第47話 終章:書かずにはいられないのなら書き続けよう、そして疲れたらコーヒーを飲もう
ちょうど流行性感冒が猛威を振るっていることもあり、ジュンのささやかな誰にも知られない文学賞受賞のお祝いを、純喫茶ルーシーでささやかにささやかに開催した。幹事は
「はい。それでは小説家としての人生をスタートさせたジュンのお祝いの会を始めたいと思います。本来であれば大々的に大学の学部生たちも呼びたかったのですが、インフルエンザの感染防止の観点から自粛ムードが漂っておりますので、まずは純喫茶ルーシーの常連さんたち」
ぴらっ、と小寺のかざす手の平で何人ひと山で紹介される常連客たち。それでもわーわーとそれなりに盛り上がる。
「そしてこの常連さんたちを手なずけて店の経営をここまで安定させてきたマスターの
「いやいや。何度も言うようにジュンちゃんのお陰さ」
謙遜する唐沢にジュンがにこりと微笑む。
「ジュンの恩師にしてわたしの恩師でもある|三谷《みたに先生」
小寺に紹介されて自席で立ち上がり、はじめまして三谷でございます、と挨拶をする。
「僕、三谷先生の小説のファンなんですよー」
「ありがとうございます」
常連の中には小説愛好家もかなりいるようで、しかも自分の職場や家庭ではうだつの上がらない面々であるようで、三谷の『読者のココロの襞を舐めて治癒する』ような小説を読んで涙しているらしかった。
「そして今日の準主役と言えるでしょう。ジュンの彼氏の
几帳面に丁寧にお辞儀する古依に対し、いい男だねー、と常連たちも愛想を振る。古依は、いやー、と頭を掻きながら照れている。
「では。いよいよ真打登場です。紹介するまでもないでしょう。本日の主役、ジュンです!」
カウンターの前に立って、ぺこりと頭を下げるジュン。
戻した顔は満面の笑みだった。
「皆さん、今日はわたしのお祝いに集まってくださり、本当にありがとうございます。受賞のスピーチはSNSでご覧いただいていると思いますので改めて小説に関することはお話しません。ただ、今日はひとつだけ、どうしても皆さんにお伝えしたいことがあるんです」
ジュンがそう言うと、古依が立ち上がってジュンの隣に歩み寄った。
ジュンは自分で喋るのではなく、古依に促す。
古依もさすがに緊張したのか、咳払いをひとつして、店内を右から左に視線を移しながら間合いをゆっくりと取った。
「俺たち、婚約しました」
意外なことに誰も反応しなかった。
けれどもそれは驚きが小さいからではなかった。
「え、ええっ!?」
全員が同時に声を上げた。本当に計ったようにまったく同じ感嘆詞を同じスピードで店内の人間が放った。
古依がもう一度ゆっくりと間合いを取って今度は、にこり、と微笑みながら言った。
「昨日がジュンちゃんの20歳の誕生日でした。その誕生日会も兼ねて両家の家族で集まって、そこで婚約しました」
「ジュン~!」
大声を出したのは小寺だった。
一番の親友であり同志にすら伝えなかったことを小寺に詫びるジュン。
「小寺ちゃん、ごめんね。黙ってて」
「黙ってたのはまだ、いい」
小寺は芝居がかってジュンに、ぴしり、と指を差す。
「わたしの気持ちを知っていながら、っていうのが許せない!」
うおー!と常連たちが囃し立てる。
「百合だ百合だっ!」
「怒れ!小寺さん!」
1人膨れる小寺をジュンがなだめる。ようやく機嫌を直した小寺がもうひとつの伝達事項を伝えた。
「えー、今日はジュンが受賞の賞金を寄付してくれてます。たった5万円ですけど」
「5万円!」
即座に常連たちが反応する。
「コーク・ハイが100杯飲めるぞ!」
「ブレンドなら200杯だ!」
「えーい、アホかっ!」
なんだかんだと宴会が始まった。ところが結局出されるメニューはすべてルーシーの通常メニューのみだった。しかも唐沢が作り、それを運ぶのは主役であるはずのジュンだった。
「おいよー。小説家の先生が運ばんでもよかろうがー」
「ふふ。わたしの属性はあくまでも純喫茶ルーシーのウェイトレスですから」
「そう言えば・・・ルーシー、っていうお店の名前はどういう由来があるんですか?」
小寺が唐沢に訊いた。
実は唐沢の異国に離れて暮らす娘さんの名前では?
亡くなった奥さんの愛称がルーシーでは?
とか、物語となるような展開を期待していたのだが。
「いやあ。僕、高校生の頃に大好きだったバンドがあってね。『ミッシェル・ガン・エレファント』っていうバンドでね」
「はあ・・・」
「そのバンドの曲に『ゲット・アップ・ルーシー』っていうカッコいい曲があるんだよ」
「へえ・・・だから?」
「ん?だから、ルーシー」
「え」
「ゲット・アップ・ルーシーから取って、ルーシー」
ジュンも小寺も聞き流した。
宴たけなわ、という感じで、酒飲みはコーク・ハイや水割りのダブルを、それ以外はただひたすらにコーヒーをお代わりし続ける。
「ほい、焼うどん大皿一丁上がり!」
「はーい。うどんできましたよー!」
「おおーっ!」
運び終わるとジュンは小寺から手招きされて呼ばれた。
「はい、ジュン」
「ありがとう」
小寺がジュンにコーク・ハイ用のコーラの瓶を一本渡す。
小寺も一本手に持ち、瓶のまま、カキン、と乾杯するふたり。
「小寺ちゃん、どうしたの?このコーラ」
「唐沢さんがジュンとふたりで飲みな、ってくれたよ」
「うわあ。マスター、気ぃ遣ってくれてる」
「なんか、あれだね。アニメの上映会やった時の、あの作品みたいな雰囲気だね」
小寺が言う通り、ジュンもそう思った。
『スラップスティック』と絶賛された、しかも前衛的で挑戦的な表現方法をとった偉大なる創作物であるそのアニメを、ジュンは愛していた。もちろん、小寺も。
小寺はその高揚感のままに言った。
「ジュン」
「はい」
「愛してるよ」
ジュンは、言われた瞬間はすぐに反応できずに、10秒ほどしてから一気に顔を赤らめた。その、赤く染まった頬と潤んだ目のままに小寺に返事した。
「わたしも愛してるよ」
「ジュン。なら、結婚しようか」
ごっ・ごっ・ごっ、とコーラを一気に飲んで、ぷはあ、と酒飲みみたいな息を吐いてからジュンが答えた。
「古依くんと別れたらね」
おしまい・・・・・・Sorry, we are closed.
ジュン喫茶でコーヒーを飲もう naka-motoo @naka-motoo
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