第0話  仙治 悠人という男。

 仙治せんじ 悠人はると。趣味は人間観察とスケッチ。

 今年から高校生の15歳。好きなものはコンビニのパンとペットボトルのミルクティー。

 個性の全くない、男だ。


 そんな俺は春から、県立 西浪川せらがわ高校に進学する。


 西浪川高校は自宅から電車を使って1時間ほどのところにある高校だ。

 自宅は東京都にあるが、頑張って受験した。

 すべては新たな人間関係のために。




 3年前


 小さい頃から絵をかくのが好きだった。

 暇さえあればスケッチブックを取り出し、絵を描いていた。

 小学生までは自由に楽しく絵を描いていたが、俺は中学校で1枚の絵に出会う。

 それは美術室に飾られていた絵画だった。美術の授業の後、たまたま飾ってあるのを見つけたのだ。

『月光』。タイトルはそう書いてあった。

 キャンバス上の月明かりのもとで踊る女性は、生きていると思えるほど美しく、自然だった。

 俺はその絵に見とれていると、後ろから美術の先生が声をかけてきた。

 美術の先生、山岸先生は50代くらいの男性の先生だった。

「仙治君、この絵は好きか?」

「はい。とても。俺もこんな絵を描きたいです。」

「そうか……」

「どうやったらこんな絵を描けますか?」

「そうだな……。いっぱい人を観察しなさい。生の人間を描きたいなら、生の人間をよく知らなくてはならない。それと、スケッチをしなさい」

 そう言って、山岸先生は1冊のスケッチブックをくれた。

「大まかな線だけで物を伝えられるようになれば、君にもこんな絵が描けるよ」


 俺はその日から、クラスメート、先生、通行人、すべてを観察し始めた。

 授業中、通学中問わず、ずっとだ。

 しぐさ、言動、声色。見た目だけじゃない観察を始めた。

 そして、休み時間になればスケッチブックを取り出し、スケッチをした。

 人とあまりかかわらず、3年間ずっと続けた。


 3年間で実力は著しく伸びた。だが、あの『月光』には遠く及ばなかった。

 もっと絵がうまくなりたい。もっと、人を観察したい。

 そう思った俺は、今とは全く環境の違う高校へ進学することに決めた。




 4月6日 (土)


 自室のデスクのパソコンで、俺はツイッターを眺めている。

 明後日に入学式を控えた今日、朝から描いていた絵が完成したので、今は休憩していた。

 とても速いスピードで流れていくタイムライン。そのほとんどが新入生関連のものだった。

『新入生集まれー!』

『新入生の人と繋がりたい』

『友達になりましょー!』

 すでに新入生間ではラインの交換などが行われているようだった。

「……すげぇな」

 純粋な感想はそれだった。まだ入学前なのに皆、人間関係を作ろうと必死になっている。

 つまりは高校とはそういう場所。中学校とは全く違う。

 人間関係がすべてなんだ。

「観察のし甲斐がありそうだな」


 心臓がドキドキしている。

 今までとはすべてが違う、新たな人間関係との出会いに。

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