第17話 占いの館

 森の入り口に看板がかかっている。この森へと続く道の先に占いの館があるのだろう。さっきまで機嫌の悪かったサリーも、この短い道中に何十回と謝罪した俺の態度に幾分、機嫌が直ったようであった。


「この先に、バーガンがいるんだよな。 会ったことあんの?」

「私はないですよ。 占いは興味あるけど、正直なんかここは、胡散臭いし」

「お前、今それ言うか!?」


 看板の指示に従い進むと、洋館のような建物が現れた。外観はツルで全体が覆われていて、長年この地に在るのがわかる。入り口の近くに人が立っており、俺達の姿が見えるとゆっくりとこちらに向かってきた。オーバーオールを着ていて、長靴に深く被った麦わら帽子で顔は見えない。どうやら農民のようだ。


「こんちわー、バーガンさんに会いに来たんすけど……」

「よ、ようこそ、い、い、いらっしゃ、いい、ま……でぇ!!」

「うっ!? ……おげぇぇぇぇ!!」


 帽子を取って挨拶をしてきたが、なんの不思議もない中年男性だった。しかし、見るみる顔が変化していった。だんだんと形が崩れて歪んでいく顔に、肌色が土色に変わり骨の一部が見え始める肌、その一部始終を間近で見た俺は、あまりの衝撃的な光景に思わず吐いた。


「ちょっっ!? きたなっ! マサルさま何してんの!!」

「なにもクソもあるかっ! こいつが突然、おぇぇぇぇ!!」

「あぁなんだ、このアンデッドに驚いたのか」


 俺を驚かせたアンデッドの頭を小突いたサリーが言った。小突かれたアンデッドは短いうめき声をあげたかと思うと、館の方へ歩き出す。

一通り吐き終えて落ち着いたので、介抱をしてくれなかったサリーと館の入り口に行く。アンデッドが俺達を待っていてくれたのか、玄関の扉を開き中へ入るので続いた。入ると左にある二階へ昇る階段には柵が設けてあり進めなくなっている。アンデッドは通路奥にある扉を指差して俺を見た。


「あの奥の扉に行けってことか?」


 さっきの事がフラッシュバックするので、このアンデッドの顔は見ないように進む。俺がアンデッドを通り過ぎるとすぐにサリーの驚く声が聞こえたので振り向く。サリーはアンデッドに進路を阻まれており、俺には奥の扉を指差していたがサリーには横の部屋の中に向けてされていた。


「どうやら占い部屋に行けるのは、マサルさまだけみたいですね。 一応は大丈夫だとは思いますけど、何かあったら大声で叫んで下さいね」

「大声で叫んでる時点でかなりヤバくないか?」


 俺の問いかけに肩をすくめて答えたサリーだが、ここでこのアンデッドを倒して面倒事になる方が厄介なので仕方がなく一人で奥に向かった。

部屋の前に立ち一呼吸おいてから扉にノックする。扉の奥から返事があり、中へと入る。部屋の中は明るく薄紫の天幕が吊るされている中に、黒いヤギの顔をした人物が手招きしていた。近づいていくとテーブルの上にはエリーナさんの所で見た水晶が置いてあり、水晶の横にはお香が焚かれていた。椅子に腰かけるように案内をされる。


「ようこそおいで下さいました! 私が当館の主、バーガンでございます。以後お見知りおきを、新しく魔力王となられたマサル様。」

「!? なんで俺のこと知ってるんだ!」

「なにも驚くことはございませんでしょう? 私は占い師。 予知予見をするのが当然ですよ」


 驚く程の大袈裟な身振り手振りで話すバーガンだったが、話した内容にも驚きである。俺の事を知っているのであれば話が早い、俺の聞きたい事を教えてくれて頼んだのだがバーガンは首を縦には振らなかった。


「急いで事を進めようとするのはいけませんよ。 それに、私があなた様に無料でお伝えできるのは……そうですねぇ、三つまででしょうかね。 それ以上になると、かなりの高額料金がかかりますよ」

「無料で三つ? それ以上は高額料金だぁ!?」


 唐突の提示に驚いたが詳しい話をバーガンに聞いてみる。

この貧困気味のシンラの為だと言ったが、その後にただただ静かに過ごすための金が必要だと続けた。とどのつまり、今後働いていくのが嫌なので莫大なお金を下さいと言っているのと同じである。どの程度高いのか料金を聞くと、一つ占いを聞くたびにガダヴォルフの街で流通している金額の半分程度だと言った。つまりは三つ以上の占いはしないという意味だった。


「それで、本日は何を占いに?」

「うーんと……まずは、まだ会ったことのない承認者の居所かな? いや、その前に俺の呪印の解明? それとも今後の俺の人生を……」


 考えがまとまっていなかった。三つしか聞けないとなると、かなり絞って聞かないといけなくなる。横にサリーでも居てくれれば、丁度いい案を出してくれるのだが自分でやるしかない。しばらく思い悩んだ結果、最初に口に出していた三つに決めた。


「じゃあ、一つ目はまだ会ったことのない承認者の居所を教えてくれ!」

「いやいや、それを一つというのは、あまりに強欲というものでしょう」

「……はっ?」


 言葉の意図が伝わらない俺に説明をしてくれた。

承認者は複数人が存在しているので、この居場所全てを教えるのは一つという事ではないでしょうと言った。だが複数いる承認者を別々に聞かないといけないとなると、かなり面倒な事になる。しかし、最低でも一人の居所は確実に分かる。問題はどの承認者に会うべきなのかだろう。


「くそぅ、わからねぇ!」

「何をお悩みなのでしょう?」

「えっ? あーどの承認者が一番会いやすいのかなと思って」


 ついバーガンの問いかけに答えてしまった。にやっと嫌な笑顔をしたと思うと、水晶に手をかざして呪文のような言葉を発する。やがて水晶を覗き込んで頷き、俺に目を向けて一つ目の占いに成功したと言った。


「あなた様がこの先、一番初めにお会いになる承認者の方は、『暴食のバイロン様』でありますな。 これで残りは二つになります」

「はぁ!? さっきのは無効だろうが!」


 抗議しても聞く耳を持たなかった。詐欺にでもあった気分だ。ふつふつと湧き上がる怒りの感情をなんとか抑えて、冷静に言葉を選んでいかなければいけない。今のでとりあえずは、最初に会う人物は分かった。このまま残りの承認者の名前を聞くべきか、それともその暴食のバイロンだかいう人物の居所を聞くかが問題だ。俺の首にある数字の意味も知りたいが、どうしたものか。再び悩み込みそうになるが、また不意をつかれても嫌なので居所を聞くことにした。


「じゃあ、二つ目はそのバイロンっていう奴の居場所を教えてくれ」

「かしこまりました……見えました。 場所はこの地より東方にあります、レジサティの地のようです。」


 先程と同じように呪文を唱え、バイロンの居場所を占った。レジサティという東の場所という事を覚えて、あとでサリーに聞いてみよう。問題は最後の占う内容だ。とりあえず次に行く場所は分かったという事で、俺の首の数字を聞きたい。


「最後は、俺のうなじにある数字の意味を占ってくれ」

「かしこまりました……申し訳ありません……その内容は教えられません」

「なんで!?」


 まさかの拒否に驚いた。教えられない理由を問い詰めると、渋々言った。

どうやらこの占いの結果を、俺が知ってしまうと予見した未来が変わってしまうのだというのだ。予見された行動を俺がとらなくなると、予見した未来が変わる。結果占いが外れるというものになるので、教えられないという俺にはよく分からない話だ。

占い師のプライドなのか、いくら粘っても教えてはくれなかった。


 結局、分かった事はここより東に位置しているレジサティなる地にてバイロンという人物を探すという一つだけの情報のみだ。これ以上の情報はここではもう得られそうに無いので、サリーがいる部屋へ引き返そうと立ち上がった時だった。屋敷が少し揺れるほどの振動と大きな衝撃音が響いた。俺とバーガンは共にへやから飛び出し、サリーの待機している部屋へと急ぐ。


「大丈夫か! サリー、さん?」

「あっ、遅かったね、マサルさま」


 部屋に駆け込むと、サリーが窓の側で佇んでいた。俺の声に反応してこちらを振り向き笑顔でこたえるが、サリーのいる場所以外はひどく散らかっている。まるで爆発か何か起きたかのようだ。部屋をよく見ると、所々に散乱しているさっき案内したアンデッドの一部がある。


「な、なにがあったんだ? これ」

「こいつが急に私のお尻を触って来たから悪いの!!」


 足元にあったアンデッドの頭をこつんと蹴る。転がってきた頭が俺の前にくると、満足気な表情で笑う。その頭を抱え上げたバーガンに元に戻るのか聞くと、問題ないと言ってきた。問題は部屋の現状だが、部屋も特に気にすることは無いとバーガンが言ってきたので安心した。だが問題はサリーの方である。


「大体ちょっと遅過ぎない? なにしてたの? まさかこいつを差し向けたのマサルさまじゃないよね? それに何この匂い、もしかしてあっちの部屋で変な事してたんじゃないでしょうね!!」

「そんないっぺんに質問してくるなよ!? こっちだって色々大変だったんだよ!」


 非常に興奮しまくし立てて質問してくるサリーに、あたふたしながら対応する。バーガンの助けもあり、ようやくいつもの状態に戻ったサリーだったが俺を睨んでいる。得た情報のわりには代償が大きいのではないかと云ったところだろうか。


「もう用は済んだんだったら、さっさと帰りますよ!」

「はい……。」


 占いの館を後にしようとした時に、バーガンが俺に囁いた。今日は大人しくサリーの言う通り帰った方が良いと、なんの話だと聞き返すがバーガンはそれ以上は言ってはこなかった。


 シンラの村長と会った場所まで戻って、先程バーガンが俺に言った言葉の意味を理解した。占いの館に行く前、心に誓った搾乳体験だ。大きな畜舎の横を通り過ぎようとすると、ケンタウロスの青年が俺に声をかけてきた。


「準備できてますけど、やっていきますかぁー?」

「あ、いや、もう今日は大丈夫なんで、いいです」


 不思議そうな顔をした青年ケンタウロスに礼を言って、一人で行ってしまっているサリーの後を小走りで追う。後ろに着くと、ちらっとこちらを見た後に言った。


「どうしたんですか? あれほどやりたいって言ってたじゃないですか。」

「いやもういいよ。 それに金を俺は持ってないし、お前、先に帰るだろ。 それよりも回復薬を街で買いたいんだけど、これなら付き合ってもらえるか?」

「……そうですね、回復薬なら安く買えるお店知ってますから、一緒に行ってあげましょう!」


 足取りが軽くなりご機嫌になったサリーとシンラの村を出て、ガダヴォルフの街へと戻るのであった。

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とんでもないまちがいで魔王になったけど!? みたらしカレジ @mitarashicourage

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