第二話 男子校は本当に男子しかいないのだろうか? その2
「ごめんなさいっ!」
「は?」
あまりの反応に、思わず呆けた声が出てしまった。
昼休み、わざわざ人気のない屋上に呼び出されたものだから、てっきり俺は罵倒されるものだと身構えていたのにこの反応だ。わけがわからない。
壮絶な肩透かしを食らったような気分なので、こんな声も出ようというもの。
「えっと、えっとね、あの後やっぱりよく考えたんだけど! 傑とはまだ友達のままでいたいっていうか。だからつきあえないっていうか」
え、ナニコレ?
俺もしかして今振られてるの?
「傑はいいヤツだって思うよ!? まだ出会ってそんな経ってないけど、本当にそう思ってるんだよ!? 初対面の人間に、自分が濡れてまで傘を貸すとか普通できないし?」
「お、おう?」
「そんなヤツだからオレ――いっか、もう女ってバレてるし。あたしも傑のことは好きなんだけど、傑のこと『いいなー』って思う時もぶっちゃけちょっとはあるんだけど!」
そんなふうに思われていたのか。
女だとわかった今だと、正直ちょっと照れるな。
「今のところ恋愛感情よりも友情のほうが強くて、傑のことは友達以上には見れません。あと、あたしは好きな人がいるので傑の気持ちには応えられません。だからごめんなさい! 友達のままでいましょう!」
今のセリフで確信できた。
やっぱりこの流れ、俺振られていたんだな。
……………………何で?
「話はそれだけ。じゃあ、ご飯食べに戻ろう」
「ああ、早く食べないと昼休み終わるしな――って、ちょっと待て!」
「な、なに!? なんと言われてもあたしの意見は変わらないからね!?」
「ぐっ、いやそれは、その……えーと、い、いいんだけど、何で俺いきなりお前に振られてるの?」
「傑のことは、今のところ友達以上には思えていないから。あと、あたしには今好きな人がいるから」
「それはわかったよ。でも、そうじゃなくてだな」
裸を見てしまったことが、何で振られる話になったのか?
今ある疑問を伊織にぶつける。
「だって傑が言ったじゃない。あ、あたしのこと、その……好きだって」
「…………………………………………あ」
そう言えばそんなこと言ってたな!
暴走状態の俺の、あんまりにクズな態度に気を取られて、細かいことを忘れていた。
「……今の『あ』ってなに?」
怖い顔で伊織が睨んでくる。
そうだよな。告白されたのに相手はそのことを忘れているとか。
自分はさんざん悩んだのにこんな態度されたら腹も立つよな。
「お、落ち着け! それについては今から話す。ただし伊織、これから俺が話すことは全部事実だって信じてほしい。荒唐無稽なことなんだけど、全部本当のことなんだ」
俺は伊織に全てを話した。
「ふ~ん、じゃあなに? 昨日の告白は嘘なんだ?」
「い、いや!? 嘘ってことじゃあないんだ! お前のことは、その、好きだし?」
「少し前から気づいてたっていうのは?」
「すまん。それは完全な嘘だ。暴走している俺が言った、その場の勢いのでまかせなんだよ」
「サイッテー」
「ふぐぅ!?」
蔑むような眼でそんなことを言われた。
「その場の勢いとか超アウト。エッチなことしたいだけの性欲の化身じゃん」
「違うって言いたいけど言えねえ!」
「あたしすっごい悩んだんだけどなー。帰った後、告白のことを思い出して、傑とつきあえるか真剣に考えたんだけどなー。真剣に考えた上での告白だと思ったんだけどなー」
「そ、それに関しては本当にすみませんでした……」
「事故とはいえ、裸も見られちゃってるんだけどなー。隅から隅まで」
「だ、大丈夫だ! 見た時間少ないし、そこまで覚えていないから!」
「じゃあ、あたしの胸にあった二つのほくろも忘れてくれた?」
「え? 三つじゃなかった?」
「やっぱ覚えてるじゃん!」
「し、しまった!?」
こいつ、誘導尋問を使いやがった!
「もーっ! しっかり見てるじゃん! 覚えてるじゃん! 忘れていないじゃん!」
「ホント、ホントごめん! 申し訳ない!」
忘れようとしても忘れられるもんじゃない。
特に、その相手が可愛い女の子だった場合、短時間でも鮮明に脳裏に焼き付くことは必然なのだ。
それが、男って生き物だからな……。
「う~なんか納得いかないけどまあいいや。傑のこと信じてあげる」
「……本当か?」
「うん、だから許す。あの時はあたしも焦ってたし。傑の言うことも聞かないで離れなかったしね。ちょっとは非があるから」
腕組みをしながら、伊織はウンウンと頷いた。
「ねえ、確認するけど、このことって誰にも言っていないわよね?」
「あーその、それは……」
「まさか言ったの!?」
「た、他校の友達一人にだけ。どうしたらいいかわからなかったから、相談に乗ってもらうために……」
「うーん、それならまあ、いいかな。あたしが女だってこと漏れないだろうし」
「そのことで聞きたいんだけど、なんでお前この学校来たの? この学校って男子校だろ? なんで男装してまで?」
「え、なに言ってるの傑? ここ共学だよ?」
伊織がわけのわからないことを言い始めた。
「おいおい伊織、ここが共学なわけないだろう? 名前だって尾ノ上男子高校だし、生徒だって男子しかいないじゃないか」
「傑こそなに言ってるの? この学校の名前は尾ノ上『だんし』高校じゃなくて、尾ノ上『おのこ』高校だよ?」
「………………え?」
「それに、少ないけど女子だっているわよ? みんな男装しているけど、仕草でわかるもん」
「………………マジで?」
「うん、マジで」
伊織から嘘の気配は感じない。
どうやら本当のことらしい。
マジで一定数女子が混じっているようだ。
「なんでお前たち男装してるの? 学校が共学なら、普通に女子の制服を着ればいいじゃないか」
「あー、それはねえ……えーと、これだと思う」
苦い顔をしながら、伊織はスマホを操作し、俺に見せる。
「こ、これは!? ……なんか、すごい納得した」
「……でしょ?」
伊織がスマホをポケットにしまう。
スマホの画面を見た瞬間、伊織を含む女子が、全員男装している理由がわかってしまった。
「こんな制服がこの世にあっていいのか? 名状しがたいほどクソダサいんだが?」
そう、ウチの学校の女子制服は、言葉で表現できないレベルでクソダサだった。
それでもあえて例えるなら、予算の足りないB級SF映画に出てくるような、幾何学模様をベースにした服と言えば、少しはわかってもらえるかもしれない。
胸のポケットはハート形だし、スカートは虹色な上、昭和のスケバンかとツッコみたくなるくらい丈が長い。
「これは、恥ずかしくて着れないな。水着で登校したほうがなんぼかマシじゃないか?」
「ジェンダー配慮で、好きな制服を着ていいって校則にあったから、みんな男子制服を着ているんだと思うわ。男子制服は普通のブレザーだし」
「なるほど、男装の理由はわかった。でも、なんで男のフリを? 共学の上、男装が認められているなら、それこそ普通に女子生徒として通えばいいじゃん」
「朝のホームルームを見てそんなことが言えるの?」
「……言えないな」
改めて思い返すまでもない。
女子がいないと思うがゆえに繰り広げられる、男子を体現した自由と平等と欲望の宴――具体的に言うとエロとオタ趣味のフルバースト。
自由と平等の国のアメリカを通り越して、旧約聖書にあるソドムとゴモラの街レベルで、欲望がそこかしこでぶちまけられている。
「あんな光景が毎日繰り広げられている中で、素直に女だなんて明かせないわよ。ぜったいエッチなことされるもん。汚されちゃう……」
さすがにそれは考えすぎだと思うが、警戒するのも納得ができるんだよなあ。
「だから、あたしはこれからも男のフリを続ける。他の子のことは気づいても知らんぷりしてあげてよね」
「ああ、わかった。俺の体質もあるし、気づいたらなるべく距離を取るようにするよ」
「そういえば傑の体質って治る見込みはあるの? ここって共学だし、大丈夫なの?」
「医者の話だと免疫さえできればそのうち治るらしい。共学って言っても、気づかなければ大丈夫だ。気づいても、たぶん男装状態なら問題ないと思う。ちょっと触らせてくれ」
「ん、オッケー」
試しに伊織に触れてみる。
……うん、大丈夫だ。今は女と知っているけど、視覚情報が誤魔化してくれているので、特に危ない感じはしない。
服が見えない、超至近距離とかだったらアウトだろうけどな。
密着さえしなければなんとかいけそうだ。
「大丈夫みたいね」
「ああ、そのようだな」
確認もできたし一安心だ。
もしダメだったら、転校も視野に入れなければならなかったのでホッとする。
「よしっ、それじゃあ長くなったけどこれで終わりね。お昼終わらないうちにご飯食べようよ」
「そうだな。腹も減ったし」
戻る時間も惜しいので、屋上のフェンスに寄りかかりながら、持ってきたパンをかじる。
「なあ伊織」
「なに?」
「女子が男のフリを続けるのって難しいだろうし、困ったことがあるなら何でも言えよ。昨日のこともあるし、俺にできる範囲でなら協力してやるから」
これを聞いた伊織は、一瞬キョトンとしたあと、すぐに笑顔になり、
「ありがとっ。それじゃあ、その時はお願いするね」
それから二人で残りの時間、他愛ない話をしながら昼飯を食べた。
昨日みたいなことがあった後だけに、変わらずにいれて本当に良かったと思う。
いや、むしろ、俺の体質がわかった後でも友達でいてくれることがわかって、前より良くなったかもしれない。
たとえ女子だとわかっていても、視覚情報が男子寄りならば、暴走しないで普通にいられることもわかったしな。
最初から女子だとわかっていたら、そもそも友達になんてなれなかっただろうし、体質についてより深く知ることもなかっただろう。
それもこれも、共学校を男子校に誤認させた、クソダサ制服のおかげだな。
本当にクソダサ制服様々だ。
俺のことを理解してくれる友達に会えたし、体質についてもより深く知れたし、この学校に入って心底良かったと思う。
ホント、
この最高が永遠に続くといいよな。
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試し読みは以上です。
続きは2020年2月25日(火)発売
『この男子校には俺以外女子しかいない』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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この男子校には俺以外女子しかいない 塀流通留/MF文庫J編集部 @mfbunkoj
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