番外編:知り合いのお忍び蘭癖奉行様が実は虎◯チだった件について

「なあ、二〇〇五年。うん、平成十七年や。ナニワジャガーズは日本一になれたんか?」


 令和の大阪から突然江戸時代の大坂に転移して。

 なんとか落ち着いたある日の早朝のこと。

 人気のない場所に呼び出された俺は、その問いかけに耳を疑った。


「なあ、教えてくれや。俺はリーグ優勝の日に道頓堀に飛び込んで、気ぃついたら江戸時代やったんや。ずーっと気になって気になって仕方のうて、いつか同類が来たら絶対に聞いてやるって、腹に決めとったんや!」


 俺に向かって手を合わせるのは、オランダかぶれと評判の大坂奉行。

 本人はお忍びのつもりで町人の格好をしているが、だいたい誰もが分かっていた。

 ただし俺にとっては恩人で、俺の現代知識を買って世話してくれたのだ。


「……アホやん。府知事も市長も注意しとったやろ。『あそこ汚いから、飛び込んだらアカンで』って。飛び込むまではわからんくもないけど、まさか江戸時代に行ってまうなんてビリケンはんでもわからんわ!」

「せやかて、勢いで飛び込んだもんはしゃあないやろ? あのテンションは怖いわ。そらカ○ネルのおっちゃんも投げ込まれた訳やな」


 思わず地の言葉が出てしまった俺に対して、奉行は必死に自己正当化を試みている。

 だからといってカ◯ネルサンダ◯スの一件を持ち出すのもどうかと思うけど。

 というか、オランダかぶれはある意味化けの皮か。妙に話が通じたわけだ。


 ともかく。

 二〇〇五年の顛末そのものは、さほど野球に詳しくない俺でも知っている。


 だけど、だからこそ答え方に迷う。よりにもよって二〇〇五年だからだ。

 つまり俺は、もう少しこの奉行を知らなくちゃいけない。

 それも、ある程度は失礼がないように。


「……教えてもええけどな。その前にアンタ、どのくらいジャガーズファンやねん」

「そらもう生まれた時から生粋の虎キ◯でんがな! 甲子園にて産湯をつかい、通天閣を見上げてビリケンはんを毎日拝んで、夜はサ◯テレビのナイターで試合終わりまで応援してそれから寝るっちゅうねん!」

「一九八五年はどうしてました?」

「そらぁもう大騒ぎやで! 道頓堀にはまだ行けへんかったけど、もう散々に騒いだわ!」


 アカン!


 俺の脳裏に危険信号が灯った。

 あの年の日本シリーズ。その悲劇をそのまま伝えるのは危険過ぎる!

 ネットスラングとして有名な『三三四』、『なんでやナニワ関係ないやろ!』。

 これらを生み出した悲惨な結末を、そのまま伝えるのはショックが大きすぎる!


「……平成違いっちゅうこともないようやな」

「奇遇やな。ウチも同じこと考えとった」


 俺はタメを作り、必死に言い訳を考える。

 ここまで話しておいて、今更「知らない」では済まされない。

 どうやって奉行様のお怒りを避けるべきか。


 考えて、考えて。ついに俺の記憶がスパークした。

 もう一つだけ手があったことを思い出したのだ。

 それは歴史を捻じ曲げる方のネットスラング。

 ジャガーズファンが逃げを打つために生まれた、事実に基づく偽物の記憶。


 だけどこれしかない。

 俺は通じると信じて、口を開いた。


「……覚悟して聞いとくれ」

「お、おう。どんな結果でも受け止めたるわ」

「あの年のシリーズな、霧が濃すぎて中止になってん。残念やったわ……」

「は?」


 奉行様の顔が、一気に拍子抜けしたそれに変わる。

 口をパクパクとさせ、「中止、中止……」と繰り返しつぶやいて。

 やがてパアッと笑顔を見せた。


「中止! さよか、中止か!」

「せや、中止やで!」

「いやよかったわ! てっきりボコボコにされたんかと思うたわ!」


 よかったよかったと調子を合わせて喜び合う俺。

 俺も自分を褒め称えた。よく思いついた! キレられていたら終わっていた!

 こっちの時代へ来て、一番肝を冷やしたかもしれない!


「ふう……しかしアレやな。ウチらが大坂に飛ばされたのも、なにかの縁かもしれへんな」

「かもなあ……」

「アンタやから打ち明けるけどな。ウチな、実は大坂奉行やってん」

「さよか……って、ホンマか!?」


 とっくに知ってたことなのに、流れで打ち明けられて驚く俺。

 そんな俺の肩を掴んで、町人姿の奉行は言う。


「なあ、二人で大阪の歴史を変えようや。無論ウチらの時代には終わらへん。けど、元いた時代の頃にはジャガーズがすっごいことになっとるかもしれへん」

「っ……」


 俺は奉行の目を見た。

 野望に輝くその目は、まさしく正気だった。

 そして気づいた。この人が俺を買ったのは、まさに歴史を変えるためだったのだ。

 そうと気づいてしまえば、後の決断は早かった。


「乗った。いや、乗ります。俺の知識で役立つのでしたら、お奉行のために力を尽くしましょう!」

「ほんまか!? ありがとなぁ。ああ、でもこういう時はかしこまらんでええんや。いつもどおりで頼むわ。んでな……」


 俺の手を取り、目を輝かせて奉行はプランを話し出す。

 しかしこの時、あまりの事態で俺達は大事なことを忘れていた。


 そう。この世界は聖暦世界。

 江戸は大江戸となり、天の民とかいう宇宙人がやって来ているトンデモワールド。

 未来はまだ、不透明なのだ……。


 ***


「でな? この新型洋式大砲の『ダンディ・ブース砲』ってのが目玉なんやが……」

「なんか再来とか改良型とかが失敗しそうなネーミングやな!?」


 この二人が本編にかかわるかどうかは、また別の話である……。

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