第14話 出立準備

 微かに甘い香りがする。


「もう、いつまでも寝てないで支度してください!」


 聞きなれた声、サリーに起こされて目を開ける。俺のベットの横で、少し怒った様子で見ていた。昨日の晩に、浴場内で倒れそのままグニルダさんにベットまで運ばれた。


「モーニングコールはサリーなんか?」

「グニルダ様は、さっきまでずっと居ましたけど、朝の準備とか出立の準備がある為に席を外してます」

「なるほど、そういうことか」

「!? ちょっと! 服用意するから、起き上がらないでよ!!」


 顔をそむける。ベットから起き上がろうとして、自分が何も着ていないことに気付いた。サリーは、服を俺に渡して背を向けている。昨日から薄々思っていたが、俺というよりも男に対する態度が気にかかる。


「お前サキュバスだろ? 別にそこまでしなくても良くない?」

「わ、私は別にいいんですけど! マサルさまが朝から変な気を起こさないようにしてるだけです!」

「なーんか気になるんだよなぁ……」

「いいからっ! 早く支度を済ましてください。 朝食を食べて、そのあとシンラの村に行く準備があるんですからね!」


 サリーとのやりとりの間に服を着る。共に部屋から食堂へ赴き、すでに用意されていた朝食をとる。昨日の晩飯が頭をよぎったが、パンと卵というシンプルなもので安心して食べる。

朝食を済ませ、グニルダさんが出立の準備をしている部屋までサリーに連れて行かれた。


「私も準備がありますので、こちらで支度が終わったら正門で落ち合います」

「おぉ、サンキュ」


 サリーと別れ、ドアを開ける。部屋には、グニルダさんがテーブルにいくつもの武器や防具を並べていた。


「マサル様! ご回復なされて、大変嬉しくございます」

「昨日は助かったよ……ははっ」


 元はと言えばグニルダさんのせいなのだが、悪気はない。それを知っているので、こちらも怒る気にはなれない。

テーブルに置かれている武具を一通り見渡す。どれも元の世界で、見たことのあるような剣や盾、鎧などがある。だが、そのどれもが黒く、禍々しい色や形をしていた。


「この中から選ぶの?」

「はい。 私がマサル様の為にりすぐった一品です。これなんかはマサル様にお似合いでございますよ 」

「これねぇ……っ重たっ!?」


 グニルダさんから渡された両手剣トゥーハンドソードはかなりの重量である。剣どころか、剣道すらよく分からない者にとって、真剣の扱いが出来る訳がない。二キロ、いや三キロ近くある両手剣トゥーハンドソードは、持っているだけで精一杯だ。


「ほ、他のないかな。 これはちょっとね」

「そうですか、その暗黒剣ダークソード以外でしたら……このカラドボルグなど如何いかがでしょう? こちらのエクスカリバーよりは少し軽いのですが。」

「なんで聖剣が二本ともあるんだよ! 俺の記憶じゃ魔の者なんて一撃で消し飛ぶ代物だったはずなんだけど!?」


 俺のやっていたゲームの中では、この二本の剣はどちらも最強クラスの聖剣扱いだった。しかし、グニルダさんは平然とした顔で握っている。

試しに二本とも持ってはみたが、やはり俺には重すぎた。これ以上軽い物となると、短剣ショートソードか弓しかこの城には無いと言われた。


「まぁ、近くの村に行くだけなんだからさ、武器は持って行かなくてもいいんじゃないかな? 大体、あっても使えないんじゃ意味ないし、邪魔だし……それに、いざとなったらサリーがいるでしょ?」


 俺の提案に、少し考えていたグニルダさんも渋々了承してくれた。

昨日のように万が一襲撃にあっても、闘うよりも逃げて助けを呼んだ方が遥かにいいはずだ。それよりも、問題なのは武器類の横に整然と並べられている防具である。


「あとさ、そこの鎧は何一つ着れないと思うよ」

「なぜですか? どの鎧もマサル様にお似合いですし、勇者以外の者の攻撃であれば、傷一つ負わない一品ばかりですが」

「傷負わないかも知んないけど、絶対に重くて動けないわっ!」


 並んでいる一つの鎧を持ってみた。手にした感覚だが、胸部の鎧だけでどう考えても十キロはある。これを全身着けるとなると、二十から三十キロくらいになるだろう。こんな物を着て歩くなんて事は、俺に出来る訳がない。


「戦争しに行くんじゃないんだから、このままの恰好でいいって。 それに、あんまり目立つ格好だと、逆に標的になりやすそうだしさ?」

「……確かに、マサル様の仰る通りかも知れません。 であれば、せめてこちらをお持ちになって下さい。」


 宝石箱から二つの指輪を取り出して、俺に渡す。一つは金の指輪で、彫り物が施されているピンキーリング小指用指輪。もう一方は、中指の第二関節から第三関節まで覆うような、太い赤い金属で出来ていた。


「これは?」

「小さい方は、耐衝撃の指輪であります。そちらの方はエリーナ様に作って頂いた魔力防壁が使えるという物であります。 対象に向けると、発動致しますので、とりあえずはその二つをお付け下さい。」


 説明からするに、この二つがあれば攻撃をされても防げるのだろう。

ほとんどグニルダさんが、用意してくれた物は俺に合わなかった。しかし、時間をかけすぎるとまた昨晩のように、遅くなってはいけないと話を切り上げて正門へ向かう。


 正門に着くと、いつものメイド服ではなく、かなり軽装な恰好のサリーが待っていた。緑を基調とした袖なし短パン姿。腰には、皮の鞘に収まっている短剣。太ももには投げナイフのような物も付けていた。


「おっそーい! ……って、あれっ? なんか全然変わってないですね」

「どれも俺には重すぎて、装備できなかったよ」


 納得したのか、大きく頷くサリーにグニルダさんが近づき、大きくふくれた皮袋を渡す。


「これで、マサル様に合う武具を街で買うのだ!」

「えっ? あ、はい? わかりました」

「頼んだぞ! それとマサル様から決して離れぬようにな!」


 サリーに詰め寄り、注意事項をくどくどといているのを見ながら、初めての外の世界への旅に心をおどらせているのであった。

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