あたまのわるいひとがかいたちょうおもしろいうんこしょうせつ
ちびまるフォイ
文字を打てるなんて、まさに天才だ!!
「こんな簡単な問題、どうして解けないんだ!
これくらいの簡単な問題でつまづいているのはお前だけだぞ!」
「お言葉を返すようですが先生、僕が悪いのではないんです」
「なんだと?」
「僕ができないのではなく、みんなの頭が良すぎるのです!!」
先生に愛の指導を受けた。この世界は理不尽すぎる。
人の数だけ才能や個性があると言っておきながら
一般的に認められるのはそのうちのごくわずか。
誰よりも靴下を履くのが早い才能を持っていることよりも
誰よりも数式を解くほうが認められるという才能差別。
「ちくしょーー! なんで俺は誰にも認められないんだ!
もしかしたらとんでもない才能があるかもしれないじゃないかーー!」
< 受理しました >
どこからかシステマチックな声が聞こえたが、その日は気のせいだとして眠った。
翌日、学校で授業を受けるときになってやっと何がおきたのかわかった。
「それでは教科書120ページを読んでください」
「はい。えっと、"ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で……"」
俺が教科書の一文を読むやみんながざわついた。
「うそ……漢字と平仮名の混合文章をあんなにあっさり!?」
「らなまもん、ってらしょうもんって読むの!?」
「"げにん"と"した"の読み分けができるなんて……!?」
「い、いや。これくらい簡単じゃない?」
「「「 簡単!? 」」」
生徒だけでなく先生も驚いていた。
授業は一時中断されて俺だけ職員室に呼ばれると、
「全国高校生神童コンテスト」というポスターをつきつけられた。
「これに出てみないか!? お前の才能ならきっと優勝できる!」
「たかが教科書を読んだだけでそんなおおげさな……」
「たかが!? あれは大人でも難しいんだぞ!?」
「またまたご冗談を……」
最初は受け入れられなかったこの状況でも数が増えれば俺でも察し始める。
俺が天才になったのではなく、みんながポンコツになったということに。
「足し算と掛け算をいとも簡単に……!?」
「見て! あんなに自由に三角定規を使いこなしているわ!」
「みんな! 彼の準備体操を見て! まるで白鳥よ!」
「なんて画力!! ピカソとゴッホが嫉妬する!!」
「フッ、それほどでも……!」
めちゃくちゃいい気分。
人生がはじまってこれほど人に褒められたことはなかった。
ひとりでお尻を拭けたことにすら歓喜される。
「先生、神童コンテストのことなんですが……受けていいですか」
「本当か!? ぜひやってくれ!!」
ろくすっぽ勉強しなかった俺だが、二桁の掛け算をやったことで圧勝。
そのうえ、変数「X」を使っての計算を提唱したことで、人類数学賞を授与された。
「君が発見したXによる方程式という概念はすばらしい。
また新たな数学の地平を切り開いてくれたね」
「こんなの普通ですよ」
「君の普通が我々凡人にとっての異常なんだよ」
その後、俺はコーラにメントスを入れると爆発する現象を立証したことでノーベル物理学賞を受賞。
さらに開脚前転を行ったことでオリンピック選抜選手として選ばれた。
人間の魅力とは「尊敬できるかどうか」が多くを占めるようで
これまで衛生害虫くらいにしか扱われなかった自分が今ではモテまくりの勝ちまくりだった。
「どうしてあんなすごいことがあっさりできるの!?」
「マッチに火をつけられる男性って素敵!」
「あなたこそ人類の宝よ!!」
「おいおい子猫ちゃんたち、そんなに褒めないでおくれよ」
家に帰るまで道に転がった石を蹴りながら遊ぶゲームは世界規模で流行し
もはや俺の名前はWikipediaのトップページで毎秒更新されるほど有名となった。
そして--。
「お会計いたします。いち、じゅう、ひゃく……」
「240円ね」
「あ、そうなんですね」
「それじゃ300円で」
「かしこまりました。300円のお預かりでえーっと、
300ひく240は、まずは十の位からひいて、でもできないから、ひゃくのくらいから……」
「60円」
「さすが! 神ノーベルモンドコレクションベストジーニスト!
こんな計算も暗算でできてしまうんですね!!!!」
「ま、まあね……」
俺以外がみんなポンコツになってしまったことで、
機械の操作はもちろんできないし、簡単な計算や日常作業もおぼつかない。
あんよが上手と褒められたばかりの子供を相手にしている気分になる。
「それでは、今日はグループで学級新聞を作りたいと思います」
特に困るのは集団行動。
「ねぇ、新聞ってなに?」
「まだひらがなしか書けないよ」
「A4? B5? A3? なんの暗号?」
「えーっと、ね。これがこうで、あれがそうで、それがこうなんだよ」
「……?」
「わからないかぁ……。いいよ、俺がやっておくよ」
みんながポンコツ化したことで様々なことを説明することが増えた。
説明が長くなれば長くなるほど「じゃあお前がやれよ」という目線を送られる。
実際、俺がひとりでやったほうがずっと早い。
苦労する対象は大人にもおよぶ。
「……であるからして、三角形の内角の和は360度となる」
「あ、先生。それは内角の和ではなく、外角の1つです。内角は180度です。外角の和は--」
先生は自分よりふた周りも年下の子供に片手間に反論されたことで顔が真っ赤になる。
「君! 一体何様だ! 私はちゃんと! この! 和を計算したんだ!!!」
「だ、だから、それは内角の和じゃないんですって。合計は180度に……」
「いいか! よく聞け! 私はこの数学教師をかれこれ30年も続けている! それが誇りだ!
ここで数学を30年間教えてきた人間に君は反論しようというのか!?」
「先生聞いてください。あの……」
「ノーベル賞受賞者だかなんだか知らないがね!! 君のような子供に!!
こと数学に関しては、ここで30年も教鞭を取り続けた私のほうが優れているはずだ!!!!」
「わかりましたよ! もういいですよ!」
「よろしい!!! 間違えることが許されるのが若者の特権だよ」
なんで俺が怒られているんだろうと思った。
先生を言いくるめることはもちろんできるが、
どうして間違っているのかわからないみんなからすれば
"なんか急に先生をブチギレさせた生意気なやつ"
と断片的に思われてしまった。
これ以上怒らせても俺はもちろん、他の人にも影響が出るだろう。
「本日の授業はここまで!! 意図せず余計なちゃちゃが入ったから進行が遅れた。
続きは各自宿題とするように!!!」
先生は荒々しく戸をあけて鼻息荒く教室を去っていった。
「お前、余計なこと言うなよ……宿題増えちゃったじゃん」
「そうだけど……俺が悪いのか?」
「悪いよ。だって内角の和は360度って先生が言ってたんだし」
最初こそ褒めちぎられていい気分だった世界なのに
時間が経つにつれ不便さがどんどん際立って感じ始めた。
間違っているとわかっているのに、理解してもらえない。
ごく簡単なことなのに、いちいち丁寧に説明が必要。
「こんなことなら、まだ前のほうがよかったーーーーーー!!!」
< 受理しました >
「こ、この声は!?」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
ついに俺の願いが再び聞き届けられたんだ。
これでまた暮らしやすい前に戻ることができる。
「よかった! これでなにもかも元通りだ!!」
俺は安心して眠りについた。
翌日、学校にいくと先生もみんなもポンコツから戻っていた。
「それでは、昨日の英語の続きをはじめます。
"Google"これはなんて発音しますか?」
俺はまっさきに手を上げて答えた。
「ごーぐる!」
「正解!!!」
生徒は拍手をし、先生もうんうんと頷いた。
みんなポンコツから普通に戻って本当に良かった。
もう人を見て「なんでできないんだ」とイラつくこともなくなった。
だって内角の和は360度なんだもの。
あたまのわるいひとがかいたちょうおもしろいうんこしょうせつ ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます