野球のはなし

@Teturo

野球のはなし


 この世の中で、俺が一番、何が嫌いかって?


 決まっている。野球だよ。


 今年の巨人は、どうだとか

 クライマックスシリーズは西武で決まりだとか

 天気の話題みたいに野球の話をしている奴は、大嫌いだ。この世の中で、これ以上つまらない物を探す方が大変だ。一人で人生ゲームをしている方が、よっぽど建設的だ。


 そんなにつまらないのかって?


 ああ。孫子の代までさせる物じゃないね。俺は高二までやっていたから、良く分かるんだ。


 下手クソだったから、そんな風に言うんだって?


 いや、けっこう上手かったんだよ、俺。小学生の頃は、ずっとエースで四番だった。近所に俺より上手い奴なんて、いなかった。今でもたまに思い出すよ。

 抜けるような青空と、グローブの匂い。遠くなる歓声。


 中学に入って一時期、肩を壊してね。変化球の投げ過ぎだったんだな。ボールを触れなかった二ヶ月は、途轍もなく長かった。物心ついた時から、そんなに長い期間、ユニホームを着ていないことはなかったんだから。

 友達が羨ましくてならなかったよ。先生達の態度も、冷たくなったような気がしてね。勉強はできる方ではなかったから、余計にそう感じたんだろうな。

 肩が治ったら、元の雰囲気に戻ったけど、その時、自分には野球しかない。って思ったもんだ。

 全国大会でいいセンまで行ったおかげで、高校には楽に入れた。何処かって? 聞いた事あるかな・・・


 そう。知ってた? 


 凄くなんかない。俺より上手い奴なんて、ザラに居たんだから。結局、投手としては残れなくてね。でも、打撃の方は何とかなったらしい。一年の後半から、レギュラーになれた。


 女の子にモテたかって?


 あの頃は毎日、手紙を貰ったな。部の規則で携帯電話を持てなかったんだ。直接手渡しだったり、彼女の親友ってのが持って来てくれた。でも、物理的に女の子と付き合っている時間がなかったんだ。一に練習、二に練習。三四がなくて、五に筋トレだったから。

 全寮制の部屋に戻ったら、三秒以内に寝ていたよ。いや、気絶だな。あれは。チームメイトは、夕食を食べながら、眠っていたよ。漫画みたいだろ?

 それに当時の高校は今よりも、高野連を異常に恐れていたから、暴力事件と異性交遊は御法度だった。練習の後、監督が真面目な顔して、マスターベーションのやり方を教えていたよ。嘘じゃないって!


 どうして、こんな話になったんだっけ? 


 そう。俺が野球嫌いだって所からだ。高二の春には、甲子園でベスト4まで行ったんだ。俺達に勝った所が、その年、優勝していたよ。悔しかったな。その後、馬鹿みたいに練習したんだ。

 同じだけの情熱と時間をかけたら、東大にだって入れていたかもね。あ、俺はバカだから、それは無理か。でもタイムマシーン位なら、作れていたはずだ。

 その甲斐あってか、夏は決勝まで残れたんだ。相手は滅茶苦茶に強かった。ウチの投手を三人引っ張り出しても、同点に抑えるのがやっとだったんだから。

 確かその三人のうち二人は、プロまで行ったんだよ。結局延長の表に、俺がホームランを打って一点勝ち越したんだ。


 その裏に、絵に描いたようなピンチになってね。二アウト満塁。カウントはツーワンだったかな。打者の顔も引きつっていたよ。

 それはそうだ。自分が打てば、甲子園で優勝できるんだ。気持ちは痛い位、分かる。

 だが、4球目のスライダーを引っ掛け気味に振って、彼の打球はライトフライになってしまった。彼は真っ青になって、真っ赤になった。

 青くなったのは凡フライを打ち上げたせいで、赤くなったのはライトの俺が、ボールを落としたからだ。


 どうしてあの時ボールを落としたのか、よくは覚えていない。多分、勝ちを意識し過ぎたんだろうな。腕が痺れたような、視線がぼやけるような、変な感じだった。

 ただ、身体の芯が揺り動かされるような歓声だけは、はっきり覚えている。


 その後、すぐに部活を辞めた。しばらくは野球のヤの字を聞いただけで、気分が重くなった。学校では、めでたく

『ラッキュウ』

 という仇名を頂戴した。

 一浪して大学に入って、野球と言った奴の首を締めたくなる衝動を抑えられるようになってから、やっと他の楽しみも覚えられた。音楽とか、ガールフレンドとか、読書とかね。


 ・・・どれも何か物足りなかったが。


 ああ、久しぶりに会って、つまらない話を聞かせたようだ。君には悪かったが、俺は大分楽になった。


 ありがとう。


 目覚めると、穏やかな西日が顔にかかっていた。河川敷を渡る風にも、初夏の匂いがする。グランドでは子供達が野球をしていた。持って来た缶ビールも底をついた。私は立ち上がって服についた埃を落とした。

 酒の味を覚える前に死んだ、『ラッキュウ』の口笛が聞こえたような気がした。

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