大乱闘! 大江戸北町奉行所二十四時!①〜同心達の日々〜

 大台場に設置した天の民の居住区から、人が溢れつつある昨今。

 大江戸における犯罪件数の上昇は、とどまるところを知らない状態である。

 今回はそんな大江戸を守る治安戦士、北町奉行所の一日について追うことにした!


 ***


「おはようございます……」


 とある与力がこちらに挨拶をしつつ、モソモソと奉行所に入っていく。

 北町奉行所の朝は早い。

 明け六つ、日の出前から彼等は動いているのだ。


「前は五つぐらいでも良かったんですけどね。時の流れです」


 既に白髪が目立ち始めている老練な同心が、ポツリと漏らす。

 それでも彼は歯を見せて笑った。


「まあ奉行様とは付き合いも長くなったから、不自由は少ないよ。全部が満たされるってのはそうそうないからね」


 一部の同心達が早くも奉行所を出て行く中、彼はのっそりと門をくぐっていった。

 我々は一人の同心に同行の許可を得て、付き従うことにした。


「お手柔らかに頼むぜ? どうにも因果な商売なんでなぁ」


 男としても脂が乗り始めたと見える四十頃の男が、突き出た腹を叩いて言う。

 周りからは『大黒』などと呼ばれ始め、本人もまんざらではないらしい。

 あまりにしっくりくるので、我々もならうことにした。


 そうして歩いている内に、一軒の自身番屋が見えてきた。


「邪魔するよ」

「おお! 大黒の旦那、これはちょうどいい!」


 大黒が障子戸を開けた途端、書役の男が揉み手で近付いていく。

 どうやら難儀を抱えているようだ。よく覗き込んでみる。

 あからさまに人相の悪い男が、奥で縛られていた!


「この男が昨晩、銭も持たずにメシを食い散らかしやがったってんでね。みんなでとっ捕まえてここへ引っ立てたんですけども、なかなか認めやがらねえんですわ」

「俺ァやってねえよ! 昔の連れと酒をやってたんだが、あの野郎厠へ行くって言ってなかなか帰って来ねえんだ! 俺はアイツがおごるってんで一銭も持たずに来ちまったから、出るに出られなくなっちまっただけなんだ! 暴れちまったのは謝るけどよ!」


 彼は無銭飲食の現行犯でお縄にかかったという。

 だが彼自身は「友人が食い逃げをして、俺は巻き込まれただけだ」と譲らない。

 それでほとほと困り果てていた、というわけだ。


「ふーむ……」


 大黒は拝領の十手で腹を叩き、唸る。

 どうやら男の主張に疑念を得たようだ。

 男に目線を合わせ、優しく語りかけ始めた。


「なあ。お怒りはごもっともだが、ちょーっと聞いちゃくれねえか?」

「お、おう」


 男は目をそらした。

 やましいことがあると言うよりは、慣れていないようである。


「別に捕まってくれとは言わねえから、安心しろい。だいたいお白洲はいっつも満杯でしょうがねえから、こんなことでお奉行様の手を煩わせたかぁねえ」


 大黒はカラカラと笑って二言三言話すと、書役に縄を解くように言いつけた。

 会話の内容は我々にはよく聞こえなかったが、話をつけたのは流石である。


「で、だ。ちょーっとここにその連れがどんな面をしてたか書いちゃくれねえか? 心配すんな。お前さんの言ってることが嘘かホントか、この目でしかと見てやろうって訳だ」

「旦那……」

「そんな顔すんな。不細工な野郎に目を潤まされても、気持ち悪くてかなわんからな」


 いよいよ感極まる男を尻目に、大黒は手際よく墨と紙を用意した。

 男は記憶を頼りに、かなり達者な絵を仕上げていく。


「なんでえ、結構上手い絵を描くじゃねえか」

「旦那ァ、俺はこれでも浮世絵師の弟子なんでさあ。こんなことで捕まったなんて知れたら、師匠に破門されちまうんだよ」

「わーった、わかった。俺も一緒に師匠のとこ行って話つけてやっから。ええな?」


 呆れ返ったように腹を掻きつつ、大黒は書役を見る。

 大きくギョロッとした目に見つめられて、書役は少々うろたえるものの。


「大黒さんに逆らったら、ワタシが怒られちゃいますよ。まったく」


 呆れたような声で、快諾した。


 ***


 その後もまあ色々と続き、我々は八つ時になってようやく奉行所に帰還した。

 しかしどうも空気が物々しい。

 与力達が走り回り、空気が引き締まっている。

 これはまさか。


「悪い、俺はこれまでだ。どうやら尻尾を出した間抜けがいるらしい」


 大黒が心なしか早足で動いている。

 予想した通り、捕物が始まるようだ。

 我々は取材の許可を取ろうと試みるが。


「此度の抜け荷は大掛かりの上、天の民が持ち込んだ兵器を構えている恐れがある。我々の活躍を伝えてくれるのは嬉しいのだが、安全を保証できぬ。お引き取りを」


 と、丁重に断られてしまった。

 ならばと大黒氏を頼ろうとするものの。


「捕物だけはダメだな! 一般人を連れ込んで、万が一被害が及んでみろ。たちまち石投げられちまう。悪い事は言わない。やめておけって」


 理由まで加わった、正論ど真ん中の言葉で断られてしまった。

 しかし取材班は諦めたくない。

 奉行所の前に陣取り、尾行を目論んでいたその時!


「もし、よろしいですか?」


 白と黒で構成された、けったいな衣装を着た美女が突然声をかけてきた!

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大江戸・ヒーロー・ジャンブル! 南雲麗 @nagumo_rei

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