第15話 ディナの変化
冒険者ギルドの朝は早い。 前日に貼り出されなかった依頼が一斉に掲示され、処理された素材の集計結果から何が求められているか──つまりは高値で取り引きされるかの情報が朝一に出てくる。 それを確認してできればその日の内に仕事を済ませようと、6時に開くと同時に冒険者が殺到して8時くらいまで受付は混雑するものだ。
11時も近い今の時分となると朝の喧騒も落ち着き、ギルド内には追加や緊急の依頼が出てくるのを期待したり、待ち合わせしながら酒場で軽く飲んでる冒険者がちらほらいるくらいだ。
元々、ギルド内の酒場はそうした目的で併設されていた。 冒険者の待機スペースとして、そしてセリーナ風に言えば依頼を終えて懐が温かくなった冒険者から金をむしり取るためにだ。
そしてその一角に義昭と《紅蓮虎》のメンバー四人が集まっている。 熱い一夜を過ごしたであろう孝志とディナがくるのを待っているところだ。
「……遅いわね」
ギルドの入り口を見てミースがポツリと呟く。 ディナがお楽しみの日に朝が早いわけがない。 なので待ち合わせ時間は10時にしていた。 いつもそれくらいの時間には元気いっぱいのディナと搾り取られてぐったりした相手がくるのが常なのだが、一時間近く過ぎた現時点でまだ二人が現れる気配はない。
「……何かあったのかな?」
「ディナは心配ないけどタカシ君がねぇ……搾り取られ過ぎてないといいんだけど」
「タカシもステータスが高いから体力はあるわけだし、ディナさんもいつも以上に楽しんじゃってるんじゃないかな?」
「ディナさん……控えめにしてほしいです」
顔を突き合わせて話す四人の横で、義昭は落ち着いた様子で座っている。
「まああいつも俺が仕込んだからな。 多分いつもとは違うことになってるんだろうさ」
「それって……どういうことですか、お爺さま?」
「重い荷物を背負ってつらい思いをしてんのをよ、そのまま放っておけるような男に育てた覚えはねぇってこった」
義昭の言葉に四人は義昭に探るような目を向ける。 重い荷物と言うのが何のことを言っているのか──自分たちの過去のことだとしてなぜそれが分かったのか全く分からなかった。
そんな四人に義昭は軽く手を振り、
「細けぇことまでは分かんねぇよ。 けどな、伊達に年食ってるわけじゃねぇんだ。 何となくは察しがつくぜ」
「ひょっとして……ディナ姉さんにタカシをけしかけてたのは──」
「あの嬢ちゃんが一番重いものを抱えちまってるってことも、嬢ちゃんたちがそれを気にしてるのも分かってたからな。 つっても孝志にゃ仄めかしただけで何も言ってやしねぇよ。 孝志が自分で気付いて何とかしてやれりゃ、いい経験になんだろと思ってしただけのこった」
ほぼ正確に、少なくとも自分たちの心情は把握されていたことに四人は舌を巻く。 孝志のLVは見たが義昭の強さは全く分からない。 だけど孝志を鍛えるという話から孝志より強いだろうとは思っていた。──思ってはいたが想像以上の義昭の底の深さを垣間見た気がして、四人は何とも言えない気分になる。
「つってもあいつもまだまだ未熟だかんな。 気付いてやれっか、気付いてやれても力になれっかは分かんねぇけど──おっと、きたみたいだな」
義昭の言葉に全員がギルドの入り口に目を向ける。 冒険者の出入りはあるがそこに二人の姿は見えない。
「見間違いじゃ──」
ミースが義昭に向き直ろうとするのと同時だった。 ギルドの入り口に二人の姿が現れる。
「……どういうこと?」
二重の意味を込めてミースが呆然と呟く。 何で入ってくる前から二人がくるのが分かったのか──というのが一つだけどそれ以上に、孝志がピンピンして気怠そうなディナに肩を貸してるのはどういうことなのか、理解ができなかった。
「おはようございます。 その……遅くなってすいません」
全員が揃って同じ想いに首を傾げる中、孝志はディナと歩いてくると照れ臭そうに頭を下げる。
「……どういうこと?」
思わず漏れる同じ呟き。 孝志がこうもピンピンしてるところを見ると何もなかったかと思えるけど、ディナが気怠そうなところと──どうにも蕩けきった顔をしているのを見るとわけが分からない。
「その……張り切りすぎたと言うか……」
「何だ、ミース? あたしとタカシの熱い夜の話をそんなに聞きたいのか?」
赤くなりながら気まずそうに目を逸らす孝志の横でディナが悪戯っぽく言うと、ミースが震える指先を二人の間でさ迷わさせる。
「ちょっ、えっ、まさか──」
「夜中まで激しく求められてあたしの方がダウンしちまったよ」
頬を染めながら嬉しそうに言うディナにミースが固まる。
「ちょ──ディナさん、そういうことは──」
「あらぁ……すごいわね、タカシ君。 ディナの方が先に参っちゃうなんて──」
「そのまま寝ちまったから朝に一緒に風呂入ってまた盛り上がっちまったしな」
「嘘でしょ!?」
「だからディナさん!」
ミースと孝志が叫び、その横でアリアが顔を真っ赤にする。 つまるところついさっきまで二人は情事に耽っていて遅れたわけだ。
ミースは信じられないと言う風に孝志を見て、
「あんた……化物?」
「いや……ディナさんが可愛かったから──痛っ!?」
「タカシよぉ……そういう恥ずかしいことは言うなって昨日言ったろ?」
「ディ、ディナさんだって恥ずかしいことを痛い痛い痛いっ! 俺が悪かったから耳はやめてください!」
ディナに耳を捻られて孝志がギブアップする。 そんな孝志にディナは楽しそうに笑うと四人が座るテーブルの隣、義昭が一人で座ってるテーブルに着き、孝志もディナの隣に座った。 その自然な様子に今までディナがこういうことをしてた時とは違う何かがあったのが分かる。
「あの……どうしたの、じいちゃん?」
その中で一人、義昭は頭を抱えている。 心配そうに声をかけながら、孝志は義昭がなぜ頭を抱えているのかある程度察していた。
「まあ……嬢ちゃんは悪くねぇしお前もよくやってやったよ。 まさかそこまでやるたぁ思ってなかった俺の見通しが甘かったな」
「……やっぱ分かるよね」
義昭に隠し事ができるわけがない。 夕べ自分たち二人にどんな心境の変化が生まれたか、完全に見透かされている。
「まあ二人とも分かってんならいいさ。 ちゃんとそういうことにしてんだからな」
孝志に聞いていたけど目の前で実際にこうも見透かされてディナも舌を巻く。 お互いの気持ちを勘違いということにしてるのを言っているのはすぐに分かった。
「爺さん──」
「いい、いい。 そこを弁えてくれてりゃこっちとしては孝志にいい経験させてもらって礼を言いたいくらいなんだからよ」
勘違いで惚れたりするのは困るようなことを言っていたのに、結果的にそうなってしまったことに謝ろうとするが、謝罪の言葉を言う前に止められてディナは二重に言葉を失う。 義昭は心が読めると言うのが比喩でも何でもないことを実感させられる。
「あの……どういうこと?」
何を言ってるのか分からずにミースが三度目の同じ言葉を呟く。 洞察力のすごさはさっき思い知らされたけど何を言ってるのか──二人に何があったのかまでは分かるわけもなく気になる。
ディナはそんなミースににやりと笑うと、
「ミースぅ……そんなにあたしとタカシがどれだけ激しく愛し合ったか聞きたいのか?
孝志に身を寄せながらからかうような調子で言う。 その様子はいつものディナと変わらないようで、だけど違っていた。
ディナは気に入った新人と夜を過ごした次の日はいつも不安そうだった。 もちろんそんなことは表に出さないようにしていつも通りに振る舞ってたけど、付き合いは長いだけにディナが不安な気持ちを抱えているのはみんな分かっていた。 特別な相手ではない、だけど気にかけて死なないようにと教えたはずの相手が死んでしまうかも知れない不安が、ディナの心に影を差していた。 そしてどんどん影が濃くなっていて、ディナがそれに押し潰されないかと心配していた。
だからミースも他のみんなもそれを止めたいと思っていたし、ディナの不安を受け止めたいと、気持ちを吐き出してほしいと思っていた。 でもディナはいつもの明るい様子でそんなことはないと、死なないように話してやるのもあるけどそれより自分が楽しんでるだけだと頑なに認めなかった。 一番年上でみんなの保護者としてやってきたから、弱音を吐き出すなんてずっとできなくてそれが染み付いていたから。
ディナが弱さをさらけ出せる相手──それを受け止めてくれる相手が現れてくれないかと、ずっと思っていた。 だけどディナは何人もの新人とそうしていたしそうしていくつもりだったから、特定の相手を作ろうとなんてしなかった。 気に入った相手にそうして言い聞かせることができなくなるから。
だからと言ってディナが相手をするような新人にそんなことが期待できるか──できるわけがない。 子供で、綺麗なお姉さんと経験できるということに恥ずかしがりながらも下心いっぱいで浮かれてるのが丸分かりだったようなやつらに何が期待できるのか。
目の前の孝志を見る。 昨日はいきなりディナの胸を触ってるところを見たものだから噛みついたけど、その後のやり取りで今までの相手とは違うと感じた。 だけど子供なのは同じだ。 少し──ほんの少しだけ期待する気持ちはあったけど無理だと思っていた。
なのにだ──ディナが話そうとするのを止めている孝志にさほど慌てた様子はない。 昨日の様子と比べると別人かと思うくらいに落ち着いている。 女を経験して生まれた余裕──それだけではない。 ディナに対して余裕を持ってる──ディナより年下なのに年上の男性が年下の女性を包み込むような、ディナを守るべき弱い相手と見ているような、そんな余裕を抱いているように感じさせる。
──そっか……そうなんだね──
ミースは何があったのか悟り、涙がこぼれそうになった。 一番年下のミースは一番大事にされた。 ディナに一番負担をかけていた。 だから、ディナに起こったことが誰よりもうれしかった。
「……どうかしたの?」
うつ向いて様子のおかしいミースに、孝志は頼んだ果実水のコップを傾けながら声をかける。 ディナはワインを薄めたものだ。 二人ともここにくる直前まで風呂場で励んでしまっていたせいで大分喉が渇いていたから中身を一気に煽り、
「……お義兄さんって呼んだ方がいいかな?」
「「ブフゥゥゥッ──!?」」
唐突なミースの言葉に孝志とディナが口に含んだ液体を噴き出す。
「おいおい、汚ぇな、お前ら」
直前で逃げていた義昭は呆れながら店員に雑巾を頼んで掃除を始める。
「げほっ! ごほっ! ご、ごめんじいちゃん──」
「ミ、ミ、ミ、ミース! おまっ、いきなり何言って──」
「だってさぁ、ディナ姉さん、女の子って感じの顔になってるよ? そういうことでしょ?」
真っ赤になって慌てるディナに、ミースはからかうように指摘する。 からかうようにと言っても紛れもない事実だ。 アリアもセディも嬉しそうな笑顔を向けているがそれがまたディナを焦らせる。
「ち、違う! タカシはそういうんじゃなくて──」
「ディナさんにも春がきたんだね。 まさか年下の男の子をお義兄さんって呼ぶことになるとは思わなかったな」
「セディ!──いや、そうだよ! 年下年下! それもこんだけ年が離れてるのに──」
「あの……年齢なんか関係ないと思います。 人を愛し愛されるのは……素晴らしいことです……おめでとうございます、ディナさん」
「だから違うんだって、アリア!」
「残念ねぇ。 ディナが本気になっちゃったんじゃ私はタカシ君と楽しめないのかぁ」
「だから違うって!──いや、そうだよ! あたしとタカシはそういうんじゃないからお前も気兼ねなく楽しめばいいんだよ!」
「本当にいいの?」
おどけた風だったフェミアが真面目な顔でディナに確認する。 その真剣な眼差しに思わず立ち上がっていたディナも一瞬たじろぎ、どかっと椅子に座ると頭を掻く。
「まあ……タカシが特別なのは認めるけどそういうんじゃねぇんだよ」
「じゃあ本当に私がタカシ君と楽しんじゃっても気にしないのね?」
「当たり前だろ。 今まで余裕で10人以上は相手にしてきて汚れてるあたしが言えた義理じゃ──」
「汚れてなんかいません!」
ディナが自分を卑下する言葉に、孝志は思わず立ち上がると全力で否定する。 そんなことはしてほしくないしさせられないと、人目も気にせずに声を上げていた。
「自分のことをそんな風に言わないでください。 それだけたくさんの相手に心を砕いてきた、ディナさんの優しさの証じゃないですか。 ディナさんはとても優しいし綺麗だったし可愛かったです! 汚れてるなんて誰にも──ディナさんにも──痛たたたっ!?」
「おっ、まっ、えっ、はっ! そういう恥ずかしいことを言うなと何回言わせんだ!?」
ディナにこめかみを拳でグリグリとこね回され、痛みに悶絶する孝志。 顔を真っ赤にしているディナを見ると、大人ぶらず、余裕を装わず、孝志には全てをさらけ出せているんだと、それが分かって四人から心底嬉しそうな笑い声が溢れていた。
そんな四人を睨み、孝志を解放するとディナは椅子に座り頭を抱える。
「まぁ……こういうやつなんだよ」
「何か分かるわ。 罪な男ね、タカシ君♪」
フェミアにからかうように言われて孝志は縮こまる。
「じゃあそれはそれでよしと。──問題は片付いたしお仕事の話をしましょうか」
片付いた問題はフェミアが孝志と楽しめるのかどうかだろう。 孝志の同意を取らずに進めるのはその話自体は昨日の内に済んでるからだろうが、孝志のディナへの気持ちを確認せずに流して確定事項にしてしまってるのはちゃっかりしてるとしか言いようがない。
「何かいい仕事はあったのか?」
ディナの疑問にフェミアは手にした一枚の羊皮紙を掲げて見せる。
「ちょうどいい仕事があったわ。 Aランクパーティへの調査依頼よ」
勇者召喚──勇者の俺よりじいちゃん無双な漫遊記 黒須 @xian9301
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