああ、儂らがそなたを呼んだのには訳がある」

 フィリップがそう言うと、ハドックは固唾を呑んだ。

「そなたに頼みがあるのだ。……どうか、我が国を救って欲しい!」

 言って、フィリップは深々と頭を下げる。

「……国を救うって言ったって、一体どうやって!?何が起きたって言うんだ?」

 ハドックは食い気味にそう尋ねた。


◉ ◉ ◉


 フィリップの話によると、此処「ヘルメピア王国」は兼ねてから「クレヌル帝国」の属国として仕えていた。しかし、重税に耐えかねたヘルメピア王国は遂にクレヌル帝国からの独立を宣言する。当然ながら独立を認めるはずの無いクレヌル帝国は現在、ヘルメピア王国に対し、武力をちらつかせているのだ。

「このままではクレヌル帝国は我が国に攻め込んで来る。そうなれば我が国に勝ち目は無いのだ」

 フィリップはその頭を押さえながらそう言った。

「……話は分かった。だが、そんな中で俺はどうすれば良いんだ?」

 ハドックは困惑気味にそう尋ねた。

「そなたの力が欲しいのだ。……見ると、そなたの後ろに巨大な筒状の物がある。儂にはそれが何なのかは分からないが、そなたの文明の物であろう?」

 フィリップの言葉でハドックは後ろを振り返ると、横転したパンジャンドラムが王城に不自然に佇んでいた。巨大なパンジャンドラムはこの王室に入りきらず、車輪部分が壁に食い込んで派手に大穴を開けている。

「ああ。コイツはパンジャンドラム、俺が居た国で開発されていた新型兵器だ」

 ハドックが言うと、フィリップはその目を大きく見開いた。パンジャンドラムの件は国の軍事機密に触れる物であるが、どうやら母国イギリスは遙か遠くにあるらしく、その上どうせ失敗兵器だろうという事で、ハドックはあっさりと喋ってしまった。

「誠か!それではどうか、その兵器を使ってこの国を救って欲しい!どうかこの通り……!」

 フィリップの声に歓喜の色が混じるが、ハドックの表情は暗い。

「……彼我の戦力差は?」

 ハドックは苦虫を噛みつぶすような表情で尋ねた。

「我が国の兵力3000に対し、敵兵力50000と言った所だ」

 フィリップがそう言うと、ハドックは更に表情を曇らせた。

「……無理だ!そんな戦力差で勝てるはずが無い!!」

「し、しかし、そなたの言うパンジャンドラムと言うものがあれば……!」

「コイツは失敗作なんだよ!!」

 ハドックが叫ぶと、一同沈黙した。


◉ ◉ ◉


 その後、周囲に暗い雰囲気となったものの、ハドックは一応『客人』としてもてなされた。ひとまず、空腹感に襲われたハドックは食事を取る事になった。

「どうぞ?」

 王城に勤めるメイドにもてなされ、ハドックは食事を始める。しかし、王城の食事と言うにはほんの少しだけ貧相だった。シチューにグラタン等、一つ一つの料理はクオリティが高く、味も良い。だが、何かが欠けていたのだ。

「……?」

 料理を口に入れる度、ハドックは少しだけ懐かしさに近い物を感じる。それが何かはまだハドックには分からなかった。

「……すまないな、君たちも俺に期待していたんだろうが……やって来たのはしがない研究者と、一つの失敗兵器。随分と落胆したことだろう?」

 ハドックがそう訊くと、側に居たメイドは首を横に振った。

「いいえ?それでも私達は貴方様を歓迎します。何故なら、貴方はこの国を憂いているからです」

 メイドの言葉にハドックは苦笑いを浮かべる。

「ふっ、そうか……ところで、この食事だが……」

 ハドックが言いかけた所でそのメイドが話し出す。

「貧相な料理でしょう?此処、ヘルメピア王国で採れる麦は皆クレヌル帝国への税として納められ、我が国にはじゃがいもしか残されていないのです」

 そのメイドの言葉にハドックははっとした。先程感じた違和感が分かったのだ。そう、この料理にパンが無いのだ。


◉ ◉ ◉


 ハドックはアイルランドの出身である。その出身地、アイルランドもまた、本国であるイギリスに搾取されており、アイルランドでは麦を食べる事が出来なかったのだ。その為、ハドックの家も貧乏なものであった。その現状を打破するべくハドックは勉強を重ねて研究者となる。彼の生活は徐々に豊かなものとなりつつあったが、1939年、第二次世界大戦が勃発する。フランスはあっという間に陥落、今、ドイツの魔の手がイギリスまでやって来ている。豊かな生活を送っていたハドックだったが、度重なるドイツ軍の攻撃により、そのあらゆる財産も失ってしまったのだ。


◉ ◉ ◉


 そんなことを思い出している内にハドックの目には自然と涙が浮かび上がっていた。

「……大丈夫ですか?」

 それを見ていたメイドがハドックに問いかける。

「大丈夫だ。ちょっと昔の事を思い出していただけさ」

 ハドックはそう答えた。

「……この料理、とても美味いな?俺の故郷の味に似ている。少ない食材の良さを最大限までに活かした味付けだ」

「本当ですか?」

 ハドックの言葉を受け、そのメイドは嬉しそうな表情を見せた。

「ああ。俺の故郷も貧乏な場所でな?麦は全て搾取されて残っているのはじゃがいもだけだったよ?」

 ハドックは語る。

「3000対50000の兵力か……我ながら無茶がある。……しかし、そんなものパンジャンドラムで蹴散らしてやろう!!」

 ハドックは力強くそう言った。

「……本当ですか!?」

 これを聞いたメイドもまた、歓喜の表情でハドックに尋ねた。

「ああ、兄弟を救うようなものだ!難しい話だが、やれるだけのことをやろう!!」

 ハドックは言って、その席を立った。

「ごちそうさま。最高だったと料理人に伝えてくれ?」

 そう言い残して、ハドックは国王の居る部屋へ向かう。

「まずはパンジャンドラムの改良だ。これから忙しくなるぞ?」

 そう独り言を呟きながら、ハドックは赤いカーペットが敷かれたその道を歩いて行った。


続く……


<今日のパンジャン!!>

横転するのでは無い、大地に寄り添うのだ。

転がるのでは無い、大地を耕すのだ。

パンジャンドラムはあらゆる事象を肯定する。

見てごらん、そのパンジャンドラムは美しいだろう?

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