第13話 長い一日の終わり方

 アーリアの席の後ろには覆面をした男が二人立っていた。

上半身は裸であり、下半身にはブーメランパンツ一丁という奇妙な恰好である。


「なにこの変態ふたりは!?」


 思わず口に出してしまった。


「こいつらは私のボーイさ、そんな事よりも、話を聞かせてもらうよ。あんた達、エリーナ様に会って、色々わかったんだろ?」

「晩飯食べてからでいいかな?」

「別に食べながらでも話せるだろ? それに私は、あんたに聞きたい事があったから、こんな場所にいるんだよ」


 正直、変態二人が気になって食事どころではないと言いたい。だが、またアーリアの機嫌をそこね、ぶっ飛ばされても嫌なので言い返さないでいた。


 席に着き、グニルダさんが用意してくれた料理に目をやる。綺麗に盛られた肉料理が食欲をそそる。


「へぇ! どれも美味そう!」

「こちらは、タンドールベアのステーキになります。」

「タンドール、ベア?」

「……さっき私達が闘った、魔獣の肉ですよ……」


 耳元でサリーが囁く。聞いた瞬間に、あの凶暴な熊の魔獣の姿がフラッシュバックし、一気に食欲が減退した。薄々料理の名前を聞いた時に、嫌な予感はしていた。

手にしていたナイフとフォークを置き、俺は頭を抱えた。

それを見て、グニルダさんが問いかけてくる。


如何いかがなされましたか? マサル様?」

「これ……おいしい?」

「この周辺の地域では最高級の食べ物ですが……お気に召しませんでしたか?」


 料理の完成度は文句のつけようがない。ただ、生体での姿を知っているので食べづらいだけだ。この話をすれば、なぜ知っているという事になり説明が後々面倒になるのは明白である。

黙っていても腹は減っているし、俺は意を決して食べた。


「……ん? なかなかというか、かなり美味いなこれ!」


 おいしさに先程まで躊躇ちゅうちょしていたのが馬鹿みたいに思えた。

一心不乱にテーブルに置かれた料理を食べていると、アーリアが呆れた声で言った。


「あんたの汚い食べっぷりを見たいがために、ここにいるんじゃないのだがねぇ」


 忘れていた。夢中で食べてしまっていたが、アーリアにエリーナさんとの内容を話さなければいけないのだった。目の前の料理から、アーリアに視線を向ける。


「ブーッ!!!」

「うわっ!? ちょっと! 汚い!!」


 アーリアに視線を向けたが、横にいた変態二人がいるのを忘れて思わず吹いてしまった。この変態共は空になったワイングラスの片づけをしていた。変態の一人が後ろを向いていたのだが、思い切り食い込んだブーメランパンツを、これでもかと見せつけていた。


「そいつら何とかできねぇのかよ!!」

「はぁ? なにを言ってるんだい?」


 怪訝けげんな顔のアーリアに、さっき飲み込んだ言葉を伝えた。機嫌を損ねるかと思ったが、俺の意見を聞き入れてくれた。その代わりに、俺とサリーの三人だけでの会話が条件だったので了承した。

 俺が食事中とあってか、ほとんどの事情をサリーが話してくれる。アーリアは、一つずつ丁寧に受け答えするサリーの話に耳を傾けていた。


「なるほどねぇ、それであんたからの魔力を感じなくなったのか」

「見えてたのか?」

「あたしを誰だと思ってるんだい、しかし……これまたずいぶんと、使えない能力だねぇ。 属性が無けりゃその力は文字通りの宝の持ち腐れさ」


 言い返したかったが、俺自身が痛感していた事だった。


「しかし、アーリア様。 マサルさまは無属性ですので、属性が決まっている私達よりも、魔道具が使用できるかも知れません。」

「確かにねぇ……じゃあその件は、サリー。 お前に任せるよ」


 どうやらアーリアが聞きたい情報は済んだのか、一服をしてあとに部屋の外で待機していた変態共とグニルダさんを呼び戻した。そして、俺の平らげた料理の皿が下げられた。アーリアがグニルダさんに、俺の明日の予定を告げる。


「では、明日は私がマサル様とお供を致します。」

「ダメに決まってるだろ! お前が付いていったら、誰がこの城の用を済ますんだい、大体ねぇ、お前はこいつに甘いんだよ。」

「ですが、マサル様とサリーのみでは危険すぎます!」


 ここにきて、グニルダさんの俺に対する思いが爆発したのか、アーリアに食い下がって抗議を続ける。俺の話だというのに、会話に入れない程である。

二人に会話をただ聞いていただけだが、実に恐ろしい内容だ。俺の護衛に軍を動かすだの、門番のアトラーを連れて行かせた方が良いだとか、グニルダさんの提案は全て誰でも却下するものだった。この現状をなんとかできないものかと思っていた時に、突然俺の耳側で聞きなれた音がなった。


――グゥゥゥゥゥ……——


腹の音である。

音の方を向くと、顔を真っ赤にしたサリーが立っている。意外と大きな音だったのか、先程まで言い合いを重ねていた二人も黙っていた。


「もうこの話はいいだろうよ、明日はサリーと坊やの二人で行かせる。 お前がそんなに心配なら武器でも防具でもこいつに見繕ってやんな!」


 アーリアと変態二人が出ていくのを見送りつつ、俺はサリーに食事してきなと促す。

そして、俺とグニルダさんの二人きりになった。


「マサル様、明日はこのグニルダ。お供することが出来そうにありません……」

「あ、うん……ここで聞いてたから。 でもさ、サリーもいるし、すぐそこの村なんだから大丈夫だって!」


 落ち込んでいるグニルダさんをなぜか俺が励ますのだった。


 食事も終えて、自分の寝室のベットで横になる。何時間ぶりに横になったのだろうかと目を瞑りながら思っている間に、眠りにつきそうになっていた。だが、ドアをノックする音でさまたげられる。


「マサル様、湯浴みの準備が整いました」


 グニルダさんに連れられるがままの状態で浴場に着き、服を脱がせてもらう。浴場に入り、普段ならこの大浴場の広さに感動するが、眠気の方が勝っているので気にならない。体を洗ってもらい、浴槽にゆったりと浸かり伸びをした。


「お加減はよろしいですか?」

「あぁ、最高だよ……って、ええぇぇぇぇ!!!!」


 夢心地であった為、気にも留めていなかった。脱衣所からいまの今まで、ずっとグニルダさんに世話をしてもらっていた。


「どうしましたか?」

「どうしましたか? じゃねぇよ!! なんでいんの!? いや、なにしてくれてんの!?」

「主のお世話をするのは当然ですので。」


 曇りなきまなこでこちらを見ている。至極当たり前であるかのように。


「いや、おかしいからっ! ……あっ、れ?」

「マサル様!!」


 長湯の湯あたりのせいなのか、今までの疲れのせいなのか、その両方なのか、勢いよく立ち上がり抗議していた俺の視界は暗くなる。


 こうして俺の長い一日は終わりを告げたのだった。

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