第四章
第17話『明かされた過去。押し殺していた思い』
除籍になっていない以上、学内のどこかに
かすかな希望を頼りに捜索を続ける中で、和也は思い知っていた。
(俺、天戸さんのこと全然知らなかったんだな)
共に研究をしている時の姿は思い浮かぶが、それ以外の彼女をほとんど知らない。夜のコンビニへ買い物に行ったくらいだろうか。
愛里咲が
意見をぶつけ合いながらも時に笑って、楽しんで。そんな出来事も、あくまで限られた空間の限定された関係の中でしかなかったのか。
考えれば考える程心が沈んでゆく。思い込んだら一直線な性格が、この時は悪い方向に作用していた。
思わず足が止まってしまう。
(……っ。とにかく今は天戸さんを見つけることを考えないと!)
わざわざ、自らがスパイであるという機密情報を告げて消えたのだ。それは彼女なりのSOSだったのかもしれない。もしそうだとすれば、なおのこと会って話をしなければ。
まずは学内をしらみつぶしに探し、その後は――。
ピロンッ!
再び走りだそうとした時、和也のスマホにメッセージが届いた。
送信者は
『まったくもう。
あんなに取り乱して飛び出してくなんて、カズらしくないねー。
いつもなら、ちゃんと計画を立ててから動くのに。』
(舞衣……)
苦笑いする彼女の姿が目に浮かぶようだった。
『ちょっと意外だったけど……
でもまあ、一つのことに熱中したら周りが見えなくなるのは、研究してる時と一緒かな。』
そんな内容の下には、一つの電話番号が記されている。天戸愛里咲の連絡先らしい。
『あたしが掛けても出てくれない気がするんだよね、なんとなく。
今あの子を連れ戻せるのはカズだけだと思う。
リーサのこと、頼んだ!』
メッセージを読んでいて、花邑和也は目頭が熱くなっていた。仲間の優しさと心強さが身に染みる。
「ありがとう舞衣。絶対、天戸さんを見つけるから」
同期の研究生に感謝のメッセージを送ると、教えてもらった番号に電話を掛ける。
コール音が一つ、二つ……。
(頼む、天戸さん。出てくれ……!)
和也の願いも虚しく、無機質な音だけが耳に届く。
知らない番号からの着信だから、警戒しているのだろうか。それとも着信自体に気づいていないのか。もしくは、誰からの電話にも出るつもりがない?
様々な憶測が頭に浮かんでは消えていった。
(天戸さん……っ!)
そろそろ留守番電話サービスに切り替わるのではないか、というタイミングだった。
『……はい』
「天戸さん?!」
ようやく聞こえてきた声に、和也は思わず叫んでしまう。
『も、もしかして花邑さん……ですか?』
「うん! 良かった、出てくれて……繋がらないかと思った……」
『ど、どうして花邑さんが……私の番号知らないですよね?』
「とある研究室のとある学生が教えてくれたんだよ」
『舞衣さんですか……まったくもう、なんでよりによってこんな人に……』
随分な言われようだった。だが、今となってはその辛辣な言葉すらも、懐かしくて嬉しく感じられた。
「天戸さん。君に話が行ってるかどうかはわからないけど、今大変なことになってるんだ」
『大変なこと……ですか?』
「具体的には世界の危機。多分天戸さんの故郷も無関係じゃない」
『っ!? そ、それって……いえ、なんでもないです』
明らかに動揺が見えた。しかし愛里咲はすぐに取り繕ってしまう。
『それと、わざわざ電話をかけてきたことにどんな関係があるんですか?』
「危機を回避するためには天戸さんの力が必要なんだ。だから、戻ってきてほしい」
『……』
「頼む! 天戸さんに思うところがあるのは、なんとなくわかってるけど……わかってるつもりだけど、それでもお願いしたいんだ!」
飾った言葉は吐けない。
ただまっすぐに思いを叫ぶのみ。
「俺には天戸さんが必要なんだ!!」
『なっ?! い、いきなりなにを……』
「とにかく戻ってきて話を聞いてほしい! 時間がないんだ。今すぐにでも天戸さんに会わないと!」
『うっ……く……私と関われば、花邑さんはきっとまた危険な目に遭います。だから……もう会うことはできません』
頑なだった。
少しは心が動いたかと思ったが、やはり決意は変わらないようだ。
(電話じゃ埒が明かない……どうにかして直接話をしないと……。今天戸さんがいる場所はどこだ? 通話に風の音が混じってるから、屋外だとは思うんだけど)
『要件はそれだけですか? でしたら――』
「ちょ、ちょっと待って! 実は他にも話したいことがあって……ええと……なんだったかな」
『切りますね』
「ストップストップ!! そう! 学生協に新しい菓子パンが入荷したんだよ!」
『本当ですか!? ど、どんなパンなんですかっ?』
よし! 食いついてきた!
この調子でなるべく会話を引き伸ばし、場所のヒントを探れば良い。
和也が希望を見出した次の瞬間だった。
『……はっ! 私はなにを話してるんでしょう。危うく花邑さんの汚い策略にハマってしまうところでした』
希望はものの見事に潰えた。
『というわけで花邑さん。私の考えは変わりませんので』
「さっきちょっと揺らいでなかった?」
『揺らいでません』
「いや、でもさ――」
『し、しつこいのでは? もう失礼します……!』
「あっ! 天戸さん! 天戸さん!?」
無情にも通話は途切れてしまった。
だが、収穫がなにもなかったわけではない。
「…………五時半。そうか、なんで思いつかなかったんだ」
スマホの画面を見つめ、花邑和也は呟いた。そしてとある場所を目指して走り出す。電話が切れる直前に聞こえた“メッセージ”を頼りにして。
大学の裏門を抜け、路地を駆ける。
全力疾走だった。
周囲の景色が猛スピードで流れていく。
何度もつんのめりそうになりながら。呼吸が苦しくなりながら。それでも、辿り着いた。
「天戸さん……!!!!」
「……?!」
夕暮れの公園。東屋のベンチに座っていた人影が、びくりと反応した。恐る恐るといったふうに振り返る。
会いたかった人が、そこにいた。
「やっぱりここで……間違って、なかったか……はぁ、はぁ……げほっ!」
和也は盛大に咳込んだ。喉が異様に痛い。
「どうして……どうして来ちゃうんですかあなたは。場所、わからないと思ってたのに」
「音楽、だよ……はぁ、はぁ……」
洗い息を吐きながら告げた内容に、天戸愛里咲は首を傾げた。
「電話が切れる直前、メロディが聞こえたんだ。『夕焼け小焼け』のね」
「あっ……もしかして、そこのスピーカーの……」
愛里咲は、公園の隅に立つ高い棒へと目を向けた。
「そう。あれは防災無線のスピーカーでね。区内に沢山あるんだけど、決まった時間に一斉にメロディを流すんだ。大学周辺だと、ここが一番近い。だからもしかしてって思ったんだ。かなり大きな音で鳴ってたみたいだったから」
和也の回答に、愛里咲は唖然としていた。いや、もしかすると呆れていたのかもしれない。ぽつり、とこんな風に呟く。
「……賭けじゃないですか」
「そうでもないよ。『いきづまったときにはここに来る』……天戸さんの言葉を思い出したから」
「あっ……」
なぜ忘れていたのだろう。気が沈んでいたからか、もしくは逆に動転していたのか。わからないが、電話越しのメロディを聞いて思い起こすことができたのだ。
「それにもし賭けだったとしても、そうするしかなかったんだ。目の前に流れてきたら、藁だってなんだって掴むよ。天戸さんを見つけるためならね」
「うっ……だ、だから“そういう”ことをなぜさらっと……」
愛里咲は口をモゴモゴ動かしてなにか言っていた。
まだ少しだるい足で、花邑和也はベンチへと歩いていく。
「俺の話、聞いてくれるかな」
「話もなにも、私を連れ戻したいっていうことだけなのでは?」
「まあ結論はそうなんだけど、詳しい事情をね。だいぶ込み入ったことになってるから」
真剣な瞳で訴えかけると、天戸愛里咲はついに折れた。
息を一つ吐き、穏やかな顔を見せる。
「不思議な人です、花邑さんは」
その後、できるだけ簡潔に経緯を説明した。
ブラウグラーナとの戦いのことや、エリカ=バランタインなる女性がやってきたこと。戦いを回避するには愛里咲がエリカと交渉する必要があることまで。
すべてを聞き終えた天戸愛里咲は、唇を引き結び険しい表情を見せた。
「事情はわかりました。確かにこうなった以上、私を探さないといけない」
「うん。ただ、俺個人としてはもう一つ別の理由があったんだよ」
「他になにか?」
「あのまま天戸さんと別れたくなかった」
「え……っ?」
「短い間だったけど一緒に研究をして同じ時間をすごした仲間を、あんな形で失いたくなかったんだ。もっといろんな話をしたりとか、天戸さんのことを知ろうとしてたら、きっと引き止められてたって思うから」
あの日の公園で起こった別れは、予想以上の精神的ダメージを和也に与えることになった。
「研究室の人間が一人いなくなった」という事実以上の重たさが、心にのしかかっていたのだと今になって気付いたのだ。
人として非常に情けない話だと思うが。
「まったく。どこまでも真っ直ぐですね、花邑さんは」
呆れたように言った愛里咲は、続けて語り出す。
それは悲しみに彩られた身の上話だった。
「五十年前、何人かの日本人がブラウグラーナに連れていかれたのは知ってますよね。そのうちの一人が私の父です。私は、日本人の父とブラウグラーナ人の母の間に生まれたんです」
若くして優秀な技術者だった愛里咲の父は、ブラウグラーナにその能力を買われたのだという。没落貴族である母との結婚は政略によるものらしい。
愛里咲は愛里咲で以前より軍の情報局に所属し、少尉としてエリカのもとで任務をこなしていたと話してくれた。
「二人の子である私も、ブラウグラーナに利用されてる存在です。でも私はそこで終わりたくない。実績を積み重ねて、自分の力で自分の人生を歩いていけるようになりたいんです」
「実績の一つが、日本で諜報活動をすることだったってわけなんだね」
「はい……。私、自分のために花邑さんたちを巻き込んで――」
「わかるよ。ずっと悩みながら、それでもまっすぐ突き進もうとしてたんだよね」
できうる限りの優しい声色で理解を示すと、天戸愛里咲の瞳が見開かれた。まさか同調されるとは思っていなかったのかもしれない。
「俺さ、ずっと考えてたんだ。『自分は純粋に魔導科学を研究していきたい。でも今のままだといずれ、自分の研究が戦いのために使われてしまう』ってね。周りに利用されてるって点では天戸さんと似てるかな」
「花邑さん……」
「もし本当に戦いの道具として魔導科学の技術が使われたら、人が亡くなることもあると思う。自分が開発に関わった技術が人を殺す結果になっても良いのかなって……考え始めたら止まらなくなるんだ」
自らが武器を持ち、直接誰かを害するわけではない。
けれど、結果として人を傷つけたり葬ることになるのなら……。
葛藤が消えることはないのであった。
「花邑さんが異常なまでに研究に没頭するのは、余計なことを考えるのが怖かったからなんですね。ひたすらのめり込むことで、他の考えを封印してた」
「そうかもね。確かに怖かった。一旦考え始めたら、自分の意志が揺らいじゃいそうだったし」
実際、何度も揺らぎかけていたのだと思う。
見て見ぬふりをしてきただけだったのかもしれない。
「にしても天戸さん。やっぱり俺に対して辛辣だよね。『異常なまでに』とか、もっと他に表現あるんじゃない?」
「一番わかりやすい言い方をしてるだけです。私、基本的に花邑さんに嘘は言ってませんので、誤解が生まれないような配慮ですよ」
(別の意味で誤解を招く気がするんだけど……って、あれ?)
花邑和也は一つのことに思い当たった。
「じゃあ俺の生活習慣がどうとかいうのも、言い方が問題なだけでちゃんと心配してくれてたってこと?」
「ひうぅっ?!」
愛里咲の口から、奇妙な音が漏れた。
勢い良くしゃっくりでもしたかのようだ。
「あ、あああああ……あああなたという人は! 本当に! 本当にもうっ! なんでこのタイミングで思い出すんですか!!」
ぷいと顔を背けた愛里咲は、けれどこう続けた。
「……心配するのは当たり前じゃないですか。研究が上手くいけば良い報告材料が増えて、スパイの私にとってメリットがあるのは確かです。でも……一緒に研究してる仲間に倒れてほしくないって思うのは普通だと思います」
照れているのか目を合わせない愛里咲。けれど思いはしっかり伝わってきた。
「ありがとう、天戸さん。多分これからまた心配掛けると思うけど、力を貸してくれるかな」
そう言って和也が差し出した手を、天戸愛里咲はそっと取った。
「私のせいで花邑さんが凶弾に倒れたら寝覚めが悪いので、とりあえず戻ろうと思います」
沈みかけの太陽に照らされた顔は、前回とは打って変わり悲しみなど微塵もない笑顔だった。
魔導の器と武器を持たぬ騎士 夕凪和泉 @amber_works
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