《2/ずっと奇妙な感覚に囚われているのだ》
『幻の村』ことネーベル殲滅作戦を無事終えて一息ついたのも束の間、僕らは次の任務の為に、とある村の森の前に来ていた。
「ほぁああ」
隣から間抜けな声が聞こえたのでそちらを向くと、ロニが大欠伸をしているところだった。
「あー眠い。ついでに腹減った。帰ろうぜーシム」
「そんなわけにはいかないでしょう。任務を投げ出して帰ったとなれば解雇されますよ」
相変わらずなロニに僕は呆れた。全くこの人、なんでハンターなんかになったんだろう。そう思ったのは今回が初めてではない。
「それにさっき食事を取ったばかりではありませんか」
「あの量で足りるかよ。あのな、人間であるお前と違って俺は半端者だから倍食わないと、腹が減ってしょうがないんだよ。かといって血を吸うわけにもいかないだろーさすがに。教会が許さないだろうし……。あーあ、なんで母親は吸血鬼なんかと……」
「ぐちぐち言わないでくださいよ……」
僕はうんざりした。言われるこっちの身にもなってほしい。ロニは不機嫌そうに返した。
「お前が先に話ふったんだろ」
「はいはいはいはいそれはすみませんでしたね」
さてと、任務の確認をせねば。それは下っ端である僕の役目だ。
「……任務の確認をします。今回の任務は二人の吸血鬼を——」
「二匹の、だよ馬鹿」
不機嫌そうな声で訂正されてしまった。ロニの言うことは正しいので、僕は「失礼しました」と言い、訂正して続けた。
「二匹の吸血鬼を駆除することです。目撃情報によると、男と女の二匹で、男は身長一八〇から一九〇センチ、グレイのコートに黒のマフラーを着用。金髪緑眼。女は身長一六〇から一七〇センチ。鈍色のワンピースに黒のブーツを着用。白髪。目の色は不明。二匹は夜、村人の所有する家畜を吸血しているところを目撃され、村人の姿に気づくと近くにある森の中へ逃げて行きました」
「……今から森に入る。村人は森には入らないから間違える心配はない。だから目撃情報と一致する奴を見つけたら駆除しろ。いいな?」
「了解しました」
僕は荷物の最終確認をした。短剣二丁に最低限の食料と水。問題無い。
視線を感じて顔を上げると、ロニが何やら真剣な顔でじっと僕を見ていた。
「……何です? 僕の顔になんかついてます?」
「いや」
「じゃあ何ですか一体……気持ち悪い」
あ、つい本音が。しかし真剣な顔のロニなんて気持ち悪い以外の何者でもない。あのにやけ顔のふざけたロニでないと、どうにも調子が狂う。
「ああいや、五年前はあんなにひょろかったガキがよくもまあここまでしっかりするようになったなあって」
「からかうのはよしてください」
「いや、からかってなんかないさ。本心だぜ?」
言いながらロニはにやにやといつも通り笑った。そんな顔で言われてもからかっているようにしか聞こえない。
「だってシムお前、最初本当に何もできなかっただろ? 少し歩いただけで疲れるし、本よりも思いものは持てなかったし、記憶だってなかった。いっつも不安そうなツラしてたじゃないか。正直言って、無能すぎてお前が寝ている間に山にでも捨てに行こうかと思ったくらいだぜ」
いつもの冗談だと信じたい。
「普通のやつはもう二年くらいしないと、実際に吸血鬼を狩れるハンターにはなれない。非力なお前が五年でここまでできるようになったっていうの、五年前の僕が聞いたら冗談だと思うぜ」
「はあ、それって褒めてるんですか?」
「もちろん褒めてるさ」
ロニが僕を褒めるなんて……明日は槍でも降るのだろうか。何を企んでいるのだろうとロニを凝視したが、やつは相変わらずのにやにや笑いで、「そんなに見つめられたら照れるぜ」と言った。
何を考えているのかわからないが、それは今に始まった事ではないので僕はとりあえず、「ありがとうございます」と言っておいた。
ロニの言葉で僕は五年前のことを思い出した。
五年前、僕は怪我をして教会の前に倒れていたらしい。そんな僕を拾ったのがロニだった。目覚めた僕はロニに色々尋ねられたものの、何一つ答えることができなかった。僕には一切の記憶がなかったのだ。
自分の名前すら覚えていなかった。言葉は喋れるものの、生まれたての赤子同然だった。
僕の首筋にあった怪我は、どうやら吸血鬼が噛むことによってできる傷らしかった。怪我を治してくれただけではなく、どこにも行き場のない僕をロニは引き取ってくれた。そしてヴァンパイアハンターにならないかと持ちかけたのだ。
修行を積めば誰でもハンターになれるそうだ。今思えば、あの不真面目なロニがどうして僕にここまでしてくれたのか分からない。一度本人に聞いてみたのだが、彼はにやけ顔で気まぐれだと答えた。相変わらずよくわからない。
何の特技も記憶もない僕は彼の話に乗った。こうして僕はハンターとなり、吸血鬼を狩っているのだ。ちなみにシムというのは彼がくれた名前だ。短くて呼びやすいから、僕はこの名前を気に入っている。
「さ、行くぞ」
「はい」
僕らは二手に分かれて吸血鬼を探すことにした。
僕は短剣を構えながら慎重に歩く。吸血鬼は自分の存在感を消すことに長けている。いつどの方向から襲ってくるかわからない。
どのくらい歩いていただろうか。かさっ……とかすかな音を感知した僕は素早く音の方向を向いた。そこには目撃情報と一致する女がいた。不明とされていた目の色は金色だった。
僕は素早く距離を詰めると女の心臓目掛けて短剣を突き刺した。
「ドナテ……!」
女がかすれた声で何か言った気がしたが気にせず突き刺す。心臓を突き刺した手応えはあるが、吸血鬼は生命力が強いので何度も突き刺しておいた。
さすがに死んだだろう。そう思って僕は刺すのをやめた。血が流れ地面を赤黒く濡らしていく。
大分慣れてきて返り血は少なくなったが、やはりどうしてもついてしまう。気持ちが悪い。帰ったら着替えよう。
「あ、おーいシムぅ」
ロニの声がした。顔を上げると、少し離れたところの木々の隙間からロニが手を振っていた。足元に死体が転がっているのを見ると、彼も任務を終えたところのようだ。
ロニは死体の足を掴んでずるずると引きずりながらこちらの方へ来た。毎回駆除した吸血鬼の死体を引きずってくる。一度何故かと聞いたところ、上手く駆除できた成果を僕に自慢したいのだとか。理解に苦しむしやめてもらいたい。僕は死体に興味はない。
「おお、上手くできたな」
ロニは僕のところまで来ると死体を覗き込んで満足そうに言った。ロニの服には返り血がない。さすがだ。
「ははっ、笑ってやがるぜこの女、気持ち悪い」
ロニは顔をしかめることなく、相変わらずのにやけ面で僕が駆除した吸血鬼の顔面を軽く蹴った。
「やめろ!!」
ロニがきょとんとした顔で僕を見た。僕は驚いた。ロニのこんな表情初めて見た。いや、驚いたのはそこじゃない。他でもない僕が、ロニが死体を蹴るのをやめさせようとしたことに、驚いていた。別にロニが死体を蹴ろうがどうしようが僕に実害はない。
それなのに……。
「おいどうしたんだよ、シム」
「あ、いや……すみません。何でもありません、どうしてこんなこと言ったんでしょう。忘れてください」
「お前……」
ロニが怪訝そうに僕の顔を覗き込む。今日はロニの珍しい表情のオンパレードだなと僕がぼんやり考えていると、ロニは予想もしなかった言葉を僕にかけた。
「泣いてるのか?」
「はい? 誰がですか?」
「いやだからシム、お前だよ」
僕は信じられない思いで目元に触れた。僕の目元は生暖かい液体で濡れていた。
ロニはにやけ面に戻って言った。
「おかしなやつだな。今まで何匹も吸血鬼を手にかけたっていうのに、まさか今さら心でも傷んでいるのか?」
「いや、そんなはずは……、何で泣いてるんでしょう」
「シム、今日のお前なんか変だな」
ロニの言う通りだ。一体どうしたと言うのだろう。
「ええ、どうにかしてしまったようです。すみません、先に戻っててくれますか。僕もすぐに行きますから」
「ん、そうか」
ロニはそう言うと先に森を出るために歩き出した。
僕は足元の死体に目を落とした。やっぱり今日の僕は何か変だ。さっきからずっと奇妙な感覚に囚われているのだ。僕は死体の顔を覗き込んだ。彼女は聖母のように微笑んでいた。
僕は二つの死体に、何か言わなきゃいけない大切なことがあるような気がしてならなかった。
霧散 鴉羽 都雨 @karasuba-tou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます