奉仕部の節分考 ──笑う門には福来る

燈夜(燈耶)

笑う門には福来る。

「鬼は外!」


 瞬間、がらりと開いたのは我が奉仕部の扉だ。

 俺の投げた豆がそいつの高い鼻っ面に当たった。ふわりとした栗色の髪が、途端に辺りを覆った。

 命中命中、見事に命中。

 ところが、そいつは怒るどころか、中々に涼しい顔をして言い放ってくれる。


水内みなうち君、今日は一人なのに、やけに元気がいいようだけど……なんのマネ?」

「いや、節分の豆撒き……」


 そいつ、神薙かんなぎの目がキリリとつり上がる。


「それで、あたしは鬼な訳?」

「……めっちゃ鬼……」


 って、口に出した!


「あ、違う、福です、福!」

「なら、私に憑いていた厄を払ってくれたというわけね、ありがとう」


 怖い!

 無表情が怖い!

 美人の無表情ほど怖いものは無い。


「いや、それほどでも……」

「ああ、提案があるのよ、水内君」


 重い声。

 だが福だけに、その声の語尾に笑いが混じって聞こえたのは気のせいか。


「私も豆撒きに参加したいのだけど……豆はまだあるの?」

「ある、あります! これです!」


 俺はそうしなければいけないんだ、と言う意味不明な使命感と、いたたまれないこの場の逃げ去り方を頭の中で考えるのに必死で、こいつの言うまま、言われるままに炒った大豆の入った紙袋を恭しくも差し出していた。

 こいつから調教されたこの体、そして反射モードが恨めしい。


「水内君」

「はいっ!」


 静かな神薙の掛け声に、俺は元気よく返事をする。

 何故かって? そうしないと神薙の機嫌が悪くなるからだ。決まっているじゃないか。


「あたしが豆を投げるから、あなた、鬼になりなさい」

「え?」


 言うが早いか──。

 気のせいか、俺の髪が数本はらりと落ちた。

 俺の顔の数ミリ隣を恐ろしい速さの豆が通り過ぎて行く。


「行くわよ?」


 投げて来た!

 掛け声の前に投げて来たよこの人!

 俺を殺す気満々だ。


 何故かって?

 その手には、パチンコが握られていたからに決まっているだろ?

 普段はパチンコ玉なのかって?

 聞くなそんな事、鉄球でも飴玉でも凶器は凶器だ! しかも狂気に染まって撃って来るし!


「変ね。今年の鬼は少々厄介かしら。本気で狙わないと、あたしの福が逃げちゃうわ」

「そんな事ねーから!」


 俺の言葉は耳に入っているのかいないのか、神薙の奴、容赦が欠片も見られないんですけど!


「鬼は外!」


 二つの豆が同時に放たれる。

 俺は何とか回避した。


「避けちゃダメでしょう。福は内!」


 三つの豆が唸りを上げて飛んで来る。

 一個が俺の首筋に命中し、途端に赤く腫れあがる。


「痛え!?」

「払い給え清め給え玉垂たまたれの大神、我神薙飛鳥が奉仕部の鬼、水内を邪鬼と共に掃い奉る」


 俺は神薙の目を盗み見た。

 目が鋭く俺を射ている。

 こいつ、本気だ。


「鬼は外!」


 外れた豆、もとい植物性蛋白質の弾丸が壁に当たり、木っ端微塵に砕け散る。

 バカな。

 で、俺は見た。

 パチンコのゴムが短くなって、二重にされているのを。


 恐ろしい子……神薙飛鳥!


 俺は逃げた。部室の奥に。

 ──って、奥?

 奥に出口など、あるものか!


「チェックメイトね」


 台詞違うから!


「福は内!」

「待った!」


 俺は必死で慈悲を請う。


「神様仏様神薙様、どうかお痛は止めてください!」

「鬼は外!」


 神薙は滅茶苦茶嬉しそうに笑ってた。

 でも。


「そんな殺生な!?」


 神薙は非情だった。

 大口を開けた俺の口に、残った大豆をまとめて突っ込む。俺は泡を吹いて倒れた。こうして節分の豆撒きの幕は無事、おりたのである。


 ──*──


「酷い目に合った……」


 俺がぼやくと、


「酷い目? それはどういう意味かしら。水内君」


 と、厄の張本人が言ってのける。


「いや、大豆美味しかったなーって」

「良かったじゃないの。それで、奉仕部の活動は?」

「近所の幼稚園に鬼役として行くんだよ、今から。神薙も準備しろよな?」

「わかったわ」


 と、神薙が鬼の面を机から取ろうとする。


「いやお前、お面なしで大丈夫なんじゃね?」


 俺は尻を思い切り脚で蹴られた。


 ──*──


「こんにちはー!」

「御機嫌よう」


 俺は神薙と二人で奉仕部の活動に入る。


 途端、ちっこい水色のスモック姿が走り回っている。

 こいつらは口々に、好き勝手言ってくれている。


「おにがきたー!」

「うわー!」


 そう。全体が、わきゃわきゃしているのである。

 ここは近所の幼稚園。


 保母さんの指示で、鬼の面をつけて待機中の俺たち。

 一方で、園児たちは落花生を持って今か今かと俺たちの登場を待ち望んでいるわけだ。


 で、本番。


「鬼だぞー!」と俺が面をつけて正面のチビッ子を脅す。

 すると、声が低かったのか、慣れていないのか、その園児はワンワンと泣き出した。


「泣かせてはダメよ? 水内君。ほら君も。いつまでも鬼の前で泣いていると、食べてしまうわよ?」


 面を被った神薙が続ける。

 ……その子は火が付いたように泣き出したのだが……保母さん、ごめんなさい。


「さぁ、豆をぶつけて鬼さんを追い払いましょう。鬼は外!」


 バラバラバラ……。


 てんで当たらない。

 と思ったらウソだ。数の暴力に負けて、滅茶苦茶に落花生攻撃を食らう俺と神薙。


 神薙は落花生が命中すると、投げてきた子に的確になにかを投げ返していた。

 神薙のポケットから落ちたそれは、ビニールで包装してある黄金糖。金色の飴ちゃんだ。


「今どきのMOBはやられたらゴールドを落とす物よ?」

「俺たちは雑魚キャラかよ!」

「少なくともBOSSじゃないわね。水内君、あなたはなにも用意していないの、サプライズ」

「あるわけねーから!」

「サービス心が足りないわね、奉仕部の一員として、そのあたりの精神が欠けているわ」

「なにを言っているんだか」


 俺たちはその場で言い合う。


「おにがにげない~」

「おにはおはなしちゅう~」


 俺たち二人はハッとする。


「うわ、やられた、逃げろ!」

「鬼は逃げまーす!」


 俺は神薙と共に、残りの黄金糖を床にぶちまけて園児たちの教室を出たのであった。


 ──*──


 俺と神薙は並んで学校に……部室に戻る。


「なあ神薙、奉仕ってなんだろうな?」

「奉仕とは──」


 スマホの画面に指を走らす俺に向かって、神薙がスラスラと述べる。


「奉仕とは、なにも求めないで、人のために尽くすこと」

「奉仕とは、報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の労働を行うこと」


 俺と神薙は顔を見合わせる。


「……大体合ってるな」

「それはそうでしょう。水内君には難しいかもしれないけれど、簡単な概念だもの」


 神薙が片目を吊り上げて言った。


「なあ神薙、お前どうして奉仕部なんて入ってるんだ?」

「水内君とは違う理由」


 鼻で笑われた。


「なんだそれ」

「その内、見返りを求めて自分のためだけに労働を行うようになる予定だから、今のうちに奉仕活動をしておこうと思って」


 俺は神薙のこの場に感動すら覚えた。

 だから、俺も本当のことを言う。


「俺は──」

「『なんとなくいるんだ』」


 俺と神薙の言葉が被る。


「正解。……どうしてわかった」

「水内君、単純だもの。そして、先ほど私が行った奉仕部に私が参加している理由も嘘」

「嘘?」


 神薙に嘘を吐かれた! でも、神薙が嘘を言うのも珍しい。


「私もそんな御大層な理由からじゃなくて、『なんとなく』参加しているの」

「そうなのか?」


 神薙は理由あって部活動に参加しているものとばかり思っていた。


「意外?」

「いいや?」


 でも、なんとなくだけど納得できる。


「どうして?」

「だって神薙、楽しそうだから」

「そう! 人は楽しそうだから、その活動に参加するのよ! わかったでしょう。本当の奉仕の意味が!」


 そう。


「楽しそうだから奉仕する!」

「ちょっと違う。人の楽しみに乗っかるために、もっと言うのなら、自分も楽しむために奉仕する!」

「そっか、他の人や存在があって初めての奉仕か!」


 俺は手を打った。


「そうよ。私は毎日水内君がバカやりに来るのを見るために奉仕部の活動に参加しているの」

「酷でえ」


 神薙の言葉には容赦がない。


「酷くない酷くない。でも、面白いでしょう。そう思えたのなら」

「そうだな。俺も、お前がバカに付き合いに来るのを楽しみに、今日も一人で節分の豆撒きの準備をしていたからな」


 俺は思い出すように口にする。


「ホント、水内。バカだったわ」


 神薙が笑って見せた。


「悪かったな!」

「怒らない怒らない」

「ほら、笑って笑って。福は笑うものよ?」


 今、笑顔がある。

 笑顔は一つよりも二つの方が良い。

 そして、二つよりも、もっと多くの方が良いに決まっているのだ。

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