第10話 b=5
隣の席の奴は今日も相変わらず休みだ。もう今更それが普通であるような空席。いつもの僕だったらまったく気にも留めなかったと思う。ただ、何かが引っかかった。何か、重なるような気がした、夢の中のあの子と。
今日は夢を見なかった。ずっと見ていたあの夢も、何も。何となく、もう二度と同じ夢を見ることは無いような気がした。もう二度と会えないであろう少女。きっといつかは僕の脳内からも消えてしまうのだろう。その時、僕はもういい大人だろうか。夢のない大人に、なっているだろうか。
いつも通り進んでいく日常。人は一日に何万回もの選択をしているはずなのに、何も無かったかのように時が進むのは何故なのか。今日のこの一日も、僕にとっての日常も、誰かにとって大切な日で、誰かにとって決断の日で。そんな綺麗事を今更思い出して、隣の席を見た。僕にとって普通の日常が、彼女にはどう見えていたのだろうか。僕には見えない世界が見える彼女は、果たして負け組なんだろうか。
一応彼女の席である机。中に一枚、紙が入っているのが見えた。ずっと気がつかなかったのに。僕は一瞬の躊躇いの後、その紙を取り出した。一枚だけのルーズリーフは、殆どが黒く塗りつぶされていて読めない。それでも、最後の行。かろうじて読めた一行。
「読まれない物語には、意味があるのだろうか。」
物語も人でも何でも、生まれてきたからには何かしらの意味があるのだと僕は思っていた。それが当たり前だと信じていた。でも、僕の人生に意味があることも、僕があの夢を見たことも、彼女がいったい誰なのかも、そして、この物語に意味があるかどうかも。全部、誰にも証明できないのだと知った。それなのに僕は生きている。生きていかなくちゃいけない。
もちろん、今まで通りに見ないふりだってできる。知らないふりをすればいい。人間は、成長するほど賢くなり、そして盲目になるのだ。でも、それじゃいけないと思った。何せ、一度知ってしまったら気になってしまう性分なのだ。
僕は真っ黒なルーズリーフの端に、もう一度目を向けた。もう二度と読めない、読まれない物語がそこにある。でも、それに意味を見出した人間が少なくともここにいるのだ。だから何だ、とは言えないが。まとまらない思考回路。
いつか彼女のこの問いに、自分なりの満足いく正解を出したいと思う。
変わった夢を見た。 楪 玲華 @if49162536
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