第16話『激動-Upheaval-』

 ガナーズドライブ弐号機の設計開発が始まり、一週間程が経った。

 天戸あまと愛里咲ありさはやはり不在のままだが、他二人の学生は各々の研究を進めている。そんな最中の出来事だった。


 夕方に差し掛かろうかという頃、魔導科学部の実験室にいた飛良ひらいづみに一本の連絡が入ったのが発端である。


 同部屋で弐号機の起動実験を行っていた花邑はなむら和也と高清水たかしみず舞衣に対し、いづみは実験中断を宣告。いつになく険しい表情でこう切り出した。


「五十年前と同じことが起こるかもしれない」

「えっ、五十年前って……もしかして……!」


 舞衣はピンとこなかったようだが、和也の反応は鋭かった。


「花邑が想像したとおりだよ」


 一度言葉を切ったいづみが短く息を吐き出し、


「今、米澤御大から連絡があった。ブラウグラーナ軍が再び姿を表すかもしれない」

「……っ!」


 寝耳に冷水を流し込まれるような話だった。驚きすぎて心臓が止まりそうになる。

 隣に立つ高清水舞衣も言葉を失っている様子だ。


「取り急ぎということで詳しい内容までは聞いていないが、最悪の場合全面衝突になるだろうという話だった」

「それはつまり、日本としては魔導科学を……」

「兵器として使用するだろうね。練羽の駐屯地にある魔砲戦車あたりは、ほぼ間違いなく実戦配備されるはずだよ」


 和也からの問いに答える声が硬い。

 飛良いづみもまた、事の重大さに緊張しているのかもしれない。


「ついに……本当に、魔導科学の技術が戦いに使われるのか……」


 舞衣が取り組んでいる競技戦のようなスポーツではなく、本物の戦闘に使用される。その事実に花邑和也は歯噛みした。


「カズ……」

「ん……大丈夫、俺は俺の目指すもののために研究を続けるだけだから」


 不安げな舞衣を安心させるように、和也はきっぱり言い切る。

 ただ、自分がやることは変えないと決意したとはいえ、簡単に割り切れるものでもなかった。


 緊張と不安と改めての決意。三者三様といった雰囲気の中にもう一人の姿が混じったのは、そんな時だった。


 穏やかかつ冷徹な声が発せられる。

「全面戦争を避ける方法を知りたいですか?」


「「?!」」

「誰だ!!」


 和也と舞衣は息を呑み、いづみの叫びが空気を震わせる。


 まったく動揺を見せず佇んでいるのは、白い服に身を包んだ金髪碧眼の美女だった。


「あ、あなたは……」


 花邑和也は声を震わせる。

 目の前の彼女には見覚えがあった。服装が違い髪を下ろしてはいるものの、先日言葉を交わしたコンビニ店員に間違いない。


 なぜ彼女がここにいる? いや、そもそもどうやって入ってきたのか! 今、実験室には鍵がかかっているはずだ。


「少々お久しぶりですね。あ、そちらの女子学生さんはお初でしたか。私、ブラウグラーナ王国情報局大尉、エリカ=バランタインと申します。以後お見知りおきを」


 右手を左胸の勲章のあたりに当て、美女は自己紹介をした。


(ブラウグラーナ……情報局大尉? それに「女性学生さんはお初」って、いづみさんとは……)


 予想の範疇を超えた出来事が続け様に起こり、花邑和也の思考回路は焼け付きそうだった。

 舞衣に至っては既にオーバーヒートしているかもしれない。


 唯一冷静さを保っていたいづみが問う。


「ブラウグラーナ人は、魔法を不法侵入に使用するのかな?」

「申し訳ございません。武力行使せずにセキュリティを突破する方法を、他に思いつかなかったものでして」

「なるほどねぇ。だが、わざわざセキュリティ破ってまで私たちに助言をする理由が、はたしてあるものかどうか」

「ええ。ブラウグラーナも決して一枚岩ではございませんので。私としては、今戦争を起こされると色々都合がよろしくないのです」


 歌うが如く軽やかに言葉が紡がれる。まるでこの舞台を楽しんでいるかのようだ。


「ブラウグラーナ軍の総責任者に私、一つ条件を出しておりまして。達成されれば、戦いはきっと未然に防げるはずです」

「ふむ。随分と虫が良い、そして手回しが良いね」

「お疑いになりますか?」

「どうだろうねぇ。信ずるにしろ信じないにしろ情報が足りない。ただ、だからこそ話だけは聞いておこうかな」

「懸命なご判断かと存じます」


 うやうやしく頭を垂れると、エリカ=バランタインはこう続けた。


「十日後に行われる練羽駐屯地の設立記念祭に、天戸愛里咲を連れてきてください」

「ほう。天戸を、ね」

「記念祭の場で彼女と私が交渉し、上手くまとまれば、ブラウグラーナ軍が侵攻することはないでしょう」

「交渉が決裂すれば?」

「当然戦いは避けられなくなります。十日後がこの国、いえこの世界のターニングポイントになるとお伝えしておきます」


 言うべきことを言い切ったのか、エリカはくるりと後ろを向いた。


「では、あの子とお会いできるのを楽しみにしておりますね」


 最後にそんな言葉を残し、情報局大尉は“消えた”。文字どおり跡形もなく消え去った。


 しばし虚空を睨んでいたいづみが、大きく溜め息をついた。


「また厄介なことになったな。これについて、米澤家の東光とうこうさんは知っているのかどうか」

「……をしないと」

「ん? 花邑?」

「天戸さんと話をしないと! 俺、彼女と会ってきます!」

「ちょっとカズ!」


 舞衣の声を背に聞きながら、和也は実験室の鍵を乱雑に開ける。焦る心そのままに廊下へと飛び出していった。

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