死神と少女~聖なる夜のおくりもの~

しびれくらげ

第1話

 しんしんと雪が降りつづける夜。

 聖夜とよばれる夜。


 ここはレンガや木でできた家が立ちならぶ街道です。

 まばらに人が行き交うなかを、ひとりの青い人影が立っていました。

 人影は青いローブをすっぽりとかぶり、顔もみえません。


 道のどまんなかに立っている彼を、誰も気にしません。

 たまに、すり抜ける人もいるぐらいです。


 なにしろ彼は、死神だったのですから。

 誰にも見えるはずがありません。

 ……ひとつの、ある日をのぞいては。



 暖炉だんろやロウソクのあかりにてらされて少女が本を読んでいます。

 ベッドであたたかい毛布にすっぽりとくるまり、半身を起こして。

 お話に夢中になっていたので少女は気が付きませんでした。

 いつのまにか、少女のすぐわきに人影が立っていることを。


「ねえ」

「ひゃっ!」


 少女はたいそうおどろいて、手にした本を落としてしまいました。

 それをしっかと死神がキャッチします。


「その……コレ、落としたよ」

「……ありがとうございます」


 少女はお礼をいったあと、目の前の人物をまじまじとながめました。

 全身すっぽり青衣あおごろも、手には大きなかま

 少女はすぐに気がつきました。

 なにしろ、お話のなかでなんども会ったことがあるからです。


「……あなたは……死神さん?」


 問われた青衣は「ああそうだよ」となげやりにつぶやきました。

 さいきんの子は物知りだな、とも。


「かしこいキミならわかるだろうけど、僕がここにきた理由」

「……今日、ですか」


 少女は泣きも、わめきもしませんでした。

 そうした反応をなんどもなんども目にしてウンザリしていた死神はおどろきます。


「すこし話しをしてもいいですか?」

「……べつにいいけど」


 少女は生まれたときから体がよわく、とくに胸に病気がありました。

 足もなえ、歩くことでさえおっくうです。

 ですから、そうながくは生きられないと小さなころから知っていました。

 今夜死ぬのだと言われてもおどろきはありません。

 ですが、心のこりがひとつあります。

 今日の朝、もらった誕生日プレゼントです。


「この話を読み終わってからでいいですか」


 少女はずい、と手にした赤表紙の本をさしだします。

 とても分厚く、とても高そうです。

 死神は、この少女は愛されているのだなと思いました。

 なにしろ彼がこれまで会った子どもは、そうでない子のほうが多かったので。

 そうした思いが、彼にきまぐれを起こさせました。


「いいよ……ついでに読んでくれると嬉しいかな。

 僕は物語りなんてものはとんと聞いたことがないからさ」

「――はい!」


 少女の小さな声で語られる物語。

 そのお話を聞きながら、死神は部屋をなんとなくながめます。

 たくさんの、ほんとうにたくさんの本、本棚。

 少女のまわりにも山とつまれています。

 あまりに多すぎてベッドからこぼれているものもあります。


 ……しばらくしてお話は終わりました。


「……ずいぶんヘンなところで終わるんだね」

「私もびっくりです。でも逆にこういうのもいいですね」


 気づけば日付がかわるまであと20分ほどです。

 しかし、死神はもうすこし少女の語りを聞きたいを思いました。


「あと1話ぐらいはいけるんじゃないかな、頼めるかい?」

「……ええ!」


 次の話は冒険譚ぼうけんたん、海をこえ山をこえの大活劇だいかつげきです。

 それを聞きながら死神は思いました。

 少女はこの部屋からまんぞくにでられないけれど。

 それでも、世界中を旅しているのだな、と。

 時代も、場所も、彼女はとびこえてしまうのだ、

 この部屋には世界がつまっている。


 ……そうして冒険もクライマックスというところでべつの人影があらわれます。

 青衣にそっくりの、黒衣です。


「おい、その子どもの命日は今夜だぞ、なにをしている」

「……もうすこし、待ってくれないかな。今いいところなんだ」


「その子どもは聖夜に死ぬ運命さだめにある。今日じゃないとダメなんだ。

 オマエもればわかるだろう?」


 やれやれと黒衣はわらうと、少女へとカツカツと歩みはじめます。

 その行き先に青衣が立ちふさがります。


「なんのつもりだ?」

「聞きたいんだけど……そのお話はそろそろ終わりそうかい」

「……はぁ? なんの話だ」


 問われた少女は本のページをめくり、お話の終わりごろまでたしかめます。

 ふだんは、けっしてやらないと決めている行為こういです。


「まだ……けっこうあります」

「そう」

「だからなんの話を……」


「じゃあさ、まだまだキミの話が聞きたいんだけど、

 キミが語れるお話はあとどれぐらいあるのかな」


 問われた少女はさいしょ、問いの意味がわかりませんでした。

 正確には、意図いとなのですが少女にはまだわかりません。


「……ええと、あと千夜は語れますね……でも」

「わかった」


 死神は少女を守るようにずい、と一歩ふみだし、その手に大鎌を。

 対峙たいじした黒衣は彼の意図に気づきびっくりします。


「オイ、その子は聖夜に死ぬ運命さだめに……」

「じゃああと5分キミから守ればあと1年は死なないわけだ」


 目をつぶってて、できれば耳も。

 死神のことばを信じて、少女は毛布にくるまりました。

 ふさいだ耳からでも、キン、カン、コーンとすごい音が聞こえます。

 ナイフやフォークを思い切りフライパンにたたきつけているようです。

 しかも、ちょっと信じられないぐらいのはやさで。


 いつまでも、いつまでもその音がつづいて。

 ほんとうにしばらくして、その音が鳴りやみました。


「もう大丈夫だ」


 死神の声で少女はおそるおそる毛布から顔をだします。

 黒衣はおらず、青衣だけがいました。

 すこし、つかれたように座りこんでいます。


「……あの……お体は……」

「ああ、……うん、なんでもない」


 みれば死神の衣は、いくつか切りさかれたりちぎれたりでボロボロです。

 なんだか少女はもうしわけない気持ちになりました。


「あのさ……つづき頼める?」

「えっ?」

「さっきの話……もそうだけど、これからも夜に、その……」

「いいですよ!」


 少女にしても、お話をいっしょに楽しむ友達がほしかったのです。

 部屋にこもりきりの彼女に友達はいませんでした。


「それじゃ、これからよろしくね……ええと、そういやキミの名は」

「シェヘラです、よろしく、死神さん」


 この日、少女はのこり一年という寿命いのちをもらいました。

 この日、死神はひとりの友達との時間ときをもらいました。


 たがいに大事なおくりものをおくったのです。

 それは、もしかするとこの先もずっと、ずっと、つづくのかもしれません。

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