第39話

「それからもう一つ。其方は俺亡き後、代わってロドムーンを統治する気でいたようだが・・俺は領土が増えようが減ろうが、それに対して一喜一憂しない故、其方に我が領土をくれてやっても別に構わぬと思っていた。しかし、だ。この程度の領土すら、全うに統治できていない其方に領土をくれてやれば、そこで暮らす民の行く先が非常に困難なものになるのは明らかだ」

「な、何だと!さっきから黙って聞いておれば・・若造のくせに言いたい事を言いおって!」

「顔に陰りがある民が多い。町には活気もなく、荒涼とした雰囲気を感じる。メリッサに聞くまでもなく、王宮ここまで来る道すがら、町と民を見て受けた印象を言っただけだ。対して無駄に立派過ぎる王宮の佇まい。夕暮れ時の町にはあかりが灯っていないと言うのに、ここには必要ない所にまであかりが灯されている。恐らく、自分自身と自分が暮らす家である王宮さえ繁栄すればそれで良しと考えているのだろう。だが、我欲を貫き、己の利益ばかり追求していれば、いつか国は滅びる。恐怖心を煽って民を支配してもそれは同じだ。第一、そんな統治者のどこに威厳がある?そんな統治者に嫌々従う者はいても、慕う者などおらぬ。統治者というのは、己のために土地を増やすのではない。多くの土地を統治しているから偉いのではない。その地に暮らす者達が、日々平穏無事に暮らせるよう、土地を護る。民の意見に耳を傾け、皆と共に国を護る。それが、国と民を統治する国王の役割だと、前ロドムーンの統治者である亡き父上から俺は教わった。そして俺は、父上の信念に賛同している。仮に俺が今死んでも、其方よりももっと適任な者がロドムーンを統治してくれる。よって、余計な“心配”は無用だ」


そこにいる皆は、中身の伴った、説得力のあるライオネル様の言う事を、静かに聞いていた。

中には、納得するように頷いているラワーレの側近もいる。

そしてドレンテルト王の両手は、肘掛けをグッと握りしめ、ワナワナと震えていた。

ライ様のおっしゃった事が当たっているだけに、何も言い返せないのだろう。


その時、扉が開き・・・。

フィリップの姿を見た私は、なりふり構わずそちらへ駆け出した。


「・・・フィリップ。フィリップ!」

「メリッサか!おまえ・・・おぉっと!」

「フィリップ。フィリップ。ううぅ、会いたかった・・・!」


体が弱っているにも関わらず、ガバッと抱きついた私を、フィリップはしっかりと受け止めてくれた。


フィリップは生きていた!

それだけでも嬉しいのに、また無事に再会できた喜びに、私の目からは涙がとめどなくあふれ出てくる。


「メリッサや。おまえに逃げろと言ったが・・まさかここに戻って来たという事は・・・」

「そ、そぅじゃない、の。私、ライ様を・・誰も、殺す事なんて、できなかった」

「そうか・・・。それで良いんじゃ、メリッサ」


フィリップは、しゃくり上げて泣く私をあやすように、背中を優しく撫でてくれた。

そこにスッと影が出来たと思ったら、ライオネル様が来ていた。


「フィリップ翁。やっとお目にかかれた事、俺も嬉しく思っております」

「其方はまさか、ロドムーン王国の・・・!」

国王キング・ライオネル・クレイン」とライオネル様は名乗ると、フィリップにニヤリと笑った。


「ライ様・・・」

「ここでの用はもう済んだ。行くぞ。フィリップ翁もご一緒に。翁、歩けるか?」とライ様に聞かれたフィリップは、「無論じゃ!」と元気良く、そしていつものように懐かしく答えたけれど、やはり足腰は弱っているのだろう。


ゆっくりなテンポで歩き出したフィリップに合わせるように、私もゆっくりと歩き始めた、その時。

ライオネル様は、「あぁ」と思い出したように言いながら、ドレンテルト王が座っている方向へふり向いたので、私とフィリップは立ち止まった。


「最後にもう一つ。我欲を通すために他人を粗末に扱っていては、信頼どころか命まで早々に失う事になるだろう。だが、其方のその“信念”のおかげでメリッサに出会えた。それだけは感謝する。よってこの縁を祝し、これからも時折、ここを“訪問”すると決めた。その際、まだ情勢が変わっていなければ・・・俺がラワーレを統治してやっても良い」

「な・・・」


何という余裕!

そして、何という威厳に満ちた雰囲気・・・!

これが、本来の国王であるべき姿なのだ。


そう思ったのは私だけではなかったようだ。

ライオネル様を見た後、比べるようにドレンテルト王を見て、密かに頭を左右にふりながら諦めのため息をついたり、ライ様に敬意を表して、深々と頭を下げている側近もいる。

そんな彼らに向かって、ライ様は「馬車を一台借りたい」と言うと、皆こぞって案内を買って出てくれた。


「こちらでございます」

「では。近いうちにまた会いましょう、義父上ちちうえ」とライオネル様は言うと、サッと踵を返した。


その拍子に、凝った刺繍が施された緋色のマントがサッとなびく。


・・・凄い。

ライ様は、周囲の風までも、味方につけているような気がする。


「・・・フッ。フフッ。ハッハッハッ・・・!!」


・・・自分の信念が間違っていると、ようやく気がついたのか。

狂ったように笑い続けるドレンテルト王の声を聞きながら、私たちは広間を後にし、門前で待っているマーシャルたちの所へ、ゆっくりと歩いて行った。








あれだけ約束をしたのに、ドレンテルト王は、私がロドムーンへ向かって早々に、小犬のシーザーを王宮から追い出したそうだ。

それでも、私がフィリップを託したために、シーザーは毎日、王宮の門前まで来ては門兵に追い返される、という事を繰り返していたらしい。

だから王宮内ではシーザーの気配を感じなかったのか、と納得するのと同時に、健気なあの子のしそうな事だと思いつつ、私の目に涙がじわっと浮かぶ。


シーザーは・・・生きている。絶対に。

だとしたら、あの子はどこへ行くだろう。


食べ物や飲み物を与えてくれる親切な人がいる、見知った場所。

・・・となると、あそこしかない!

という私の読みは当たっていた。







私たちは、運営している事業用の庭園近くにある孤児院で、シーザーを始め、孤児の世話をしているシスター・マジュルカや、この孤児院で育ち、今は孤児の世話をしているジュリアと、ジュリアの弟のジャスパー、そしてもちろん、ここで暮らしている子どもたち皆と、無事再会する事ができた。



「もう、本当に突然いなくなって心配したのよ!それに、あなたがいなくなる直前、王宮の馬車も小屋に来たし。ドゥクラさんも、同時期に突然いなくなって・・・。でも、二人とも元気そうで良かった・・・」

「ごめんね、急にいなくなって」


お互い、目に涙を浮かべながら笑顔を浮かべていると、ジャスパーから「痩せたんじゃないか?」と聞かれた。


痩せた事はフィリップにも馬車内で言われたばかりなんだけど・・・。

と思いながら苦笑を浮かべつつ、私が「ちょっと食欲が無くなってて」と言った、その時。


私とジャスパーの間を遮るように、大きな影、というより壁ができた。


「こ奴は誰だ」

「いぃっ?!」

「ら、ライ様?!」

「キャンッ!」

「ライ王!こんな相手に何嫉妬心むき出してんすか!」

「俺は嫉妬などしておらぬ!ただ・・少し気になっただけだ」

「先程の威厳は跡形もなく消えたな」と呟くフィリップに、「王は時々、妙な所で大人気が無くなりますから」と、護衛のアールが小声で補足説明をするのを聞いて、申し訳ないと思いつつ、私はついクスッと笑ってしまった。


「ジャスパーはジュリアの弟です。二人はもちろん、ここの孤児院の皆には、収獲作業を手伝ってもらっているんですよ」

「・・・そうか?」

「はい。そして、ここにいる皆は、私の大切な友人です」

「・・・そうか」と、ライ様が満足気に言って頷いたのと同時に、「さあみなさん!おしゃべりの続きは中でしましょう!」と、シスター・マジュルカの快活な声が聞こえたのを合図に、私たちは―――シーザーも含めて―――皆、あかりが灯る院の中へと入っていった。

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