第3話 第3章




 社内に激震が走ったのは言うまでもない―――。



 連日会社前には大勢の報道陣がカメラを構え、会社から出てくる人間に見境なくマイクを向ける。

 会社からはマスコミには「何も知りません。わかりません」で通してくれ言われていた。そのとおりにしたが、社内の人間同士だとそうはいかない。帰宅後もメールで次々と噂話が舞い込んでくる。

 


 おかしなことに殺害そのものよりも何より多くの者を驚かせたのは地味子と課長が不倫関係にあったということだ。にわかには信じがたかったが、課長もまた地味子とともに数日の事情聴取を受けたことが証左だろう。




  警察が不倫関係にある二人の共謀を疑わないはずがない。しかし警察は早々と課長への聴取を終え、地味子の単独犯と断定した。




 パートの仲間内では課長が地味子にやらせたのではないかという説が根強く囁かれていた。

 地味子は課長に捨てられるのがイヤで言いなりになったではないか。そして課長をかばって一人での犯行だと自供しているのではないか。

 課長は部長を殺させるために、そのためだけに地味子と仕方なく不倫したという流れの方が、主婦たちには座りがいいのかもしれない。

 



 しかし――私はその説は受け入れがたかった。

 

 どんな始まりだったのか知る由もないが、あの美しい氷像のような奥さんとは似ても似つかない地味子に安らぎを見出したとしても不思議ではないだろう。男と女には何があるかわからない。

 そして何よりも受付に一人で立ち、ほくそ笑んだように見えたあの一瞬の地味子の表情が私の脳内でその説を拒絶した。

  

 




 ―――昼休み、食後にクスリを飲む部長を地味子はしきりに気遣っていたという。

「お体の調子はどうですか?」そう声をかけ、部長はまんざらでもない顔で応えていたらしい。ロクに仕事をしないという部長の健康状態など経理のほかの者は気にもかけていなかったそうだが、地味子だけは違った。しかし地味子は誰にでも親切だ。不審に思うものはなかった。

 そして薬を飲み終えた部長にいつも熱いお茶をいれていた。その時に砒素を混入していたのではないかと言われている。





 私は思う――。地味子は部長の健康状態を気遣っていたのではない、確認していたのではないか。その弱り具合を―自分の計画の進み具合を―――。

 




 地味子が夢見たのは課長との未来か―――。課長夫妻は一見した私が危ぶむぐらいの雰囲気だった。寝物語に奥さんとの不仲を聞かされたこともあるだろう。

 しかし世間によくいるバカな不倫女のように地味子は課長に離婚を迫りなどはしなかった。何も求めはしなかった。そうしていながら、課長がより一層自分を必要とするように巧みに誘導していったのではないか。



 課長夫妻には子供はいない。三十代前半なら子供もまだまだ産める――。

 まだ定年までしばらくある無能な部長をのさばらせておくなら排除して、課長の地位を早期に確固たるものにする。課長が早くから重責を担うのであれば、より支えも必要となる。その時に課長が今のままではやっていけないと離婚を早める可能性はないか。

 そして、もしその後釜に自分が座ることになれば―――。

 


 部長を排除したところで業務にさしたる支障はない。元々心臓に持病のある部長なら、砒素を継続的に摂取することによる心臓発作で亡くなったとしても、司法解剖まではされないとまで踏んだとしたら―――。










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