第40話 (最終話)

「・・・突然いなくなったから心配で、毎日小屋へ行ってたの。そうしたらある日、シーザーがいたの。でも中には誰もいないし。それでここに連れてきたけど、シーザーは毎日、日の出と共にどこかへ行って、日が暮れる頃にここに帰ってきて」

「そうだったの・・・」


シーザーはきっと、毎日王宮へ行っていたに違いない。

フィリップの元へ行くため。

そして、私を探すために。


私の膝で丸まっているシーザーを労わるように撫でると、キューンと鳴いて喜んでくれた。


「ところでメリッサ。その恰好・・」

「え?」


・・・そう言えば、今私が着ている服(と、室内にいるから今は脱いでいるマント)は、上質の絹を使ったものだ。

ブーツだって中々高級感が溢れているし。

ジュピターに乗るため、コルセットやペチコートは身につけていないものの、今の私の外見は高貴ないでたちをしているに違いないと、今頃気がついた。


「それに、こちらの方々も立派な身なりをしていらっしゃいますが・・・もしかして、ラワーレの王宮の方でしょうか?」と不安気に聞くシスター・マジュルカを安堵させるように、ライオネル様は微笑みながら、「いや」と答えた。


「我々はロドムーンから来た。俺の名はライオネル・クレイン。ロドムーンを統治している」

「えっ!で、では貴方様があの・・」

「大国の国王様?!」

「ロドムーンの国王様は、つい最近、ジョセフィーヌ姫と御結婚されたと聞きましたが」

「あぁ、あれか。色々とがあってな。取り止めになった」

「そうでしたか・・。それでここにいらしたのですね」


ライオネル様は、シスターたちの誤解をあえて正さず(まぁ、その通りと言えばその通りだし)、「そんなところだ」とだけ言った。


「でも・・ロドムーンのような大国の方と繋がりが持てれば、ここラワーレにも多少は物資の供給が豊かになると思ったのだけれど・・・あぁでも!仕方がないですよねっ!」

「ここでの暮らしに絶望しているのならロドムーンに来れば良い。それに、ここでの民の暮らしが少しでも向上するよう、俺は支援するつもりだ。それでおまえが再び希望を抱けるのなら、引き続きここで暮らせば良い。どうだ?ジュリア」

「それは・・・はいっ!私・・・えぇ、もう暫くここで暮らします!」

「・・・ライオネル様」

「何だ、ディア」

「あの・・・まだ貴方にお礼を言っていませんでした。ライオネル様。私だけでなく、フィリップや他の人たちに貴方がしてくださった事・・・本当に、本当に、感謝しています。有難うございました。この御恩は決して忘れません」

「・・・おまえの物言いは、まるで今生の別れのような響きがあるな」

「・・・え?だ、って・・・あなたはジョセフィーヌ姫とは結婚していないのですし。私の・・“任務”も終わりましたからその・・・あなたとは、ここでもぅ、実際、お別れ・・・でしょう?」


ライ様の袖を軽く掴み、半泣き顔で見上げる私を、ライ様は眉間にしわを寄せて、睨むように見返した。


「俺たちは結婚した」

「だからそれは偽りでしょう?だから、私の偽王妃の暮らしも、もう終わりなんです!」

「だが、。故におまえはロドムーンの王妃だ」

「ええ。ですが私は偽りの王妃です。そして私は、本来庶民です。お忘れですか?姫とは名ばかりのもので、私には本来、あなたと結婚をする資格すら無いのよ!」

「では、俺が国王を辞めれば、おまえはこのまま俺と結婚し続けるのか」

「は・・・。あ、あなたは、一体何を・・・。そんな事、絶対にしてはダメ!いい?あなたには国王としての威厳と素質があるのよ!だから皆、あなたについて行く覚悟ができているの!」

「ならばおまえも俺について来い!」


お互い顔を突きつけて言い合いをしていたのに。

気づけば私は、ライ様の膝上にチョコンと乗せられ、しっかり抱きしめられていた。

そして私も、ライ様を離すまいと、首に両手を回している。


「・・・俺について来い、メリッサ・ランバート。俺の妻に・・俺の妻でいろ」

「ライ、様。ううぅっ・・・」

「おまえが傍にいなければ、国務にせよ”戯れ”にせよ、何をやっても面白味が無い」

「・・・わたしも・・・」


・・・ライ様と“結婚”をして、まだ1週間しか経っていない。

けれど、ライ様との“戯れ”や、ライ様と一緒に食事をしたり、共に民の意見を聞いたり、視察に行ったり・・・そういった事全てが懐かしく、それでいて、いつの間にかそれが私の暮らしとして馴染んでいた。

無理矢理嫁がされたはずなのに、いつの間にかライ様は、私の最愛の旦那様になっていた。


私はおいおい泣きながら、ライ様にしがみつくように抱きついた。


「おまえが姫であろうがなかろうが、そんな事はどうでも良い。俺は、おまえと結婚したい。大体、おまえは俺とここで別れて・・それでいいのか?おまえにとって俺は、その程度の存在だとでも言うのか?え?」

「いいえっ!!わた・・・私・・・あなたとここでお別れする事が・・・もう二度と会えない事と思っただけで、こんなに・・愕然とするくらい寂しいとは・・・思ってもみなかった・・・!」

「ならば、俺たちが離れ離れになる理由など無いはずだ。そうだろう?」

「・・・はい、ライ様」

「フィリップ翁。そういう訳で、メリッサとの婚姻をお許し願いたい。できれば其方もロドムーンの王宮で暮らしてほしいと思っているのだが」

「双方愛し合っておる二人の婚姻に、ワシが邪魔立てをする理由なぞ無いわ。それに、仮にワシが反対をしても、其方はメリッサと結婚をするのじゃろう?」

「・・・その通りです」

「ならばワシの願いはただ一つ。メリッサを・・・わが娘だと思うて育ててきた、アンナマリア様の大切な娘を、いつまでも愛し、幸せにして欲しい」

「メリッサが俺の傍にいてくれる限り、その願いは必ず叶うでしょう」


・・・心が幸せで満たされていると、食欲も回復するのか。

その日私は、孤児院で出されたジャガイモのスープを、ボウル一杯、全て、美味しく食べきる事ができた。




翌日、私たち一行は、フィリップと私とシーザーが暮らしていた小屋へ行き、ロドムーンへ持って行きたいものを選別し、小さな鞄一つにそれらを詰めこんだ。

その日のお昼頃、ロドムーンから馬車―――ヴィーナが念で馬を小屋まで先導した―――が2台やって来た。

けれど馬を休ませるために、その日は引き続き小屋に滞在し、その翌日の午後、孤児院の皆に見送られながら、ロドムーンへ戻った。

フィリップとシーザーも、勿論一緒だ。


体が弱っているフィリップには、横に寝る事も出来るくらい(しかも快適に)、ベッドのように広い馬車に乗ってもらった。

上質で高価な服や靴を持つ事より、こういう「贅沢」が出来る事に感謝したい。

そしてこういう贅沢が出来るのは、ほかならぬライ様のおかげである事も、常に心に留めておこう。









その昔、ラワーレ王国の南東部にアッセンという国があった。

今から20年ほど前、ラワーレのサンドロス前国王がアッセンに攻め入り、アッセンはラワーレ領になった。


フィリップから話を聞きながら、当時のアッセン王国の様子―――人々が逃げまとう姿や、建物が焼かれている光景―――が、次々と私の脳裏に浮かんでくる。


「・・・私や母様かあさまと同じ外見の男の・・・かなり年配の人・・あぁそうか。この人がエイリークの言っていたアッセン王国のヒーラー・・・」

「その御方はアンナマリア様の御父上、つまりおまえの祖父様じゃろう」

「・・・祖父様も祖母様も、その時殺された・・・のね」

「恐らく・・・。その頃からワシは、自国の平和のために、他国の民を犠牲にするというサンドロス国王の考え方に疑問を抱くようになった。ワシは一体、何のために戦っておるのか。民が平穏無事に暮らす為と言われながら、肝心の民はちっとも幸せそうには見えぬ上、実際そこで暮らす民を手にかける事もある。本当の平穏無事の意味がワシには分からんかったが、少なくともそれは、ワシの思う“平穏無事”ではないという事くらいは、愚かなワシでも分かった。それでつくづく嫌気がさしたワシは近衛兵を辞め、山奥の小屋で独りひっそりと暮らし始めた」

「フィリップは、アッセンに・・攻め入った時に母様と知り合ったの?」

「いや。それから数年後の事じゃ。当時のフローリアン王子が、どこぞやの娘と逢瀬を重ねておる故、それが誰なのかつき止めよと、サンドロス王から命を受けてな。身分の違いから、二人が結ばれる事はないと、最初から皆分かっておった。じゃが、その当時の二人は愛し合っておったとワシは信じておる。少なくとも、アンナマリア様は、フローリアン王子の事を心から慕っておった。だからワシは、サンドロス王にはアンナマリア様の事を報告せず、陰ながら二人の逢瀬に協力をしていた。なのに・・・フローリアン王子が婚姻する事になり・・・」


ガックリと頭をうなだれるフィリップは、きっと自分を責めているのだろう。

母様を護れなかった事に。

そして、フローリアン王子の事も護れなかった事に。


私はフィリップのシワシワの手に、自分の手をそっと重ね置いた。


「それもあって、ワシは近衛兵を抜けたんじゃ。もうあんな世界に身を置くのは嫌じゃと思うてな・・・」

「それで私を育ててくれたのね」

「・・・実はな、アンナマリア様が夢に出てきたんじゃ」

「え?」

「ワシは二人の逢瀬に協力はしていたものの、アンナマリア様と直に話をしたことは一度も無かった。じゃが・・・自分亡き後、おまえの事を頼む、おまえはラワーレの民を救う未来の光だからと、夢で言われてな。夢だと分かっておるのに、実際にアンナマリア様とうて話したような、そんな現実味のある夢じゃった。それで、逸る気持ちを抑えながらアンナマリア様が住む小屋へ向かったものの、そこには誰もおらず・・・。孤児院へ行ってみると、おまえがおったというわけじゃ」

「そうだったの・・・」

「アンナマリア様は高貴な身分をお持ちではなかったが、神々しい雰囲気があった。まるで物事の全てを見通しているような眼・・・。おまえもそれを受け継いでおる。おまえは、アンナマリア様がワシに託してくださった子じゃ。ワシのこれまでの行いを償う為にも、おまえの事は大切に育てねばならぬと自分に誓った。じゃが、おまえと共に暮らす事で、逆にワシがおまえに助けられた。ワシの傷ついた心を、おまえが癒してくれた。たくさんの愛情と、たくさんの笑顔で。ありがとう、メリッサ。ありがとう・・・」

「フィリップ・・・」


私たちは、手を取り合って泣いていた。

確かにフィリップと私には、血のつながりがない。

でも、私にとってフィリップは、育ての父親であり、大切な祖父で、家族だ。

だから私たちは、愛情という絆で、しっかり繋がっているのだ。


そうよね?母様・・・。


「・・・母様は、全て分かっていたのだと思う。アッセンが攻め滅ぼされる事、フローリアン王子との間に私を授かる事、フローリアン王子が国王になってからのラワーレの行く末も、私がライ様と出会う事も、全て・・・それら全てが宿命だと受け入れたから、フローリアン王子を愛して、私を授かって、そして・・・そこで死ぬ事をも受け入れたの。宿命に逆らわずに、受け入れたの」


・・・そうだ。

私がフローリアン王子の血を引いていなければ、私は花嫁候補にすらなる事は無かった。

そうなると、ライ様に出会うチャンスなんて、きっと無かったはず。

母様は、私なら・・いや違う、ライ様なら、歴代のドレンテルト王がした過ちを正し、ラワーレの民の窮状を救う事が出来ると、分かっていたのだ。

ライ様が、ラワーレの未来に明るい希望の光を見出す存在になると・・・それらが全て、動かしようのない、起こり得る宿命であると分かっていたのだ。


だから私は、ライ様と出会う宿命だった。

そしてライ様と結ばれることも、私の宿命だった―――。


「・・・フィリップ。ありがとう、私を育ててくれて。私にたくさんの愛情を与えてくれて、本当にありがとう。私が今、ここにいる事、元気でいられるのは、あなたのおかげ・・勿論あなたもよ、シーザー!」

「キャンッ!」


・・・・一人一人に起こった出来事が、たとえ点ほどの小さなものでも、それらはいつか、どこかで、誰かと繋がる事があるだろう。

何故なら人は皆、この世界に生きる小さな一つのピースだから。

そして世界はその個々のピースが集まった、集合体だから。


だから、私たちは皆、どこかでピッタリと当てはまる。

そういう場所が必ずある。

その役割が、その存在が。








幸い、サーシャの暴挙―――ライ様を殺そうとした事―――は、表沙汰にはならなかった為(ライ様の配慮のおかげだ)、その事を知っているのは、ごく一部の者だけに留まっている。

それでも暴挙に対する罪は償わなければならない、という事で、サーシャは、ロドムーンの隣国、クリーグンに開校される、メディカルアカデミー設立の手伝いをする事になった。

これも、ライ様の配慮は勿論の事、サーシャは折角薬草の知識が豊富なのだし、術者としての才能もあるのだから、それを人を殺める為でなく、誰かの助けになる為に役立てるべきだというエイリークの主張のおかげだ。


「僕がしっかり見張っているから、もう二度とサーシャにはそんな真似をさせない」と言うエイリークは、どうやらサーシャの事が好きなのではないだろうか。

だって、サーシャを見る目はどことなく優しく、甘く・・・まるで、ライ様が私を見る時の目のによく似ているし。


サーシャは、精一杯の虚勢を張っていたけれど、そのエイリークの眼差しを始めとした、細やかな愛情のおかげで、傷ついた心が少しずつ癒え始めているのを私も感じて、ホッと安堵の息をついた。



そうして、私たち一行が、ロドムーン王国へ戻って二日後・・・。

ライ様と私は、最初に婚姻の式を挙げた教会で、もう一度婚姻の式を挙げる事になった。


頼まれた司祭様は最初、困惑顔をしていたし、そこで初めて婚姻式の話を聞いた私も困惑し、驚いた。

しかし、同じ人と、しかも「その人と結婚をしている(したばかり)のに、同じ場所で再び式を挙げてはならない」という決まりはなく・・・勿論、前例も無いのだけれど。

とにかく、司祭様は喜んで引き受けてくださった。


とは言っても突如決まった事だし、多くの人は事情を知らない上、あえて知らせる必要もないだろうという事で、教会には王宮に仕える執事や侍女たち、そして護衛騎士たちが教会に来てくれた。

勿論、フィリップと小犬のシーザー、そしてウルフも式に参列してくれたし、外にはロドムーンの民が、多数お祝いに駆けつけてくれている。


私は、ヴェールは被らず、最初の婚姻の式で着た白いドレスだけを着た。

床にたなびく裾を、ニメットを始めとした侍女数名が綺麗に整えてくれた上で、緋色のヴァージンロードを静かに歩くと、そこには私を見つめるライ様がいて。

「来い」と言わんばかりに伸ばした大きな手を、私はそっと握った。


そしてライ様が、その手を私のウエストに添えると、私たちは招待客の方を向いた。


「我、ライオネル・クレインは、ジョセフィーヌ・クレイン改め、メリッサ・ランバートを我が妻として、そして我が王国・ロドムーンの妃として迎え入れ、生涯添い遂げるとここに宣言する!」


よく通る低い声で、ライ様が宣言を終えた後、盛大な拍手と私たちを祝福する歓声が教会内に響き渡る。

そんな中、私はライ様と、誓いのキスを交わした。


「愛してる、マイ・ディア・メリッサ」

「私も。愛しています、ライ様・・・」



マ王の花嫁 完

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マ王の花嫁 桜木エレナ @kisaragifumi

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