第1話 :入学式と先生

「いってきまーす」

 玄関を開けると予想よりも冷たい外気が肌を刺す。


 入学式の今日、俺は予定より少し早く家を出た。

 高校の制服は、紺のブレザーに赤のネクタイという人気の組み合わせだった。俺は別に気にしないけど。

 まぁ、それなりに着やすいので気に入っている。


 最寄り駅までの道中、制服の違う学生を何人か見かけた。県立高校は、今日はどこも入学式らしい。

 駅まであと何100メートルかのところで、後ろから背中をたたかれた。

「おーす、おはよう! 悠人!」

「うわっ! びっくりさせんな! 南野!」

 聞き覚えのある声に俺は大きく反応した。

 背中をたたいてきたのは、中学校の時の同級生、元中学野球部主将の南野 大輔だった。坊主ヘアスタイルが今日も決まっている。

 南野は、俺の中学時代の数少ない友人だ。こいつは俺とは違う地域でも有名な、野球の名門校に進学した。

 南野の学校の制服は学ランで、彼の見た目にとても似合っていた。


「いやぁー、悠人! 俺らいよいよ高校生だってよ!」

「あぁ、まだ現実味無いよな」

「ついに俺も甲子園の舞台に立つ日が来るのかー! ここまで長かったなー」

「いやいやいや、全然まだだろ」

 南野は適当なとこが多い、そんな性格だ。


「悠人とは高校で離ればなれになっちゃうけどさ、家は近いしまた遊ぼうな!」

「そうだな、またすぐに遊ぼうな」

 そんな話をしながらをしながら歩いていると、駅が見えてきた。

「じゃーなー悠人! 俺バスだからー!」

「おー、またなー」

 そう言って、南野はバス乗り場の方へ向かっていった。


「……よし」

 南野が見えなくなって、俺は改札の方向に向かって歩き出した。

 南野も高校で甲子園出場という目標を掲げて頑張ろうとしてるんだ。俺も頑張らなくては。よし。

 再び気合を入れなおし、スクールバックから定期を取り出し……。

 定期を取り出し……?

 定期が、ない?

「……」

 俺は言葉を失ったまま改札前で立ち尽くした。

 定期、家に忘れた……。




 定期を家に取りに帰り、再び駅に着いたのは入学式の始まる45分前。

 この駅から学校の最寄りまで40分、さらにその駅から5分ほどかかる。

「終わった……」

 遅刻確定の4文字が体にのしかかる。

 俺は、重い足取りと絶望の表情で、電車に乗り込んだ。




 電車に揺らえれることピッタリ40分。電車は学校の最寄り、『西浪川せらがわ』駅に到着した。

 電車のドアが開くと同時に、私は車両を飛び出した。

 すでに遅刻は確定しているが、急ぐ。せめて入学式中には間に合わなくては!

 階段を駆け上がり、改札をすべり抜けるように通過する。

 駅から出ると、後は全力疾走。学校までの道のりは一本道なので迷うことはない。

 学校までの道があと半分ほどになって、疲れてきたのか足がうまく回らなくなってきた。

 それでも一歩一歩しっかりと地面を蹴って走り続ける。あぁ、校門を視界にとらえた。校門には、1人先生が立っている。力を振り絞ってラストを走る。

 と、唐突に横を影が通った。影はビュンッ、という音とともに駆け抜けていき、一瞬で俺よりも先に校門のゴールを切った。

 その光景を視界に収め、体力を使い切ったからか、意識が遠のいていくのを感じた。

 最後に見たのは、朝に見た南野によく似た、汗の光る美しき坊主ヘアスタイルだった。




 気が付くと、俺はベットに横になっていた。

「ん……」

 身体にかかっていた布団をはがし、起き上がる。寝起きの頭で、まだ視界がぼやけている。

 カタカタとタイプ音だけが響く。ここにずっと居たい。落ち着く。


 起きてから数分が経って、やっと頭が覚醒した。俺は少し前の事を思い出そうとする。

 確か、高校の入学式に遅刻しそうになって、駅から走っていた。校門の前に差し掛かって、黒い影が俺を追い抜いた。それで、ここに来た、と。ここって多分、

「保健室?」

「お、やっと起きたか」

 俺が呟くと、タイプ音が急に止まって、若い女性の声が聞こえてきた。

「おはよー、よく眠れたか? もう入学式終わっちまったぞ」

 シャーッ、とカーテンを開けて現れたのは、ジャージ姿の女性だった。

 女性の髪形は、髪を後ろに1つでまとめており、前髪は分けている。

 顔立ちは、化粧っ気がないのに美しい。

 美人だった。

「おはよう、ございます?」

「おう、おはよー。身体のほうは大丈夫か? 頭とか痛くないか?」

「あー、大丈夫です。ありがとうございます。あの、俺、なんで保健室に?」

「ばか、お前校門前で急にぶっ倒れたからだよ。千切せんぎりセンセー、あ、保健のセンセーな? が言うには、ただの貧血だそうだから、一応ベットで寝かしたわけ」

「そうだったんですね。ありがとうございました。先生、ですよね?」

「あ、自己紹介まだだったな。高木たかぎ 柘榴ざくろ。お前の担任だ。1年間よろしくな」

 にぃっ、と笑いながら高木先生は俺に右手を差し出して……、担任?

「担任⁉」

「おう」

 軽々しく高木先生は言った。

 マジか……。終わったわ俺の高校生活……。最悪の印象じゃん。ってか、入学式参加してないからどのみちヤバいやつじゃん。『入学式に遅刻してぶっ倒れたやつ』って言われながら3年間を過ごすんだ……。絶対みんなから距離取られるわ……。

 人間観察は距離感が大切なのに、これではここの学校に来た意味が……。


「あ、そういや、お前をここに運んできたやつもうちのクラスだから、明日会った時、お礼言っとけよ?」

 俺が絶望に打ちひしがれていると、高木先生がそう言ってきた。

「え、先生が運んできたんじゃないんですか?」

「ばかか。男子高校生なんて女が担げるかっての。お前と同じく遅刻してきたやつが運んでくれたんだよ。えーっと、確か名前は……、渡延とのぶ 脩軌しゅうき、だったか?」

「わかりました」

「おう、じゃあ、今日はもう帰れ。また明日な」

「うす」

 そう返事をして、ベットの横に置かれた自分のバックを手に取り保健室を出た。





 校門を出て、スマホを取り出す。

 さっき起きてから時間を全く確認していなかったのだが、今は午後3時過ぎ。

 いろいろあって疲れたので、駅前の自販機でドクターペッパーを買ってから、素直に帰ることにした。




「ふーっ、ただいまー」

 返事はなかった。

 廊下を歩き、リビングに顔を出す。

「ただいま」

「あら、おかえり。早かったのね」

 リビングには、母親が机でパソコンをいじっていた。

「あぁ、今日は入学式だけだったからな」

「そう。今から私は仕事行くけど、夕飯は適当に食べておきなさい」

 そう言って、母親は札をポン、と机に置いた。

「あー、わかった」

「じゃあ、行ってくるから」

 はいよ、という俺の返事を聞く間もなく、母はバックを持ち、玄関を出て行った。




 俺の母親はいつもあんな感じで、仕事第一、お金をポーン、な性格だ。

 俺を育てるうえで一番うれしかったことは、手がかからない子だったこと、だそうだ。

 なんだかなぁ、と常々思っているが、仕方ない。

 俺は今日も絵を描きつづける。




 自室の机の上に、鉛筆と紙、消しゴムを出す。

 しっかりと描き込むデッサンは、描けば描くほど絵がうまくなる、と山岸先生に教えてもらったので、毎日描きつづけている。


 今日描くのは、先ほど自販機で買った、ドクターペッパー。

 円柱というはっきりとした形状と、金属の質感。それらをどれだけ描き込めるか。

 ワクワクする。

 俺は鉛筆を握った。




 今日は本当にいろいろなことがあった。就寝前、ベットの上で思い返す。

 入学式初日から遅刻をして、気絶をして、担任に会った。うん、やばいな。

 明日はもっといい感じになってほしいと願う。定期は反省を生かし、もうバックの中に入れた。

 あと、明日は保健室まで運んでくれたやつにもお礼を言わなくちゃな。

 あわよくば友達に……。

 眠くなってきたので、ベットの横にある読書灯の電気を消した。


「おやすみなさい」

 そうつぶやいて、俺は眠りに落ちた。

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ここの人間関係は変です! 360words (あいだ れい) @aidarei

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