第4話 最終章
地味子は遥か先まで見通すような知性を宿したあの目で、白昼夢のように自分の将来を見ていたのではないか――。
トレードマークのような大きなサイズのあわないメガネは、自分の本性を覆い隠すための道具だったのかもしれないな――ふと私は思った。
今、もういちどすべての給与明細を配り終え、遠慮がちに去っていく地味子の後ろ姿を思い浮かべる。その背中は今までと全く違うように見えた。
工場のパート男など相手にしていないのは地味子の方ではなかったか。いや、男だけではなく、地味子を見下し優越感を見出している女どものこともまた、相手にしていなかったのではないか。
そんな女たちが憧れるだけで近づくことさえできない課長と人知れず逢瀬を重ねていたのだから。
それだけじゃなく正妻としてのその将来すら算段していたとしたら――。
私はあんたたちとは違う。工場で軽作業をするような男なんていらない。旦那の稼ぎが少なくてパートに出るような人生は送らない―――。
見下してるのはあんたたちじゃない。私の方だ―――。
そんな地味子の声が聴こえたような気がした―――。
―――玄関のドアを開ける音で我にかえった。
夫が帰ってきたのだ。とめどなく想像が広がっていったが、所詮は素人の想像だ。夫に話したらドラマの見すぎだと笑われるだろう。
詳しい動機や砒素の入手経路など、これから警察の調べで明らかになるのを待てばいい。
夫は部署に最近入社した新人の教育係のようなものになり、残業続きでよくボヤいていた。
ネクタイをくつろがせながら夫が口を開く。もう幾度となく見慣れた光景にどこかほっとする。
「そうそう来週あたりから帰りはいつもぐらいになりそうだ。例の新人、意外に仕事覚えるのが早くてな。そんなに手がかかりそうにない。
地味でどんくさそうで初対面の時は絶望したんだけど、わからないもんだわ。
その子なにかっていうと「ありがとうございます」って頭を下げんの。
で、メガネが大きいのか顔をあげたらズリ下がっててさ、それを毎度毎度、指でクイって上げんの。もうそれがおかしくてな」と、夫は一人笑う。
背中に冷や水を浴びせられたような気がした――。
黙りこくっている私に気付いたのか夫が顔を向けた。
「うん? どうしたんだ……青い顔して」
私はしぼり出すように言った。
「お願い……その子に気をつけて―――」
(了)
擬装の人 雨月 @ugetu0902
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