第7話 最も料理を上手くする調味料

しばらく、先輩の背中を列を成すひよこのようについて行くと、見覚えのある店に辿り着いた。

見覚えがあるのは、当然の場所だった。なぜなら、ここは『淀川屋よどかわや』の姉妹店の『大谷家おおやけ』だったからだ。

ここは、夏姉のお父さんの旧名の苗字が店の名前の中華屋で、ここの店長は夏姉のお父さんがやっている店なのだ。

僕もアルバイトとして、稀にこちら側にも来ることがあるので、大変馴染み深い場所なのだ。

しかも、このお店は『淀川屋』と同じくらい大繁盛している、彼岸花町でも陰ながら有名な俗に言う隠れ名店なのだ。

そう考えると、夏姉の血筋は相当繁盛の才能があるのだろうと、目に見える。

……夏姉は、その血を継げてるのだろうか……。

僕は少し不安になりながらも、先輩が昔ながらの木製の引き戸を引き、入ろうとしていたので、僕も続く。

「おぉ、ほんとに嬢ちゃんと一緒に来たかハル! 嬢ちゃん、約束通りキッチンは空けてある! 好きに使いな!」

入った瞬間に慣れ親しんだ、夏姉のお父さんの声が僕たちに飛んできた。

そして、僕は言葉の意味がわからなかった。

今わかるのは、瀬野先輩のことを店長は嬢ちゃんと呼ぶこと。

恐らく、先輩は連絡を店長にしており、ここに来ることを伝えていたのだろう。でなければ、こんな昼時にほとんどお客さんが居ないなんてありえない。

あらかじめ、常連客辺りには今日は来ないように協力して貰ったりしたのだろう。

先輩の行動力や統率力やがいかに凄いものなのかを、またしても再確認させられた。

そして、僕が1番理解できない言葉が順を追って整理して言ったが、やはり理解できない。

キッチンを空けてある?

先輩が料理を振る舞ってくれるのだろうか?

いや、今日は僕のレディーファーストが出来るのかを調べる言わば、試験のような形のデート。

ましてや、先輩の手料理を頂くなんて、先輩から見て面倒な犬くらいの僕が許されるわけが無い。(自分が面倒な性格なのは理解済み)

いや、先輩の料理センスが壊滅的でそれでも残さず食べるかの試験か?色んな部分が完璧な先輩。1つくらい欠点はあるだろう。それが料理。と言うわけか。

そんなことを、いろいろと考えていると肩をいつの間にか、背中側に回っていた先輩にちょんちょんとつつかれて、振り返ると、エプロンとバンダナが用意されていた。

先輩のカバンが不自然に膨れていたのは、このエプロンのせいだったのかと、今日生まれていたもやもやが1つ解決した。

その後、嫌でも理解出来た。キッチンは僕のために用意されていたのだと。

僕は、理解こそしたが、若干困惑しつつも、エプロンを受け取った。

「晴也くんの手料理が食べてみたいの。ナツキちゃんから聞いたよ? ナツキちゃんと同じくらいに料理が出来るって」

料理は僕が唯一自信を持って得意だと言えるものだ。

しかし、プロレベルという訳でも無ければ、夏姉に腕前は1度も上回ったことは無い。

夏姉は、応用力を極めて、僕は基本を徹底したからだ。

僕は、紙や携帯アプリ等に書かれたレシピ通りのものしか作れない。から、食材が少しでも不足すると、無力同然になる。

しかし、夏姉は応用力の塊と言っても良いくらい、料理と言う分野に関しては天才なのである。

意外な食材で、不足した食材の代用をしたり、調味料の組み合わせで魔法のように旨味を深める液体を生み出し、ただですら上出来の料理を更に上手くアレンジしたり、僕は彼女に敵わないなと、思わされるほどの存在だ。

そして、そんな夏姉と先輩は親友。夏姉とは、稀に共に昼食を取る。夏姉はその時は、自作のお弁当を持っていく。

1度くらいは、先輩も夏姉の料理を食べたことがあるのは簡単に予想できる。

つまり、僕は今。夏姉の腕と同レベルのもの又はそれ以上のものを出さなくてはいけない。

普段なら、夏姉が余計なことを言ったから今の自分が苦しんでいると、考え殺意を抱くが、今の僕にはそんな余裕すら無かった。

お客さん《せんぱい》から、エプロンを受け取った時点で、僕は1人の料理人。なら、余計なことなんて考えず、お客さんもそして僕自身も納得のいく料理を、作る。ただ、それだけだ。

食材を無駄にすることは許されない。厨房で余分に食材を捨てるのは淀川屋も大谷家もタブーであり、僕の中で決めた掟だから。

チャンスは1回きり、僕の今までの料理の経験値を皿に乗っける。

僕は、覚悟を決めてエプロンを着て、バンダナを強く締めた。

「先輩! ご注文は?」

「君の1番得意料理で!」

先輩は、優しく笑ってそう言った。

「かしこまりぃ!」

僕は、1人の料理人として、キッチンに立った。

そして、今回作る料理の食材を業務用冷蔵庫から取り出してきた。

その後、料理中では邪魔でしかない伊達メガネを外し、食材を睨みつけるくらいに眺めながら、精神を研ぐ。

僕の1番の得意料理。これは、誰がどう言おうと、炒飯だ。

アルバイトを始める前から5歳の時から、ずっと炒飯だけは作り続けて、研究を重ねていた。

だから、これに関しては、ギリギリ夏姉と対等までのレベルのものは作れる。

しかし、僕が今日作るのは、夏姉を超える炒飯。

先輩には求められていないが、美味いに越したことは無いだろう。それに僕自身がどうしても振る舞いたいのだ。先輩に夏姉を超える最高の炒飯を。

「さて、やりますか」

「ハルの野郎、あんなにも色付きやがって。心配しなくても、おめぇの料理は」

僕はありったけの経験値を、1番作って改良を重ねたのレシピを頭から引っ張り出し、炒飯を寸分狂わすことなく作り上げる。

僕の経験上、最も美味しい刻み方、サイズ、火加減、タイミング量で、米,醤油,ゴマ油,長ネギ,卵,塩,こしょう,粉末鶏ガラスープ,トッピング用の小ネギと紅しょうがを組み合わせ、皿に盛る。

ここの中華鍋を使ったので、いつも以上に米がパラパラになった。

見た目こそシンプルだが、味に関しては今までのに作った、炒飯で1番美味いことは今までで、1番自分の炒飯を見てきた僕は確信している。

本来ならば、中華スープなどを、添えておくべきなのだろうけれども、僕の最高傑作をそのまま味わって欲しいため、何も添えずに、提供することにした。

「お待たせ致しました!炒飯になります」

提供を終えた後、僕は料理人から一般人の高校生になる為に、エプロンとバンダナを外し、先輩の前の座席に座った。

そして、さっきまで張りに張り詰めた緊張を解くために、大きく息を吐く。

「どうぞ、召し上がれ」

「…………晴也くん、メガネは? 付けなくて大丈夫なの?」

僕は、自分の顔をぺたぺたと触り自分がメガネをつけ忘れていることに気付く。

そして、僕は大急ぎて顔を隠しながらメガネの置いている場所へ向かい、メガネを付けてから、再び席に着き、店長に炒飯を注文した。

「では、頂きます」

「どうぞ、お熱くなっておりますのでご注意下さい?」

僕は先輩の反応を見る為にしばらく様子を見ることにした。

先輩はしばらく何も喋らない屍のようになってしまった。

……失敗したか?

いや、流石に喋ることの出来ないほどの不味いゲテモノは作っていないだろう。

決めつけは良くない。辛抱強く、様子を見よう。

しばらくして、先輩の頬には涙が流れてた。

僕は、情景反射で椅子から飛び出て土下座をした。そして、大声で謝った。

「すみませんでしたぁ!」

先輩は不思議そうな表情をし、首を傾げる。

そして、ハンカチで涙を拭った。

「どうして、謝るの?」

「僕が作った料理で、先輩が泣いた。ならば、料理人として、1人の女性を愛するものとして、謝るのは当然でしょう?」

「違う、違う、この炒飯があまりにも美味しいくて、泣いちゃったの。こんなに、美味しい炒飯お世辞無しで初めて食べたから。ありがとう、晴也くん、凄く美味しいよ」

彼女は、今までにないくらいにとびっきりの笑顔で笑ってくれた。

ドクンッ……

そう言えば、昔小さい頃に、ここの店長に言われたな。

『料理で最もおいしくする調味料は愛だ』と。

今思えば、僕は先輩に美味しいと思ってくれるようにと、ずっと思いながら、作っていた。

だから、今まで1度たりとも超えることの出来なかった夏姉に今だけは勝てたのかもしれない。

昔の頃は、この店長は何バカげたこと言ってるんだろと思っていたが、今なら愛は真の調味料だと言える。そんな気がした。

「ほい、炒飯。今日は俺の奢りだ!ごゆっくりぃ!」

あのケチで定評のある店長の奢り……だと?明日は、グングニルでも降ってくるな。

その後、僕の料理や先輩の料理事情などの他愛ない会話を繰り返しながら、昼食を終え、大谷家を後にした。

「う〜ん、お昼も食べたし、スタンプラリーの受付場所に行きながら、なんで晴也くんが伊達メガネを付けてるのか聞かせてもらおうかな? 時間はたっぷりあるし」


そう言えば、僕、達成感に満ちて安心してたけどとんでもない凡ミスで首を締めていたんだった。

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運命の相手に僕は化ける。 柏木 慶永 @Keito_702

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