第39話
「それからもう一つ。其方は俺亡き後、代わってロドムーンを統治する気でいたようだが・・俺は領土が増えようが減ろうが、それに対して一喜一憂しない故、其方に我が領土をくれてやっても別に構わぬと思っていた。しかし、だ。この程度の領土すら、全うに統治できていない其方に領土をくれてやれば、そこで暮らす民の行く先が非常に困難なものになるのは明らかだ」
「な、何だと!さっきから黙って聞いておれば・・若造のくせに言いたい事を言いおって!」
「顔に陰りがある民が多い。町には活気もなく、荒涼とした雰囲気を感じる。メリッサに聞くまでもなく、
そこにいる皆は、中身の伴った、説得力のあるライオネル様の言う事を、静かに聞いていた。
中には、納得するように頷いているラワーレの側近もいる。
そしてドレンテルト王の両手は、肘掛けをグッと握りしめ、ワナワナと震えていた。
ライ様のおっしゃった事が当たっているだけに、何も言い返せないのだろう。
その時、扉が開き・・・。
フィリップの姿を見た私は、なりふり構わずそちらへ駆け出した。
「・・・フィリップ。フィリップ!」
「メリッサか!おまえ・・・おぉっと!」
「フィリップ。フィリップ。ううぅ、会いたかった・・・!」
体が弱っているにも関わらず、ガバッと抱きついた私を、フィリップはしっかりと受け止めてくれた。
フィリップは生きていた!
それだけでも嬉しいのに、また無事に再会できた喜びに、私の目からは涙がとめどなくあふれ出てくる。
「メリッサや。おまえに逃げろと言ったが・・まさかここに戻って来たという事は・・・」
「そ、そぅじゃない、の。私、ライ様を・・誰も、殺す事なんて、できなかった」
「そうか・・・。それで良いんじゃ、メリッサ」
フィリップは、しゃくり上げて泣く私をあやすように、背中を優しく撫でてくれた。
そこにスッと影が出来たと思ったら、ライオネル様が来ていた。
「フィリップ翁。やっとお目にかかれた事、俺も嬉しく思っております」
「其方はまさか、ロドムーン王国の・・・!」
「
「ライ様・・・」
「ここでの用はもう済んだ。行くぞ。フィリップ翁もご一緒に。翁、歩けるか?」とライ様に聞かれたフィリップは、「無論じゃ!」と元気良く、そしていつものように懐かしく答えたけれど、やはり足腰は弱っているのだろう。
ゆっくりなテンポで歩き出したフィリップに合わせるように、私もゆっくりと歩き始めた、その時。
ライオネル様は、「あぁ」と思い出したように言いながら、ドレンテルト王が座っている方向へふり向いたので、私とフィリップは立ち止まった。
「最後にもう一つ。我欲を通すために他人を粗末に扱っていては、信頼どころか命まで早々に失う事になるだろう。だが、其方のその“信念”のおかげでメリッサに出会えた。それだけは感謝する。よってこの縁を祝し、これからも時折、ここを“訪問”すると決めた。その際、まだ情勢が変わっていなければ・・・俺がラワーレを統治してやっても良い」
「な・・・」
何という余裕!
そして、何という威厳に満ちた雰囲気・・・!
これが、本来の国王であるべき姿なのだ。
そう思ったのは私だけではなかったようだ。
ライオネル様を見た後、比べるようにドレンテルト王を見て、密かに頭を左右にふりながら諦めのため息をついたり、ライ様に敬意を表して、深々と頭を下げている側近もいる。
そんな彼らに向かって、ライ様は「馬車を一台借りたい」と言うと、皆こぞって案内を買って出てくれた。
「こちらでございます」
「では。近いうちにまた会いましょう、
その拍子に、凝った刺繍が施された緋色のマントがサッとなびく。
・・・凄い。
ライ様は、周囲の風までも、味方につけているような気がする。
「・・・フッ。フフッ。ハッハッハッ・・・!!」
・・・自分の信念が間違っていると、ようやく気がついたのか。
狂ったように笑い続けるドレンテルト王の声を聞きながら、私たちは広間を後にし、門前で待っているマーシャルたちの所へ、ゆっくりと歩いて行った。
あれだけ約束をしたのに、ドレンテルト王は、私がロドムーンへ向かって早々に、小犬のシーザーを王宮から追い出したそうだ。
それでも、私がフィリップを託したために、シーザーは毎日、王宮の門前まで来ては門兵に追い返される、という事を繰り返していたらしい。
だから王宮内ではシーザーの気配を感じなかったのか、と納得するのと同時に、健気なあの子のしそうな事だと思いつつ、私の目に涙がじわっと浮かぶ。
シーザーは・・・生きている。絶対に。
だとしたら、あの子はどこへ行くだろう。
食べ物や飲み物を与えてくれる親切な人がいる、見知った場所。
・・・となると、あそこしかない!
という私の読みは当たっていた。
私たちは、運営している事業用の庭園近くにある孤児院で、シーザーを始め、孤児の世話をしているシスター・マジュルカや、この孤児院で育ち、今は孤児の世話をしているジュリアと、ジュリアの弟のジャスパー、そしてもちろん、ここで暮らしている子どもたち皆と、無事再会する事ができた。
「もう、本当に突然いなくなって心配したのよ!それに、あなたがいなくなる直前、王宮の馬車も小屋に来たし。ドゥクラさんも、同時期に突然いなくなって・・・。でも、二人とも元気そうで良かった・・・」
「ごめんね、急にいなくなって」
お互い、目に涙を浮かべながら笑顔を浮かべていると、ジャスパーから「痩せたんじゃないか?」と聞かれた。
痩せた事はフィリップにも馬車内で言われたばかりなんだけど・・・。
と思いながら苦笑を浮かべつつ、私が「ちょっと食欲が無くなってて」と言った、その時。
私とジャスパーの間を遮るように、大きな影、というより壁ができた。
「こ奴は誰だ」
「いぃっ?!」
「ら、ライ様?!」
「キャンッ!」
「ライ王!こんなひよっこ相手に何嫉妬心むき出してんすか!」
「俺は嫉妬などしておらぬ!ただ・・少し気になっただけだ」
「先程の威厳は跡形もなく消えたな」と呟くフィリップに、「王は時々、妙な所で大人気が無くなりますから」と、護衛のアールが小声で補足説明をするのを聞いて、申し訳ないと思いつつ、私はついクスッと笑ってしまった。
「ジャスパーはジュリアの弟です。二人はもちろん、ここの孤児院の皆には、収獲作業を手伝ってもらっているんですよ」
「・・・そうか?」
「はい。そして、ここにいる皆は、私の大切な友人です」
「・・・そうか」と、ライ様が満足気に言って頷いたのと同時に、「さあみなさん!おしゃべりの続きは中でしましょう!」と、シスター・マジュルカの快活な声が聞こえたのを合図に、私たちは―――シーザーも含めて―――皆、あかりが灯る院の中へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます