第15話 城下町
城壁を抜けると眼下に街並みがあり、その街を囲むように城壁と同じ石壁が立ち並んでいた。この城が、丘の上に建っていたのだと初めて知る
まさに夢にまで見たファンタジー世界そのものが目の前にある。抑えきれない衝動に駆られて、サリーを待たずに歩き出す。後ろから、慌てるような声が聞こえた。
「ちょっと! マサルさま! ここの坂は見た目以上に傾斜あるから――」
聞こえたのは、ここの部分だけである。
あれよあれよという間に、俺の足は止まることを知らず前に前に進もうとする。
自分ではもう制御が出来ずに、下り坂を猛烈な速度で走り続けた。
「うわぁぁぁぁ!! だれかとめてくれぇぇぇぇ!!」
叫んでも誰もいないし、何も無い。やがて、長い下り坂の終点が見えた。
坂道は大通りへと繫がっており、そこは荷馬車や人々で賑わっている。俺はそこ目がけて一直線に向かう。
もう駄目だと諦めかけた時に、横を通り抜けていく人影。そして、いつの間にかひっかけられている腰縄で、俺はその人影の向かう方向へ軌道が変わっていた。
人影はさりーだった。直角に曲がったが、慣性の法則によって俺は大通り端の積み上げれた
「うわっぷ!? ……ぺっぺっ!」
「まったく、なにやってんですか。 もう少しで大変な事になるとこでしたよ」
藁まみれになった俺を、呆れた顔で見ていた。藁にまみれた俺を助け出す。
「マサルさま! 首の数字が一つ少なくってます!!」
「マジでっ!?」
すっかり忘れていた。一日に一つ減っているならば、この数字は五ヵ月でゼロになるという事なのか。あと百五十日で一体俺の身体に何が起こるのであろう。
服を払っている最中そんな事を考えていた。すると、突然後ろから声をかけられた。
「おいおい兄ちゃん! 大丈夫か?」
振り向くと、背が低く、ガタイのいいおっさんが見ている。顔は髭を蓄えており、大きな金槌を肩に担いでいた。
「大丈夫っす! すいません、お騒がせして」
「無事ならいいけどよ。 おうなんだ、サリーの嬢ちゃんじゃねぇか!」
俺の横に立つサリーを見るやいなや顔をほころばせながら言った。
「ひさしぶり! ドワルの旦那、今日はこの人に合いそうな武器を見にきたんだ! おススメなんかある?」
どうやらサリーの顔なじみらしい。ドワルという男の店が、俺の突っ込んだ藁束のすぐ横の建物だった。
サリーとドワルの会話を聞いていると、俺が下って来た道は敵が攻めてきた来た時などに落石や丸太を使って進行を止める為の道らしい。普通の歩いて通る道は、横にあったのだが、俺には見えていなかった。
店の中には所狭しと剣や鎧が並んでいる。
その並んでいる剣の一本を持って見たが、城内の物と同様で重く常に携帯はできそうにない。ただ筋力が不足しているだけだが、鍛えてどうしても使いこなしたいとも思わないし、昔から争い事は苦手なのでもう武器は諦めよう。
「ねぇねぇ これなんていいんじゃない?」
「いやー、もういいっておわっ!?」
目の前に巨大な獣の手がかざされていた。
「なんだ!? それ?」
「あはは! びっくりした? この武器なら使えそうじゃない?」
「武器なんかそれ? あぁなるほど、熊の爪の手袋みたいになってんのか」
持つではなく、付けるタイプの武器なのだろう。素手よりは威力がありそうだが、見た目はただただダサい。ただ、女性が猫耳と尻尾のコスチュームでも着てれば、可愛いコスプレになるかも知れない。
「もうちょっと、なんかないかなぁ」
「えー? これ可愛いと思うんだけどなぁ……じゃあ、これは?」
熊の手を置いて、今度は鬼の手を見せる。
「手しかねぇのかよ!……おぉ! これいいじゃん!!」
サリーの横に置かれたテーブルには、先程の熊の手の他に、かぎ爪等の直接手に付ける武器が置いてある。その一つを手に取り、装備してみる。
「えぇー、すっごいダサいと思う。 それに、かぎ爪とかってすぐ壊れるよ」
「兄ちゃん、そいつぁあ手入れとか結構大変だぜ。 それと、硬ぇもんに当たったりすると、最悪兄ちゃんの手首ごともっていかれるしなぁ」
二人に言われて、渋々元の位置に戻す。ドワルとサリーが話をまた始めてしまったので、一通り見てしまった俺は大通りへ目をやる。
大通りには、馬車や荷車を引いている人の姿があり、反対に並んでいる店や行きかう人々を眺める。人間らしき者や明らかに人ではない魔物がいるが、皆活気に満ち溢れているようだった。
「この店じゃ合いそうなのなかったね」
ドワルに別れの挨拶を済ませて、店から出てきたサリーが言った。
「お前らが、俺がいいって言ったのに止めさせたんじゃないか」
「だってあれ、ほんとにダサかったよ。 あんなの着けて歩かれたら、私は一緒に歩きたく無いもん」
「そんなに!?」
武器は諦めて、村に向かう為に再び歩き出す。道中、色々な店を覗こうとする俺を、サリーは先にシンラへ行ってからと
「それにしても、サリーってこの街の連中とずいぶん親しげだな」
「だってこの街は、私が生まれ育った場所だもん。 大体の人は知り合いなの……」
「聞いてもいいか? 嫌なら答えなくてもいいからさ」
「……うん。」
喧騒の大通りを少し外れ、少し静かな小道を通る。あまりいい気にはならないが、昨日から疑問に思っていたサリーの事を一つずつ聞いていった。
この街で生まれたサリーは、人間とサキュバスのハーフであり、その為に純粋なサキュバスよりも能力や魔力が低い。それを知っていた街の住人達が、知恵や技術をサリーに教えていった。しばらくは、冒険者となり生計を立てていたが、先代の魔王が新しくメイドの募集を募ったので、受かるはずないがと軽い気持ちで応募したら採用されたらしい。父親である人間は、冒険者で母親が身籠った事は知らないのではないかという。母親は、この街の娼館街に今も住んでいるとのことだ。娼館出であるのが後ろめたいのか、母親の話の時だけ声のトーンが下がった。
淡々と受け答えしていたサリーが、俺に振り向き聞いた。
「どう? 私のこと軽蔑した?」
「いや、全然。 サリーのこと知れて嬉しかったよ、お母さんの住んでるとこ近いんだろ? 寄って行かないのか?」
「はぁ!? だ、だれが行くもんですかっ! それに、大体の人は私の生い立ち聞いたら引くんだから! その……嬉しいとかこっちが困るじゃん……」
サリーの歩く速度が少し速くなった。
この世界で、サリーの生い立ちは珍しいのかも知れない。だが、俺がいた元世界になら、そのような境遇の人間なんてごまんといた。決して珍しい事ではない。それよりも、サリーに対して周りの人々が行った行為、彼女の行動の動機が知れたのが嬉しかったのだ。
「なぁなぁ、俺にサリーのお母さん紹介してくれよぉ?」
「ヤダって言ってるでしょ! ちょっと! こっちに近づいてこないでよぉ!!」
速足のサリーに駆け寄りながら近づいて行く。サリーの声に反応した近くの獣人達に、痴漢と間違われ、俺はあっという間に地面に組み伏せられてしまった。
サリーと俺とで、必死の弁解をして事なきを得た。紛らわしい事をするなと獣人達にこっぴどく叱られた。
「この街じゃマサルさまは、ただの一般人と変わらないんだから注意してよね」
「お前が言うかっ! ……しかし、そうだった、このブレスレットで魔力は押さえてあるし、まだ誰も俺の事知らないんだった」
「それに、仮にマサルさまの事知られていたら、それはそれで面倒になるし」
「どゆこと?」
サリーが詳しい話をしてくれた。
この街は、ガダヴォルフ城の兵達が造り上げた住まいだという。街のいた人間種は、昔は冒険者で闘いに敗れた者だったり、近くの人間種の村などからの流れ者だのの集まりだとか。そして、次第に人間種も魔物も関係なく暮らすようになったというのだ。なので、俺の正体が新しき魔王と知られていれば先程のような無様な恰好にはされていない。それどころか、住民が騒ぎだして街を抜けるどころの話ではなくなると言った。
「ようやく見えてきたっ! あそこを抜けて、シンラに行くんですよ!」
指さした場所の先には、立派な門が口を開けていた。その側にいる番兵にサリーが用紙を見せると、すんなり通してくれる。
軽装の少女に、手ぶらな俺。不安しかない小旅行にへと向かった。
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