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『今コンビニ』

 簡単にメールを返して、空いたレジに雑誌を置く。

「あ」

「四百八十円です」

 無愛想な店員の声に、あわててお金を出す。

 やる気がないのか、どんくさいのか、もたもたと返されたお釣りと商品を受け取り、コンビニを出て、すぐそこに落ちている名刺入れを拾う

 やはり見間違えじゃなかったようだ。

 自分と入れ替わりにレジを終えた人を何とはなしに見ていたら、何かを落としたように見えたのだ。

 ただドアは閉まってしまったから、その時ははっきりとは見えなくて気になっていた。

 で、確認してみれば案の定だったわけだけれど。

「どうしよう」

 あのやる気なさげな店員に渡しても、めんどくさそうな対応受けるのは確実だし、預かってくれたとしても、本人に返る可能性は低い気がする。

 仕方なく名刺入れを持ったまま通りの方まで出て、姿を探す。

 少し先にある横断歩道で信号が変わるのを待っている人が一人。

「たぶん、あれだよね」

 遠目だからはっきりしないけれど、あんな感じのスーツだった。はず。

 他にそれらしき人影はないし、間違いないと信じて追いかける。

 が、タイミング悪く信号は青に変わり、その人はさっさと歩きだす。

「……あの」

 小走りで追いかけ、多少近づいたところで声をかけるが、声が聞こえないのか歩調は緩まない。

 そして早足。

「ねぇ、ちょっと。あのっ」

 いい加減、気づいてほしい。

「おっさん、ちょっとっ」

 だんだん腹が立ってきた。

 これだけ呼んでも気づかないのか。

 完全に追いついたのでスーツの裾を引っ張って呼び止める。

 ようやく振り向いたその人は、驚いたようにこちらを見て、そしてなぜか両手を上げる。

「な、なにか?」

 何か? じゃないよ、まったくもう。

 名刺入れを突き出す。

「落とした。何回も呼んでも気づかないから」

「ごめん。ありがとう」

 表情がものすごく申し訳なさそうなものに変わって、毒気を抜かれる。

「別に。放置するのも後味悪いだけだし」

 態度悪く返してしまったことにちょっとバツが悪くなり、ぼそぼそと言い訳めいたことを口にしつつ、名刺入れを受け取らせる。

 用件は済んだ。さっさと戻ろう。

「ありがとうっ」

 走り出した背中に投げかけられた大きな声に、ちょっとびっくりして、ちょっと笑った。



「どこ行ってたんだよ」

 走ってコンビニまで戻り、息を整えてコンビニに入ると待ち合わせの相手は心配や怒りや安堵がない交ぜになった複雑な顔で苦く吐き出す。

「ごめんっ」

 完全に自分が悪い。

 コンビニにいるとメールを返しておいたにもかかわらず、連絡ひとつ入れずに出てしまったのはこちらの落ち度だ。

 すぐ戻ってくるつもりだったから問題ないと思っていたのだけれど、思っていた以上に時間がかかってしまった。

 再度あやまりながら経緯を話すと、深々とため息をつかれる。

「勘弁して。ほんとに。メールしても電話しても出ないし、あと五分遅かったら、本気で警察行ってた」

 とりあえず、何事もなくてよかったと、頭をはたはたたたく。

 まだ九時過ぎだし、大げさだよ、とか言っても無駄なことはわかりきっている。

 年若い『父』が、大変に過保護で心配性なのは今に始まったことではない。

「ま、見て見ぬふりとかできないよな、志緒は」

 どこか楽しげに言う父にため息がもれる。

 何を思い出しているか丸わかりだけれど、あえてちがうことを口にする。

「いっちゃん、お菓子そんなに買って帰ると、おかーさんに怒られるよ?」

 新作のお菓子を片っ端から入れたと思われるカゴをレジに出している。

「心配かけたお詫びに志緒がとりなしてよ」

「やーだよ」

 かわらない子供っぽい笑顔にちょっとほだされるけど、かるく断る。

「じゃあ、証拠隠滅一緒に手伝って」

 お菓子の入ったレジ袋を大きく振りながらこちらをうかがう。

「ヤだっ。太るっ」

 今度は反射的に言い返す。

「志緒、太ってないし。っていうか、やせぎすだし」

「ガリガリいっちゃんに言われたくないよっ」

 食べても太らないうらやましい体質の持ち主とは違い、食べれば太る。それもこんな時間に。

 大体、やせぎすって言い方もひどい。

「いっちゃんはさぁ、よくおかーさんに結婚してもらえたよね?」

 改めて考えなくてもいろいろ残念な人だ。

 もちろんやさしいし、良いところもたくさんあるけれど。

「虚仮の一念? やれば出来る。成せば成る。だから志緒も好きな子出来たらがんばるんだよ? ……いや、がんばらなくて良い。志緒をどこぞの馬の骨なんかにとられるのはゴメンだ!」

 何一人で盛り上がってるんだろう、この人は。親ばかにもほどがある。実の親でもないのに。普通に考えたら厄介者なのに。

「ばかでしょ、いっちゃん」

 顔を見合わせて、同時に笑みをこぼした。

 


「えぇと、あの。そこの、きみ」

 気弱そうな声が向けられているのが自分だと気が付いて振り返ると見覚えのある顔。

「あぁ、このあいだの……おっさん」

 なんて呼んでいいかわからず、この間声をかけたままの言い方をつい口にしてしまう。

 おにいさん、と呼ぶのも違うし、おじさんだとおっさんよりよりひどいような……うん、どっちも変わらなくひどいな。

 実際はそれほどおじさんではない。

 いっちゃんと同じか、もう少し上かな?

 おっさんは怒るでもなく困ったような顔をする。

「僕はこれでもまだ二十九なんだけどね」

「……うちのおかーさん、三十二だよ」

 その困り顔がちょっと面白くて、つい口にしたら、それを聞いてがっくりを肩を落とし、しばらく何か考えてから、おっさんはおそるおそる口を開く。

「……えぇと、ちなみにお父さんは?」

「おとーさんは今は二十五歳」

 目をまんまるにして、そしてぱちぱちとまばたきする。

「キミのお父様は歳が変動するのか?」

 我慢できずに吹き出す。

 ちょっと面白い人だと思い始めてたけど、本格的におかしい。天然なのかな、この人。

「なんで、そういう発想? びっくりする。後妻じゃなくて男の場合は後夫? 後夫なんて言葉ある?」

 厳密にはちょっと違うのだけど、微細に話すような仲でもないし、間違ってはいない説明をする。

「で、なんか用だった?」

 バツが悪そうに曖昧に笑っていたおっさんは真面目な顔でこちらに向き合う。

「あ、あぁ。この間、ろくにお礼も言えなかったから。ありがとう」

「……律儀だね」

 なんか、びっくりした。改まって言われると思わなかった。

「あ、別に探してたとかストーカーとかしてたとかじゃないから。たまたま見つけて、」

 ちょっと呆然としていると、おっさんは言い訳のように言い募る。

 ほんと、おかしな人だ。

 笑いが顔に出ないようにするのに、少し苦労する。

「あのさ、言いたくないんだけどさ。おっさん、余計なこと言って自滅するタイプだよね。そんな言い訳、聞かなきゃ思いもよらなかったよ」

「……おっさんからしたら、女子高生なんて未知の生物すぎてどうしたら良いかわからんのよ。下手すりゃ、犯罪者街道一直線だ……ま、そういうことでおっさんとしてはお礼をしたいと思いつつ困ってるんだが」

 ため息まじりにおっさんはぼやく。

 なんか、良い人とういうか、人が良いというか。

「考えすぎじゃない? あと、別にお礼もいらないけど……どうしてもって言うなら、あったかいのおごって」

 固辞しすぎるのも、却って気にさせそうだ。

 近くの自販機を指すと、おっさんは笑う。

「お好きなの、何本でもどうぞ」

「全部に売り切れランプがつくまで。……っていったら、出すの? 口は災いのもとだよ」

 まぁ、普通は言わないだろうけど。

 とりあえずミルクティをお願いして、落ちてきた缶を自販機から取り出す。

「ありがと。遅くなっちゃったから、行くね。ごちそうさま」

 気付けば、結構な長話になった気がする。

 ちょっとあわてて、頭を下げて家路を急いだ。



 たぶん、会社か家が近いのだろう。

 また同じコンビニで顔を合わせたおっさんは「ついでに払うよ」と気軽に言って、体重およびお小遣いとのかねあいで棚に戻したチョコと一緒に肉まんを買ってくれた。

 人の良さそうな雰囲気があるから、警戒とまではいかないけれど、多少の不審はあった。

 たまたまちょっと関わった高校生にどうして奢るのか。

 理由を尋ねるとおっさんは苦笑いする。

「お礼が缶ジュース一本じゃあ、かっこつかないでしょ、おっさんとしては」

「ごちそーさまです」

 行儀悪いけれど、食べながら駅に向かう。

 差し障りない会話をぽつぽつ交わして、駅前の自販機でおっさんは足を止め、コーヒーを買う。

「なんか飲む?」

「……自分で買う」

 振り返ったおっさんに当たり前のようにきかれ、ちょっと返答に詰まる。

「ごめん。迷惑だったか」

「ちがう。おごられっぱなしっていうの、苦手なだけ。おっさんに限らずだから」

 なんだかものすごく申し訳なさそうなおっさんに、言い訳のようにぽそぽそ答える。

 嘘じゃない。なんか、借りを作りっぱなしになってる気がして、精神的に負担になる。

「なに?」

 笑ったような気配を感じて顔を上げると、おっさんは「なんでもない」と肩をすくめる。

「あっれー。菅やん、何やってんの、こんなとこで女子高生と仲良く二人で、仕事さっさと引けたと思ったら」

 なんとなく無言で、向き合ったままお茶を飲んでいると、場違いに大きく弾んだ声が飛び込んできた。

 おっさんはしかめた顔を一瞬でひっこめ、曖昧な笑みを張り付ける。

 おっさんよりいくつか年上に見えるその人は、明らかに面白がった風に近寄ってくる。

 これ、空気読めないっていうか読まないっていうか、完全うっとうしいタイプだ。

 小さくため息をついて、その男に向かって笑みかける。

「お兄ちゃんの会社の人ですか? お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

 どうでもいい大人に愛想よくふるまうのは、実は慣れている。

「妹?」

「従妹です」

 にこにこと受け答えると男はやに下がる。

「かわいいねぇ、従妹ちゃん。おにーさんとつきあわない?」

 きもいんだよ、ばぁか、とか言ってやりたい。言えないし、言わないけど。でも。

「先輩。カノジョにメールしてきましょうか? 明日からの旅行がステキなことになりそうですよねー」

 おっさんが、遮るように立ち、携帯出して見せると男は目に見えて焦る。

「いやいやいやいや、菅やん。そんなおっかないこと言うなよぉ。じょーだんでしょ、じょーだん」

「もちろん。冗談ですよ、先輩。お二人がけんかして事務所内がぎすぎすするのは、僕としても避けたいですし、ねぇ?」

 さらに追い打ちをかけたおっさんの言葉に男はそそくさと立ち去る。

「……なんで、従妹なんて言ったんだ?」

 その姿が完全に見えなくなってからおっさんは振り返った。

「ものすごく、面倒なとこ見られたって顔してた。迷惑だったなら、謝る」

 声音はいつもと同じはずなのに、なんだか叱られてる気分になる。

 おっさんに立場というものがあるのに、部外者なのに余計な口を挟んでしまったことに、今更、後悔する。

「迷惑どころか、正直助かった。あの人、一を百にして絨毯爆撃するから、厄介なんだよ。借りばっかり作ってるなぁ、おれ」

 ちょっと情けない、やさしい声に安心して顔を上げる。

「『お兄ちゃん』とか呼ばれたときはどうしようかと思ったけどな。いつも『おっさん』なのに」

 あの場で、おっさんとか呼べないし。それに。

「だって、」

「おれ一人っ子で妹とか欲しかったから、ちょっとうれしかったかな」

 なんて言うか、この人、反応が素直すぎて、ちょっと厄介かもしれない。

「いや、これからそう呼べとかいう強要じゃないから。断じて」

 あきれ半分で見つめると焦ったように言い訳する。

「……だからさぁ、そういうふうに余計なこと加えるから」

 しょうがない人だなぁ。

「じゃあ、またね……菅さん」

 飲み終わった缶をごみ箱に捨てて駅に向かう。

 さっきの男のおかげでわかった、おっさんの名前を付け足してみた。



「正気なの? 今更変更って? 今、何時だと……マジでかー」

 コンビニを一人で先に出ると、聞き覚えのある声がして足を止める。

「んー、わかった。連絡取ってみる」

 苦い声で電話を切って振り返ったのは案の定、

「菅さんだ」

 つい声をかけると、一瞬驚いたような顔をした後、笑みを浮かべる。

「あぁ、この間は、ありがとうね」

 やっぱり律儀にお礼を言われ首を横に振る。

「別に、私がっ、えっ」

 突然割り込んできた背中に視界を邪魔される。

「うちの娘に、何の用ですかっ。志緒、大丈夫か?」

「いっちゃんっ」

 コンビニで清算を済ませてあわてて出てきたらしい背中を押しのけると、菅さんがぺこんと頭を下げてる姿が目に入る。

「娘さんにはいろいろお世話になってます」

 なんかおかしくない? その言い方。

「いろいろお世話ぁ?」

 案の定、その言葉に引っかかったいっちゃんは、敵意丸出しの声を菅さんに向ける。

「いっちゃん。あのね、前言ったでしょ。落ちてた名刺入れ届けたの。菅さん、ごめんなさい。いっちゃん、無駄に過保護で、早とちりだし」

「しっかりしたお嬢さんですね。先日はおかげで大変助かりました」

 菅さんは気にした風もなく、いっちゃんに改めて頭を下げる。

「こちらこそ、早合点して申し訳ありません」

 菅さんの大人な対応に、いっちゃんはバツが悪そうな顔をする。

「とんでもない。年頃のお嬢さんのそばに胡散臭い男がいたら当然の反応です。こちらこそ、失礼しました」

 こっちを見もしない。

 なんだか蚊帳の外にされているようで、……むかつく。

「いっちゃん。行くよ。またね、菅さん」

 声だけかけて先に歩き出す。

 まったく。わかってない。

 わからない。まだ。

 でも、あともう少しだけ。

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