第16話 シンラ村

 城下街から徒歩十分ほど街道を進むと、大きな看板が見えてきた。

この世界の文字で書いてあるので読めないが、かなりポップな感じに書かれているのは分かる。


「なんて書いてあんの?」

「こっちが『ようこそガダヴォルフへ』で、こっちが『この先すぐ! 占いと乗馬の村シンラ。体験広場、ケンタウロスにも乗れます!』ですね」

「占いと乗馬って、なんかバランス悪くないか?」


 城下街の案内よりも、かなり目立つその看板の矢印の方向を見る。道がひらけていた街道とは違い、荷車が一台やっと通れる位の森の中の側道へ入っていく。

歩くとすぐに木で造られた門に大きな文字が書かれている場所へ出る。


「ようこそ! シンラへ」


 俺が聞く前にサリーが言った。

木の門をくぐり抜けると、左側に家や小屋がポツポツと点在していた。右側は、広く柵が設けてあるのだが動物等は見当たらない。中央の大きな建物は畜舎ちくしゃのように見える。しかし、どこにも人の気配がない。とりあえず一番近い小屋まで行くことにした。

小屋の横にも看板が立てかけてあるので、サリーに読んでもらおうとした時だった。勢いよく扉が開かれると、中から上半身が人で下半身が馬の中年の男性が現れた。


「らっしゃーーい! ようこそシンラへ、お二人様ですね。 乗馬体験ですか? それとも農場体験? あーーっ! お二人さんの未来を占いに? まぁとりあえずは中でご説明しますね!」

「ちょっ!? ちょっと待って!!」


 ぐいぐい俺の腕を持って小屋の中へ引きずり込んでいく。抵抗しようにも、筋骨隆々な身体に敵う訳もなく部屋に用意されていた簡素な椅子に座らされた。サリーも後から入り、並べられていた椅子に腰かける。訳も分からないままに、おそらくはケンタウロスであろう男の話が始まる。


「いやぁ、運がいいねお二人さん! 今はカップル割引ってのをやっててね! 一日体験の料金がなんと、通常の金額より一割も安いんだよ!! どう? これにする?」

「いや、あの、俺達は占い師のバーガンさんに会い――」

「あぁ! やっぱり、占いね! でもね、占い単品よりも、一日いろいろと体験できる方が良いと思うんだよ! だからさ、少し占い単品よりも高いけど、一日体験の方でいいよね!!」


 こちらの話を聞かずに、勝手に決めようとしてくる。俺があたふたしている横から一枚の紙が差し込まれる。それに目をやると、左端に紋章の入っていた。


「私共は、ガダヴォルフ城から来た者です。 ですから、客ではありませんよ。」


 スッと出された紙に目を通し、明らかに落胆の顔をしたのが見える。淡々とした口調で、村の長との面会と占い師に会わせるようにと促した。

小屋から外に出ると、さっきまで人の気配が一切感じられなかったのだが、柵の中には数体のケンタウロスがいる。皆一応にこちらが来るのを待っていた。


「乗馬体験してかないかい?」

「あー、いや、俺らは客じゃないんですよ」

「えっ? そうなの?」


 俺らが客ではないと知るや否や、誰しもが深いため息を吐いて一際大きな建物に引き返していく。少し気の毒にも思ったが、まずは自分たちの用事を済ませてからにした方が良い気がする。柵越しに声をかけてくれたケンタウロスの青年がこちらを振り向いたので、質問を投げかけた。


「客入り悪いの?」

「あぁ、わざわざ街外れあるこのような小さい村に来て、乗馬や牧場体験とかを今の子達は来ないよ。 どうせ体験するなら、冒険者や商売人の方が良いと言って。 占いは……まぁ……。 そうだ! せっかく来たんだから、お客でなくても乗っていかないか?」

「えっ! いいの!?」


 初めてケンタウロスに乗れるという高揚感を抑えきれずに柵を越える。青年が乗り易いように屈み、鞍に跨る。青年が掛け声とともに、立ち上がる。サリーが落ちないようにと忠告してくれたが、言い終わるのと同時に俺は落ちた。


「っってーー!!」

「だ、大丈夫かいっ!?」


 手綱もなく初めての乗馬だったので、立ち上がった時にバランスを崩したのだった。事の一部始終を見ていたサリーの大爆笑する声が聞こえた。


「はい。 これでもう痛くないでしょ?」

「あーうん。 これ絶対に、俺も持っておこう」


 サリーから回復薬を貰い、治癒した頭をさすりながら答えた。乗馬はもういいので、他には何があるのかを青年に聞くと、牧場体験の乳しぼりや、チーズ等の加工食品体験があると言った。あの大きな畜舎の建物で体験できるとのことだった。


「乳しぼり体験! やってみようかな!!」

「もうすでに、顔がいやらしくなっているからダメ! 魂胆がみえみえなんだから!!」

「そ、そんな顔してねぇから! それに普通の乳牛だろ?」


 青年に問いかけると、そんな事は当然だという表情で俺の顔を見て答える。


「いや、ミノタウロスだよ」

「マジかっ!? いや、そうか……じゃあやっぱり体験します!!」


 姿勢を伸ばして青年にお願いする。すると、後ろからサリーが襟首を掴む。


「だから、ダメだって言ってるでしょうが!」

「やかましい! 俺にはどうしてもやらないといけないことなんだよ!!」

「スケベ心以外の何物でもないくせに、なに偉そうに言ってるのよ!」


 青年の前で醜い攻防をしていると、不意に声を掛けられる。先程、俺達を小屋に引きずり込んだ中年のケンタウロスだった。どうやら、シンラの村長の準備ができたようなので呼びに来たらしい。

青年に帰りにまた必ず来るからと言い残し、村長がいる家まで案内される。畜舎の横を通り抜け、家状の建物では一番大きい場所へと行く。中に入ると、道場のようにだだっ広い空間の奥に座る、髪が長い女性がいる。手前に座布団が二つ並べられており、俺とサリーはその場所へと座った。正面の女性は前髪で顔全体を覆っている為に、表情が一切分らなかった。

中年のケンタウロスが外へ出ていくのと入れ違いに、年老いたラミアが入ってきて俺らと村長で在ろう女性の横に着き、拡声器のような筒状の物を取り出して耳に当てがい話始めた。


「遅くなり、申し訳ありませんな。 で? 今日はどのような用件でしたかな?」

「先程、案内をして下さった方にお渡ししましたが、今日は占い師のバーガン様にお話を伺いたく参りました。」

「……。」


 サリーが俺とさっきまで話をしていた時とはまるで別人のように、毅然とした態度で言った。向かいの女性が何やらぼそぼそと話をしているのだが、こちらからは聞き取れなかった。老婆がおそらく簡易の集音器であろう、耳にあてている器具でこの女性の声を拾っていた。頷き終えると俺らにまた老婆が言った。


「バーガン殿は、この村の奥にある森の中。占いの館にいるのでどうぞと申しております。」

「あぁ、そうなんですか。 ありがとうございます……えっと、お名前はそういえばなんでしたっけ?」

「わたしゃ、ローコです」

「そうじゃなくて、いやローコさんもなんだけれども」


 向かいに座っている女性の名前を聞きたいのだが、この老婆のラミアが間に入ることで、ややこしくなる。直接名前を聞こうと、女性に近づこうとした時だった。突然彼女の髪が逆立ったと思ったら、髪の毛が幾つもの束になり、蛇の姿へと変形していく。そして、数十匹はいるであろう髪の毛の蛇が、一斉に俺を威嚇してくる。


「あわわわわっ!? な、なんだこれ!!」

「すみません……すこし……驚いてしまって……」


 か細く消え入りそうな声で彼女が言った。彼女が髪の毛の蛇の一匹を撫でると、威嚇していた蛇たちは元の髪の毛に戻っていった。


「私は……この村の……メアリーで……」


 所々聞き取れていないが、どうやら自己紹介をしてくれたのだろう。名をメアリーと名乗った彼女は、言い終わると下を向いてしまった。一瞬だったが髪の毛が逆立った時に垣間見えた顔は、とてもきれいな顔立ちをしていて俺の好みそのものだった。今はうつむき加減で下を向いているのと、前髪が顔を覆ているのでよくは見えない。


「と、とりあえず、あの、メアリーさんもありがとうございました……それで、さっきのは一体?」

「この方はメドゥーサなんですよ。 だから、自分に危害が加えられそうになると、さっきみたいに蛇が襲い掛かるんです。もちろん、スケベ心も含まれます。 因みに、噛まれたら石になりますよ……。」


 サリーが説明して、だからそれ以上近づくなよといった含みのある云い方をした。

ただ、危険かも知れないがもう一度その顔を見たい。下心ではなく……いやマジで。


「もう一回だけ、お顔を拝見したいんですけど?」

「恥ずかしい……ので……」

「そこをもう一度だけ……ぐえっ!?」


 やんわりと断りを入れるメアリーに食い下がる俺の襟首をサリーがまたしても掴む。軽く二人に挨拶をして、首が締まって藻掻もがいている俺を、引きずりながら外に出る。

ようやく解放された襟首を正して、サリーに文句を言おうとするが、先にサリーが俺に言ってきた。


「あのね、マサルさま! 女性と見るや否や不用意に近づくの止めてもらえる! 何かあったらほんっっとに、取り返しつかないんだからっ!!」

「ご、ごめん……」

「……もう! 大体――」


 かなりご立腹の様子で、俺の謝罪を聞いた後にはずんずんと一人で、村の外れにある森へ歩いて行く。昨晩も同じような軽率な俺の行動で、危険な目に合ったなと思いながらサリーの後を追って、森の中にあるという占いの館へと向かう。

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