宵酔い

「まったく……飲みすぎだぞ」

「今日おいしい葡萄酒が入ったのよ」


 リュエは団員を労うために大きな作戦のあとには必ずいい葡萄酒や食材を大量に購入している。

 経費はかさむが皆の士気を維持できるなら安いものだ。

 リュエもおいしい葡萄酒が好きで飲むが毎回こんなに酔っては困る。


「ほら、部屋についたぞ」


 靴を脱がせるために寝台へ座らせるとリュエはそのまま寝転んだ。

 睡魔に襲われているのか何度も瞬きをしている。


「ありがとう……ルフト」

「風呂は朝に入れよな。じゃあ俺は寝る」


 そのとき、リュエは俺のほうに両手を伸ばした。何かと思いしばらく彼女を見やる。


「ルフト、おれいのちゅー」

「……はぁ……」


 特大のため息が出た。酒を飲むと大胆になるのは止めてもらいたい。

 ふだん凛としている彼女は酒が入ると溶かしたチーズのようにぐにゃぐにゃになる。

 寝台の縁へ座り、リュエの額を軽く叩いた。


「寝言は寝てから言え。早く寝ろ」

「じゃあ一緒に寝て」


 人の気もしらないでよくそんなことが言える。

 俺が嫌がると思って言っているのかわからない。仕返しをしたくなって、わざと彼女の指示に従ってみる。


「……これでいいか?」


 靴を脱いでリュエの横へ寝転ぶ。彼女は驚いた表情をしていたが、ほんの一瞬だけだった。

 にこりと笑うと、俺の胸に顔を埋めた。


「ルフト温かい……」


 本当に添い寝をしてもらいたかったようだ。失敗した。

 リュエの亜麻色の髪を何度もなでていると、小さな寝息が聞こえてくる。


「リュエ。寝たのか?」


 問いかけるが返事は返ってこない。彼女の顔を覗き込むと幸せそうな顔をして眠っていた。


「……俺以外にこんなことするなよ」


 まだリュエが入団してまもないころ。女性の団員が珍しかったのとリュエの端麗な容姿が相まって、性的なことをしようとする輩が何人かいた。

 リュエを守るためにスレウドと話し合ってしばらく交代で彼女を見張っていた。ある日、目を離している隙に団員の一人に寝込みを襲われそうになっているところを制止した。

 そいつは半殺しにして自警団から追放した。俺が帰ってくるのが遅れていたらと思うとぞっとする。

 幸いリュエは深い眠りだったため知らずに済んだ。あのとき、リュエの心が傷つかなくてよかったと思っている。


「……リュエ」


 もう一度彼女を見ると、艶やかな表情に心臓が跳ねた。最低なことが頭に浮かぶ。

 俺は酒のせいだと言い聞かせて自分を正当化しとうとした。


「……お礼……だろ」


 彼女の唇に顔を近づけた。


「……酒くさ」

「ちょ! ちょっと! そこまできてやめるの!?」

「何だ、寝たふりか悪趣味だな」

「ひどい言いぐさだわ!」


 リュエは顔を真っ赤にして怒っていた。おかしくてつい笑ってしまう。


「怒るなよ。そういうのは酔っていないときにしてくれ、調子が狂う」

「本当はしたいくせに素直じゃないわね」


 否定の言葉を口にしようとしたとき、彼女が覆い被さる。あっという間に唇を奪われた。離れるときにぺろりと舐められる。


「おまえなぁ……」

「ふふっ、おやすみルフト」


 今度は俺に背を向けて横になった。リュエの腰に手をまわして引き寄せる。


「リュエ、あまり挑発するな。本当に襲うぞ」

「ルフトは酔っている私にそんなことしないでしょう?」

「……あとで覚えておけよ」

「そうね。覚悟しておくわ」


 もう少し自分に酒が入っていたら襲っていたかもしれない。リュエを襲おうとした奴と同じになりたくなくなんとか理性で止めた。

 明日になればリュエは今夜の出来事をきれいさっぱり忘れているだろう。

 朝が憂鬱になりそうだ。


—宵酔い―

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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-短編集 流飴 @rui_tr

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