第6話 本に賭ける思い
彼岸花町に着いた僕は、真っ先に時間を確認した。
腕時計を確認すると、10時30分だった。
何をするにしても、とても中途半端な時間なため僕は、今からどこに行くことを提案するか考えさせられた。
昼食にしては早すぎる。
映画を見るにしては、時間がなさすぎるし、僕は今何が上映されているのか知らないため、運が悪ければ提案したことで自分の首を絞めることになる。
カラオケに関しては可能ならば僕は絶対に提案したくない。
理由としては、小動物くらいなら無力化できそうな歌唱力を誇っているからだ。
考えるまでもなく、未知である好感度を大きく下げることになる。
それは、何としてでも避けなくてはならない。
ここは、僕からしたら最低な行動に見えるが先輩に考えがあるか問いかけることにしよう。
この町に来ているのだ、先輩も何の目的もなく来た。と言うわけではないだろう。
僕は、ある程度思考をまとめ、先輩に問いかける。
「ここに来たのは良いのですが、先輩。何か買いたいものがあったりしないんですか?」
「う~ん。ここに来た理由は二つあるんだけど、どっちもお昼からのことなんだよねぇ。強いて言うなら、本屋さんとかに行きたいかなぁ。最近、本あんまり読んでなかったから」
「なら、本屋さんに行きましょう。あっち方向ですね」
僕自身、この町の本屋さんには頻繁に来ているので、位置は全店舗把握している。その中で最も品ぞろえが多く一番この駅から近い本屋の方向を指さして、歩み始める。
「でも、欲しいのは、これ! って本が無いんだよねぇ~。せっかくだから、晴也くんに買う本選んでもらおうかな!」
「え? 僕にですか?」
隣に並んで歩いている先輩からの唐突な要求に、思わず困惑しつつも、歩み続ける。
「ナツキちゃんから聞いてるよー? 晴也くんって、すっごい本読んでるって!
だから、おすすめな本。選んでよ」
本。と言っても、小説を筆頭にし、文献や詩や漫画など様々な種類の本があり、その中で文字通り無数に書斎が存在する。
そして、本の好みと言うものは人の感性によって変わる。その中で、僕のおすすめが先輩の好みと合致するだろうか。
僕は、何故か一般的にマイナーと呼ばれる書物を好むため、有名どころの作品と言うものはどうも合わなかった。もちろん、全部の有名どころの作品が合わないのではない。合わないのは7割くらいだ。
本を読み続けて数年たった頃から、僕は作者のある一つの考えだけが見えるようになっていたのだ。
それは、作者がこの本を商品として見ているか、作品として見ているかだ。
作家として生きていくのなら、当然なことだが売れなくては生きていけない。
だから、大半の作家さんは書きたいことを書くのではなく、読者を楽しませることを書くことが多い気がする。
別に、それが悪いとまでは言わない。実際に読者を楽しませて、書いた本人も幸せに生きていく、誰も不幸にならない作品の完成なのだから。
けれども、僕から見ればどうしても、その考えが本に賭ける情熱に欠けているように見えている。
だから、僕にはそういった作品は合わないのだ。
しかし、マイナーと呼ばれる作品はどうだろう。そう言った考えを持った作者さんは一気に減って行く。
大体のマイナー作品には、作者からのこれでもかと言うくらいの訴えが、とんでもないくらいにこの作品を作り上げることが好きだ!好きすぎてたまらない!と言う告白が、作品に溢れ出てきている。
ちなみに、さっき言った合わない7割の有名作品を除く3割の有名作品と言うのも、こちら側の考えの作者が書いたであろうものである。
僕はそういった作品に惹かれる、言わば少し感性の変わった人間なのだ。
ましてや、僕らは紅葉ヶ丘高校の生徒。読みたいと思ったほぼ全て作品は簡単に借りれる図書館がある学校の在校生。
このことから、先輩が満足する作品かつお金を出すまでの価値を見出せる作品かつ、先輩も読んだことのない作品であるものを探し出さなくてはならない。
そんな大役、僕に成し遂げれるだろうか、僕は不安を膨らませながら、乾いた声で「任せてください」と言った。
駅から、歩くこと約100メートル。先輩におすすめする本をどれにするか悩みながら、僕はあることに気が付いた。
「先輩って、結構歩くスピード早い方なんですね」
レディーファーストと言うものはわからないけれども、先輩に早歩きをさせたりするわけにはいかないので、歩くスピードを先輩に合わせていたが、イメージよりもかなり早かったので、話題にしてみた。
「あ、ごめん。早かった?」
「いえ、僕は大丈夫です」
「私はてっきり、ナツキちゃんとずっと一緒に居るから、晴也くんも歩くのが早いんだと思って頑張って歩いてたんだー」
夏姉は競歩でもしているのかと思うくらい歩くのが早い。おかげさまで、夏姉と一緒に歩くときはずっと早歩きを強いられている。
「確かに夏姉は歩くの早いですけど、僕は普通? なんで、先輩のペースで歩いてください。合わせますので」
そういうと、先輩は大きくため息を吐いた。
相当頑張って歩いていたんだと考えると、少しもうしわけなさが湧いてくる。
「なぁんだ、晴也くんは歩くの普通なんだ、だったら無理してこの靴はいてこなくてよかったね。でも、お昼からは歩くし、いいか! そう考えとこ!」
「えっと、その靴って何か特殊なんですか?」
「これって、見た目はおしゃれなスニーカーなんだけど、この靴ものすっごく軽くて運動専用のなの! ナツキちゃんと、歩くときはこれじゃないと靴擦れとかいろいろしちゃうんだぁ」
「なんか、すみません。あのアホ姉が迷惑をお掛けし苦労させちゃって……ところで、昼がどうとか言ってましたが、昼からの予定を聞いても?」
「あぁ、お昼からはこれをしよかなって」
先輩は、鞄からチラシのような四つ折りになった紙を開き、僕に見せた。
「スタンプラリーですか。いいですね(二重の意味で)」
「私、この町のことそんなに詳しいわけじゃないし、この期にこの町をじっくり探索するのもいいかなぁと思って。それに、晴也くんもどこに行くか困ってそうだし」
「ごもっともです。実は僕、夏姉以外と出かけたことが無いので、普通の女性とはどこに行けばいいのか全く分からなくて、正直お手上げだったんです」
「……ナツキちゃんに失礼だよ? そんな言い方」
「では、聞きますが、一般人の女性に夏姉と一緒の時と同じ振る舞いをしたら、その人は壊れませんか?」
「…………………………………………」
少し、気まずい空気になりながら、本屋に着いた。
この本屋さんはどこか落ち着く香りがする木造建築で僕はすごく気に入っている。
空気を変えるために、と言うのと、僕の心を切り替えるために、新たな話題を振る。
「先輩から見て、空き瓶
僕が知っている先輩の小説関係の情報は原作が小説のこのドラマを先輩が見ていると言うことだけだ。
この情報から、先輩の好みの系統を推察する。
幸いなことにあの作品は幅広いジャンルを混ぜ込みごはんした作品なので、好きなシーンを聞いて、好きなジャンルが大まかではあるが推測できる。
「? 面白かったよ?」
「えっと、特にどこのシーンが面白かったですか?」
「うーんと、あのシーン。主人公が狼になる魔法をかけられて、言葉も話せなくて皆が怖がって避けたりイジメたりしたのに、ヒロインちゃんだけが、主人公だって気づいて、抱きしめたシーン」
「あぁ、あのシーンですか……となると、
僕は、先ほどから考えていた候補であり、先輩の好みに合致するであろう本を手に取るために、置いている場所に迷うことなく向かい、藍耶摩先生の「音無き君に」を手に取り先輩に見せる。
この作品は、耳の聞こえない男の人が主人公で話すことも聞くことも出来ないのだが、ある日一人の女の子と仲良くなり好きになってしまい、好きですと言う言葉を口に出すために聞こえないのに喋れるようになる。その後、結婚して、ある日その女の子の声をこの耳で聞いてみたいとその女の子と腕のある医師に言って、かなり難しい手術を受け、彼女の協力を受けて無事手術が成功し、音が聞こえるようになり、愛する人の声を初めて聴き涙するというお話。
有名ではないが、心に来る素晴らしい作品だ。
「先輩、この本は読んだことありますか?」
「うーうん、無いよ?」
「なら、これをおすすめしますよ。あのシーンが面白いと思うなら、たぶん楽しめる作品かと思います」
「じゃあ、それ買っちゃおうかな」
「……一つお願いしてもいいですか?」
「ん? 何?」
「僕は、その作品で泣きましたが、先輩も気に入るということが絶対だとは残念ながら言い切れません。なので、プレゼントと言う形で今から僕がおすすめして買う本を、先輩の代わりに僕が買ってもいいですか?」
「ふーん……私からもいい?」
「なんでしょう?」
「この本以外にも晴也くんのおすすめする本を何冊か買う予定なんだけど、その本たちが面白かったら、次も私と一緒に本屋に来てくれない?」
……それは、僕を財布としか見ていないということか?
「あ、違うよ? 次があるなら、その時は私がお金を出すよ?」
この人、実はエスパーなんじゃないかと僕は少し疑ってしまった。
「では、なぜ?」
「えーっと、何人かに私、本のおすすめを聞いたことがあるんだけど、私が結構色んな本読んでるせいで、みんな、私の読んだことがある本しか紹介してくれなくて、その、晴也くんなら私の知らない面白い本に出合わせてくれるんじゃないかと思って……ダメ?」
僕は、先輩の上目使いに顔を赤くなったのが咄嗟に分かったので、顔を隠しながら、首を縦に振った。
その後、僕は何冊かの本を先輩に紹介したり、読んだことのある本たちの話題で盛り上がりながら、本屋での買い物を済ませ、本屋を後にした。
そして、再び時計を見ると丁度昼食時になっていた。
「私、お腹すいちゃった! あ、私行きたいお店があるんだけど、いい?」
「はい、もちろん。どこへでもついていきますよ」
「そう、良かったー」
そして、僕は先輩の後ろをひたすら付いて行った。
すると、見覚えのある店に辿り着いた。
この時の僕には、先輩がこの店をチョイスした理由がわからなかった。
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