第14話 愛しい想いのままに

「んー……すっきりしたぁ。 大分疲れたけどよ」

 溢れるほどの体液で汚れた体を洗い流して戻ってきたディナがベッドに腰を下ろす。 事後のような台詞に表現だが事後ではない。 30分も泣き続け溜まっていた感情を吐き出し、涙で汚れた顔を洗ってきたところだ。

 ディナの顔はどこか穏やかになっているように感じられた。 その理由はやはり目だ。 今まで無理に押し込めていた感情を吐き出し上手く消化されたか、昇華されたか、決して消えない悲しみを自然体で背負えている。

「よかったです。 ディナさんが少しでも楽になれて」

 ここにきたそもそもの理由はお楽しみをするためだったわけだが、そんな雰囲気でもなくなり孝志は落ち着いていた。 残念な気持ちがないわけでもないけど、ディナの悲しみを少しでも癒せてよかったと隣に座るディナに笑顔を向ける。

 繰り返すが事後ではない。 まだ経験したわけではない。 それなのに少し大人になったように感じさせる孝志に見られ、ディナは頬が赤くなるのを感じた。

「……どうかしましたか?」

 浅黒い肌のせいで、孝志はディナが頬を染めているのに気付かない。 微妙に目を逸らして様子がおかしいディナに首を傾げていると、ディナが孝志に抱き付きその胸に顔を埋めてきた。

「ディ、ディナさん!? いきなりどう──」

「いくらでもこうしてていいって言ったのはお前だろ?」

「それはそうですけど──」

「お前のせいであんな姿さらすことになって恥ずかしくて顔見せらんねぇんだよ。 言わせんな」

「すいません……」

 経験が足りないな、と反省しながら孝志はディナの頭を撫でる。 泣いてる間ずっとそうしていたものだから、年上の女性を子供のように扱っていることに何の違和感も感じなかった。

 しかし、されてる側のディナは落ち着いた状況でそうされて頬の熱が増してしまう。

「タカシは強いよな」

 唐突な呟き。 何のことか分からず孝志はディナの頭を撫でる手を止め考え込む。

「戦闘ランクBだ。 あたしが今まで相手してやった駆け出しとは違う」

「……」

「だけどな、強いだけじゃダメなんだよ。 いくら強くても失敗してないやつ……自分の弱さを知らないやつは危ないんだ。 油断とか慢心とか……むしろ強くて失敗を知らないやつほどしちまう……」

 孝志に抱き付くディナの腕に力が込められる。 ディナが感じている不安──それが孝志にも伝わり自然とディナの頭を抱き締めていた。

 慣れたつもりでいた、気にかけていた人間が失われる恐怖──その悲しみがどれだけ強かったか、孝志にさらけ出されて自覚してしまった今、ディナは怖くて堪らなかった。 そうならないことを願って、今までそうしてきたように、そうしたことがないくらいに強く心から願いながらディナは言葉を絞り出す。

「冒険者を始めたばかりのやつの一番の問題はな……冒険者としての弱さを知らないことなんだ。 失敗して初めて弱さが分かる。 でもな……その初めての失敗がどうなるか……分かるだろ?」

 ディナたちにはクランの先輩がいた。 失敗をフォローしてもらって、自分の弱さを学ぶ機会がもらえた。 それがあったから今こうしていられる。 それがなかったらおそらくは生きていなかっただろう。

「だからさ……お前は強いけど強いなんて思うな……絶対に油断するな、無理はするな、自分にできることとできないことを履き違えるな。 そうしないと……お前もあいつらみたいに──」 

「──死にませんよ」

 ディナの頭をしっかりと抱き締め、孝志はディナの不安を拭うようにはっきりと言葉にする。

「俺、自分が強いなんて思ってません。 ステータスで見たら強い方かも知れないですけど足りないことだらけです。──じいちゃんがいて慢心なんてできませんよ。 それに──」

 口にしようとして、だけど自分が恥ずかしいことを言おうとしてることに気付いてしまい口ごもってしまう。

「それに……何だ?」

「その……絶対に悲しませたくない人ができましたから」

 誰のことか──この状況で聞くまでもなかった。 孝志の腕の中でディナは自分の顔が真っ赤になるのを感じて身悶えしそうになる。

「お前さ……とんだ女ったらしだな」

「ちょっ、いきなり何ですか?」

 絶対に顔を見せまいと胸に顔を強く押し付けるディナに人聞きの悪いことを言われ焦る孝志。 どんな気持ちでいるのか悟られないよう、なるべく平静を装いながらディナはからかうように続ける。

「だってよ……弱いところをさらけ出させて……自分がそうさせたくせに受け止めて甘えさせて、挙げ句には自分はそんな想いはさせないってさ……スケコマシの常套手段だぞ?」

「いや……そんなつもりじゃ……」

「何だ? あたしを口説くつもりだったんじゃないのか?」

 動揺、緊張、あるいはそれ以外の何かに舌がもつれそうになるのを、ディナは何とか堪える。

「いや、ですからそういうつもりは……」

「あたしにはそんな魅力はないってか?」

「そ、そんなことないです!」

 拗ねたように言うディナに孝志は慌ててしまう。 お陰でディナは少し余裕を取り戻し、孝志の様子に楽しげな笑い声が自然と、自然に漏れていた。

「まったく……そんなつもりじゃないのにあんな風にするなんて、天性の女殺しだよ、お前は」

 どう否定すればいいか分からず、孝志は反論もできずに黙り込む。

「弱ってるとこに優しくされたり、甘えさせてもらえたりするとな、勘違いしてころっといっちまうんだよ──特にあたしみたいな強いつもりでいる女はイチコロだぞ?」

 ディナの言葉に孝志は身を固くする。 呟くような小声だったけど耳にしっかり届いた言葉の意味に心臓の鼓動がまた速くなる。

「ディナさん……」

「ま、まあ、あたしはそんなにちょろくないけどな」

 明るい声で言いながらディナは顔を上げない──上げられるわけがなかった。 つい口に出してしまった台詞に、褐色の肌でも隠せないくらいに頬が赤くなっているのが自分でも分かる。

「でも気を付けろよ。 お前は優しいから傷付いてるやつとか弱ってるやつがいたら同じようにしちまって、次々勘違いさせちまうからな」

「……気を付けます」

 気を付けると言ったところでどうすればいいのかと、孝志は思い悩む。 傷付いてる人を放っておくなんて、知ってしまったらできるわけもない。 そこを上手くやるためにも経験が必要なんだろうと、改めて心に刻む。

「それとな……お前……今、あたしのことを特別な相手みたいに思ってるだろ?」

 ディナの指摘に孝志は顔を真っ赤にする。 それは否定しようもない事実だ。 ディナの弱さを見て、泣きじゃくるディナを受け止めながら守りたい、傷付けたくないと思った。 その感情を表現するなら『愛しい』と──ただその一語に尽きる。

「その……俺……ディナさんのこと──」

「勘違いするなよ?」

 ディナに遮られ、孝志の言葉は行き場を失う。 聞きたかったそれを遮ることに、ディナは胸に軽い痛みを感じた。 でもそれは自分も同じこと──自分にも同じように言い聞かせる。

「お前は優しいからさ、弱い相手とか傷付いてる相手を守りたいって感じるんだよ。 そばにいて守ってあげたいって……それは好きなんじゃない……庇護欲だよ」

「……」

「優しいから弱ってる女なら誰彼構わずに勘違いさせて、お前も勘違いしちまう……大変なことになっちまうからな。 そこは絶対に履き違えるなよ?」

「そう……なんですかね?」

 自分でもよく分からず、孝志は呟く。 恋愛経験はないけど女の子を好きになったことくらいはある。 それと比べてどうなのか──

「そうに決まってるだろ? 理由もなく好きになるなんて勘違いなんだから──」

「……可愛いって思ったんです」

 孝志の呟きにディナの少し戻った余裕が木っ端微塵に、気持ちいいくらいに吹き飛んだ。 心臓がバクバクと孝志にまで気付かれそうなくらいに鳴り出す。

「お、おおお、おまっ、何言って──」

「泣いてるディナさんのこと、可愛くて守りたいなって──痛っ!」

「お、おまっ、お前なっ! と、年上のお、女になっ! そそそそういう恥ずかしいこと言うなっ!」

「痛たたっ! すいません!」

 抱き付いたままのディナに背中をバシバシ叩かれ、孝志はたまらず謝る。 照れちゃって可愛いな、などと思う余裕もないくらいに痛かった。

 ひとしきり叩くとディナはばっと顔を上げ孝志を睨む。 顔がこれ以上ないくらいに真っ赤になってるのも構っていられなかった。

「いいか!? そういうのも勘違いを生む元だからな! お前いつか女に刺されるぞっ!?」

「き、気を付けます……」

 しばし睨み──不意にディナがクスクスと笑い出すとまた孝志の胸に顔を埋める。

「あーあ……いい大人がマジになっちまって恥ずかしいな」

「いえ……何かすいません」

「本当に気を付けろよ。 死なないって約束したんだから」

 勇者が痴情の縺れで刺されて死亡──最悪にも程がある。 まあステータスがあるからまずはないけどそういう問題ではない。

 弱く傷付いてる相手の力になって、相手に勘違いさせたり依存心を抱かせないようにする──難しいなと思い孝志はため息を吐く。

「傷付けたくないのに傷付けちゃったらダメですよね」

「いい男になれよ。 色々と経験して……爺さんもそうさせようとしてるんだしな」

「がんばります。 ディナさん……ありがとうございます」

 自分は子供だ──でもいつまでも子供じゃない。 経験を積んで身に付けていく。 そうして大人に、ディナの言ういい男になればいい。 そうした想いを込めてディナに礼を言う。

「それでいい。──そろそろ寝るか」

 21時頃に宿に入って、何だかんだでもう23時になろうかというところだ。 明日は《紅蓮虎》も出発前の準備で忙しくなるだろう。 何より色々とあった──もう休んだ方がいい。

「そうです──ね?」

 ゆっくり休みましょう、と返事をするつもりがいきなり視界が変わり孝志は疑問の声を上げていた。

 部屋の天井が見えている。 ディナが体を離し、ベッドに入ろうと立ち上がったところをディナに軽く押されてそのまま倒れ込んだのだから当たり前だ。 何でそんなことをされたのか理解できずにいる孝志の視界にディナが映る。 腰の辺りの重みにディナが自分に跨がり座っているのに気付き──

「ディ、ディナさん……?」

「どうかしたか?」

 少女のように頬を赤くするディナ──だけどその表情は昼間、孝志に迫っていた時のようなオンナの顔になっていた。

「あの……寝るんですよね?」

「男と女が寝るって言ったら……意味は一つしかないだろ?」

 言われてその意味を理解できないほど、孝志も子供ではない。 そもそもそのためにきていたのだから。

「でもディナさんも疲れただろうし休んだ方が……」

「お互い勘違いとは言え……こんな気分にさせられちまってさ……そうはいかねぇよ」

 孝志の目の前でディナはバスローブの帯をつまみ、見せつけるようにゆっくりと解く。 帯が解かれるとバスローブの前が開き、ディナの褐色の肌が孝志の目に晒された。 豊かな胸の谷間から引き締まった腹部、そしてさらに下の茂みまで──

「んっ……お前もその気になったな」

 お尻に感じる硬い感触に、ディナが妖艶な、嬉しそうな笑みを浮かべ軽く唇をなめる。 初めて見る女性の裸──それもディナのような魅力的な女性のそれに、孝志の欲望は一瞬で膨れ上がり、起き上がろうとしてディナの体に強く押し付けられていた。

「ディナさん……綺麗です」

 緊張はあった。 だけど宿にくる前まで──ディナの悲しみを受け止める前までみたいな躊躇いや戸惑いはなくなっていた。 思ったことを素直に口に出し、ディナはそんな孝志に顔を綻ばせる。

「ありがとな──もう覚悟は決まったか?」

 孝志が躊躇していた一番の理由が何だったか、それが今はどうなったか、考えれば答えは決まっていた。

「今は……ディナさんが欲しくて……たまらないです」

 緊張も、言葉にすることの恥ずかしさも、それを伝えたい気持ちを押し止めることはできなかった。 勘違いだと止められた台詞の代わりと言うように、「したい」ではなく「欲しい」と──求めてるものの対象をはっきりと伝える。 「行為」ではなく「貴女」なんだと。

 その意図はディナにもしっかり伝わっていた。 孝志に求められていることに、胸と体の芯に心地よい疼きを感じ表情が自然と蕩けてしまう。

「嬉しいよ、タカシ……んっ……」

 腰を浮かせると孝志のバスローブをはだけさせ、下腹部を打つほどに反り返る孝志自身の上に座り自身と密着させる。 そうして、自分もバスローブを脱ぎ捨て孝志に完全に裸身を晒す。 視覚と触覚に受けた刺激にさらに孝志が高ぶるのを感じながら、ディナは上体を倒し孝志に身を寄り添わせた。

 孝志の胸板に押し付けられた豊かな膨らみが歪んで形を変える。 そうして伝わる孝志の鼓動と体温を感じ、ディナの鼓動も今までになかったくらいに激しくなっていた。

「タカシさ……一つお願いがあるんだ」

「……何ですか?」

 興奮と緊張と、初めてでどうしていいのか分からず固まっている孝志の耳元でディナが囁く。

「今夜だけ……勘違いしたままでもいいか?」

 ディナの言葉に孝志は一瞬考え込む。 それが意味するところはつまり──

「女はさ……愛しい相手に愛されるのがさ……一番幸せなんだよ。 お前はあたしのつらさを受け止めてくれた……だからさ……お前になら全部さらけ出せるから……もう少しだけ甘えさせて──」

 言葉の途中で、孝志はディナを抱き締めていた。 傷付けたくない、ディナを癒したい──幸せを感じて欲しい。 その気持ちのままに抱き締め──

「愛してます……ディナさん」

 勘違いでもいい。 そのままの気持ちを囁いていた。

 孝志の囁きにディナは一瞬、身を震わせると頭を上げる。 孝志を見つめるその瞳は情欲とは違う何かに潤んでいた。

「ありがとな……愛してるよ、タカシ」

 ディナは目を閉じながらゆっくりと孝志の顔に自分のそれを近付け──二人の唇がそっと重なる。 ただ重ねられていたそれは互いを求め会う気持ちを表すように、何度も接触を繰り返しては唇を擦り合わせ、情熱的になっていく。 愛しい相手と繋がりたいと、差し出された舌に孝志も応え──二人はそのまま──求め合うままに深く、深く絡み合っていった。


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作者よりお知らせ


 この後の「メチャメチャピーした」なシーンですが六話のシスティアと違い話の筋立てにもキャラクターの表現にも必要ないので掲載しません。

 ただし趣味として、完全18禁の外伝を投稿します。

 投稿した際には活動報告にてお知らせしますので対象年齢の方はお楽しみください


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