エージェント・クローン

葵流星

エージェント・クローン

変なことだと思うかもしれないが、自分の人生に嫌になってしまった。俗に言う鬱病なのかもしれないって、誰かが思うかもしれない。けれど、私にとっては本当にこれまでの人生は嫌だった。確かに貧しい経験はしたことはなく、他の人から見ればうらやましがられる人生なのかもしれない。そう見えるからこそ辛かった。大学を卒業した私は起業し今では株価もほぼ安定している。稀に見る成功例で、本も書いたし、女性経験もあった…。でも、今…いや…ずっと虚無だ。


私には、子供のころからの悩み事があった。大人になった今でもその悩みを抱えている。


…『明日への恐怖』だ。


私は、一日一日が怖い。眠って起きたらまた日が昇り明日を迎えてしまう。世界や自分の近辺の変化が著しかった私にとっては時間が経ち、明日を迎えるのがストレスでしかなかった。このままずっと明日を迎えることなく死んでしまいたい…そう思った。上辺だけの理由を並べて起業したバイオテクノロジー企業でのクローン研究もその悩みの解決策の一つでしかなかった。


だから、私は自分のクローンを作った。


命の終わりを迎える長い夜の為に…。


だが、本当に怖かったのは繰り返しだった。起きて、活動して、再び眠りにつく…。このサイクルが嫌だった。人付き合いもあまり良くない私にとってまた明日同じ人と顔を合わせるのも嫌だった。繰り返しと変化…この2つが私を苦しめていた。なんでまた同じようなことが…なんで前とは違うことが…そんなイレギュラーが発生するたび怖くなって人前から逃げ出したかった…それなのに…逃げられることができなかった。


少なくとも死後の世界を信じていた私は、自殺ができなかった。


…噓だ。


本当は、どうしようもなく他人を殺したかった。彼らの声が嫌だったし、行動も嫌だった。私にとって害をなす人ばかりで…社会という不必要な物や会社等を作り出し自分が生まれる以前の歴史を私に教え、諸外国の関係や各種手続きを教えていた。けれど、本当に私にとっては嫌だった。このアメリカという国そのものが嫌だった。いつからこんなに人を嫌いになったのかはわからない。でも、やはり人が問題なのだと思う。私自身も問題ではあるが、それでも人類自体が悩みの種であろう。冷戦で私の曾祖父母が死んでいたらどんなに良かったか…そう思ってしまう。


結局、クローンを作ったのもこれに起因している。人としての常識や世間に死ぬまで囚われ続けることになる私の代わりに私の今後の人生を生きてくれる代理人(エージェント)が必要だった。私のクローンであり、私以上に優秀な未来を作れる彼なら良い人生を歩んでくれるだろうと…。私は、完成した彼に良い人生を生きてくれといい半冷凍睡眠装置を使い、夜を迎えた。


全てうまくいくと私は考えた。


…私が目覚めるまでは。


目を覚ますと白い発光する天井があった。やけに天国というのは変なものかもしれないと思ってしまった私はまた瞼(まぶた)を閉じた…が、まだ白く光っていた。すると…。


「おはようございます。ハワード・ジョブズさん。気分はいいかですか?」っと、白衣の女性が声をかけてきた。看護師なのだろうか…服装が異なっているため確信は持てないがおそらくそんな気がした。そして、彼女が口にした名前は私のものだった。


「最悪な気分だよ、まさか天使が迎えに来てくれるわね。もう少し長いと思っていた。」


私は、そう答えた。


「寝ぼけているみたいですね。それとも、年のせいですか?そうそう…85歳の誕生日おめでとうございます。」

「85歳だって!」

「ええ、そうですよ?寝ていたんですから、当たり前ですよ。」

「待て、それじゃ誰が私を起こしたんだ!」

「あなたですよ、ハワードさん…それでは私はこれで…。」


ああ…これは何て嫌な夢なんだろう…。私が眠りについたのは50年前…35歳の誕生日だった。その時にはすでにクローンは完成していたし、家で娘が私の帰りを待っていた。それなのに…。


胸に手を当て、心臓の鼓動を確認した。

…動いていた。

私の脳と心は心臓共に無理心中するつもりだったのに…。

人までか、自分の身体に裏切られたことに苛立ちを持った。

…死にたかったのに。

そう思っていた。

上半身を起こし、ベッドの上でうなだれていた私の前に男が現れた。

不思議なことに、彼の顔は私に似ていた。


「君は誰だ?」


そう私は彼に言った。


彼は、「あなたが作ったクローンに作られた人間だ。」

そう答えた。


「待ってくれ…それなら、なんでそんな見た目なんだ?」


彼は、私よりも若かった…それなのに自分の若いころにそっくりだった。

なぜ、私のクローンはもっと素晴らしい容姿を彼に与えなかったのか疑問に思った。


「私…僕についてきてください。」


そう彼は、言うと部屋から出ていった。

私はベッドから起き上がり彼について行った。

彼は、少し進むと立ち止まり部屋の前で私を呼んだ。


「一体、何をする気だ?」

「あなたがしたことを見せるためですよ…。」


中には、たくさんの装置と私に似た顔の人が並んでいた。

怖くなった、私は声をあげた。


「なんだ…これは…。」

「彼らはあなたのクローンとクローンが作り出したあなたですよ。」

彼は、そう言った。


私は部屋から飛び出し、ベッドのある部屋まで戻った。

部屋に戻るとやはり彼も部屋に入り、椅子を私が座っているベットの近くに置き腰をかけた…。


「あれはいったいなんだ!」


私はそう彼に問いた。


「彼らは、あなたと同じですよ…。」


そう彼は深刻な顔をしてこちらを向いた。


「ハワードさん…あなたは死んだんですよ?」

「死んだのは私ではなく、他のクローンだろ?」


「はい、そうです。」っと彼は答えた。

だが、私には何もわからずじまいだ。

そんな私を察したのか彼は言葉を口にしていった。


「あなたがコロラドで半冷凍睡眠についた後、あなたのクローンは自分のクローンを作り始めました。そして、自分のクローンが完成するたびに後は自分のクローンに未来を託し半冷凍睡眠につき…ここで死を待っています。会社は彼やその次のクローン達によって繁栄し宇宙にまで進出しました。この施設は2年前に地球の衛星軌道上に作られました。そして、オリジナルであるあなたをアラスカからここに運びました。そして、私と今日死んだあなたのクローンは、あなたを起こすことにしました。…信じられますか、あなたにはひ孫もいるんですよ。あなたは幸せな人生を歩めたんです。見ますか…親子三世代の記念写真もあるんですよ…。ちゃんとクローンがあなたに見せるためにデータだけでなく写真に残して…。」


おそらく、私の娘は無事結婚ができたようだ。そして、すでに死んでいるであろう父や母にも孫に合えたようで良かった。けれど、なぜか彼は苦しそうな顔ばかりしていた。…私は満足なのに…。


「君は、私のクローンなのか?」


そう私は彼に聞いた。


「私はあなたの完全なクローンではありません。…クローン達はあなたの言った通り良い人生を生きてきました…けれど、本当はあなたの人生だったんですよ。…それなのに、なんであなたはこの人生を歩まなかったんですか?」


彼は私に訴えるようにそう言った。


「私にとって…私の人生は虚無で生きていても仕方がないようなものだった。誰かに代わってほしくて…それでいて、自分は眠りについた。…本当に私には未来なんか必要なかった…。」

「僕は…私は…嫌ですよ…。あなたの作ったクローンもみなそうだったんですよ…。遺伝子を組み替えても何も変わらなかったんですよ…。記憶を変えようとしましたが…それでも変わらなかった。…教えてくださいよ、私は誰なんですか?」

「君は君で、私は私だ…私は抜け出せなかった…色々なものから…君や他のクローンなら抜け出せると思っていた。そして、幸せや…本当に良い人生を得れると思っていた。それを私が経験することができなくとも…。」

「あなたは、経験する必要があったんですよ…。」

「私は…そんな必要はないっと思っていた。今もそう…眠らせてくれないか…今度は目覚めたくないんだ…。」

「空っぽなんですよ…私には命がないんです!」

「それは、噓だ。…クローンといえども命はある…最初の彼に代理を頼んだ時からずっとそうだから…彼は私じゃなかった…。」

「…それじゃあ、私は誰なんですか?」

「君は誰でもない、私でもない…君は君だ。…手を貸してくれるか。」


私は自分の娘の手を抱くように…彼に代理人を依頼した時のように若い彼の右手を両手で握った。


「もう私は死んだのだから私の代わりに良い人生を歩む必要はない…また自分の代わりのクローンを作ったりしてもいいし、自分で自分の経験をして死んでも構わない。少なくともその見た目なら私よりも長く生きていけるだろう…。」


私は、その後もう一度半冷凍睡眠装置に身を委ねた。

私が最初に眠っていたのよりも新しい機種だった。

しかし、85歳を過ぎて死んだ私はあと何年持つというのだろう…。

今度は、私の心臓も止まり…終わりを迎えることができるだろう…。

私にとってはそれはたまらなく嬉しいものだったに違いなかった…。

彼がこの後どう生きていくのかはわからないが、あまり関係のないことだろう…。

これまでに死んでいった人類がそうであったように…私も無責任に生を終えるのだから…。





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