自称宇宙人の外なる神と世界征服を目指そうと思う

高里奏

序 コートニー・チャームとの遭遇


 夜、月明かりの下で鳥の声に耳を傾け、少し冷たい風を感じながら庭でレースを編むのが好きだ。強い日差しもなく、多くの人間は活動を終え眠る時間。夜は我々の時間だ。

 僕には弟が居る。腹違いの弟は僕とは何一つ違うように思えた。彼には感情というものが不足しているようで、他者を思いやることができないように思える。先日は父に新たな侵略戦争を提案していたが、現在の我が国の兵では返り討ちに遭うことが目に見えている。彼は数字しか見ていないのだ。

 確かに数字だけ見れば兵力は十分かもしれない。軍事費も国の規模から見れば妥当だ。しかし、我が国の兵士は士気がない。いつみても彼らは疲れ果てているように思える。

 税にしてもそうだ。少しでも滞納すれば即投獄。恐怖による支配。弟の案は魔族よりも魔物らしく思える。

 確かに、国を支配しなくてはいけないということに関しては僕も同意しているし、やがては領土を拡大していかなくてはいけないと考えている。

 しかし、今のままでは国が滅ぶのではないだろうか?

 指先を動かしながら考える。レース編みはいい。考えを纏めながら言葉にせずに外に吐き出しているような感覚が心を落ち着かせてくれる。これはモチーフをつなげてクッションにしてしまおうか。

 近頃は考え事をしすぎか、無駄に作品が増えてしまうな。

 思わず、一人で笑ってしまうと、空で何かが輝いたきがした。流れ星だろうか。見上げた瞬間、衝撃と共に大地が震え、土埃が舞う。

 何かが落ちた。そう、理解するまで時間はかからなかった。

 椅子から飛び上がる。

 目をこらせば、土埃の先に人の影が浮かび上がり、どうやら女性のような声がした。

 けれども不思議なことに、その声の言語が理解できない。むしろ、言語かさえあやしい。なんというか、異国の音楽のように聞こえなくもない。

 人影が近づいてくる。

「そこに居るのは誰だ?」

 声をかけると、影の主の姿が見えた。

 薄紫色の髪を肩までで切りそろえた、露出の多い下着姿に見える女性……。

 なんて格好をしているんだ。

 思わず目を逸らし、着ていた上着を彼女に差し出す。

「こ、これを着なさい。こんな時間に女性がそのような格好でうろつくものじゃない」

 しかし、上着を受け取る気配はない。

 おそるおそる彼女の方を見れば、すぐ目の前に紫色の瞳があった。

 彼女は興味深そうに僕を見て、それからいくつかの言葉を発したが、全て異国の言葉のようだった。

 よく見ると、彼女の顔には涙のように両目の下に模様が描かれている。化粧なのか、入れ墨の類いなのかは判別がつかないが、異なる文化圏の存在であることは明白だった。

「ハロハロハロー」

 ようやく、彼女の口からなんとか聞き取れる言葉が出た。

 僕が反応を示したことに気がついたのだろう。彼女は自分の耳の下を指で何度かつつきながら更に話しかけてくる。

「ハロハロハロー、マイネーミーズコートニー。コートニー・チャームとヨンデクダサイ」

 どうやら挨拶をしてくれているらしい。

「コートニー? やぁ、僕はラインハルトだ」

 友好的には思えるが、異国の人間というよりは新話生物の類い……魔女や魔術師、魔族ですらない存在。つまり、神。外なる神だろう。大昔の文献で読んだことがある。遠い空の彼方から訪れる神があると。

「ノ、ノ、ノ、コーニー・チャーン」

 彼女の言葉が上手く理解できないが、名前を呼ばれたことが不満なのだろうか?

「コートニー・チャーム?」

 もう一度訊ねる。すると彼女は溜息を吐いた。

「ホヤクキ、役立たず」

 怒っていると言うよりは、がっかりしているように見える。

「もう、コートニーでイイヨ。えーと、ライハート?」

 どうやら名前の発音が違うと言いたいらしい。そして、彼女も僕の名前を発音しにくいようだ。

「呼びにくかったらハートでも構わないよ。僕もあなたをコートニーと呼ばせてもらおう」

 そう告げると、コートニーは笑顔を見せる。

「ハート、オマエ、トモダチ」

 彼女は嬉しそうにそう言ってものすごい力でハグをしてくれる。

 この人……そこらの兵士より力強い……。

「コートニー……悪いけど、一応、これを羽織ってくれないか?」

 放して欲しいと仕草で示し、それからもう一度上着を差し出す。

「これ、くれる?」

「ああ。君にあげるよ」

 コートニーは興味深そうに上着を観察し、それから大人しく上着を羽織ると嬉しそうに一周回ってみせる。

「アリガト。ハート、コレあげるヨ」

 コートニーは上着のお礼と言うように、自分の耳飾りを外して僕に差し出した。

「ワタシの国、この石ユメイ」

 コートニーの瞳に負けないほど透き通った紫の石はわずかに魔力を帯びている。

「貰っていいのかい?」

「ハート、トモダチ」

 彼女は指を二本突き出す仕草を見せる。

「ありがとう。大切にするよ」

 一応受け取ったが、女性物の耳飾りを貰っても、博物館に展示されることになって終わりそうだ。

「コートニーはどこから来たの?」

 訊ねると、彼女は笑顔で何か言うが、肝心の彼女の故郷の名前が聞き取れない。

「えーっと」

「オマエタチ、コトバ、ナイ」

 コートニーはここで初めて困った表情を見せた。どうやら我が国の言語では発音できない音らしい。いや、もしかすると我々には発音できない音なのかもしれない。

「ハート、ワタシ、船壊れた。直るマダ、家ナシ」

 彼女の言葉は片言というのか、まだこちらの言葉に不慣れな様子で理解するのに時間がかかる。イントネーションもめちゃくちゃだったり、そもそも発音がちゃんとできていなかったりだ。それでも、彼女が移動手段も眠る場所もないということは理解できた。

「コートニー、しばらく僕の家に滞在するかい? 部屋は余っているんだ」

 彼女は僕を友達だと言ってくれた。今のところ敵意は持っていないだろう。本当に外の神だとしたら、国に、そして城に留めておくのが一番だ。

「いいの?」

 コートニーは少し驚いた顔を見せる。

「勿論。君は僕の友達だろう?」

 できるだけ、自然な笑みを見せたつもりだ。

 するとコートニーは少し駆け足で、何かが墜落した方に走り、少し経ってから背中に大きな荷物と両手に沢山なにかを抱えて戻ってきた。

「随分大荷物だね」

 思わず笑ってしまう。

「ワタシ、集めるスキヨ」

「そうなんだ。僕はコートニーの故郷のこと、沢山聞かせて欲しいな。勿論、君のことも沢山知りたいよ」

 メイドを呼んで客室を用意させる。

「部屋の支度が調うまで、一緒にお茶でもしないかい? この国のお茶が君の口に合うといいのだけど」

「うん」

 コートニーは嬉しそうに頷く。多分話は半分もわかっていないのだろうけど、彼女はどこか楽しそうだ。

 使用人を数人呼んで大荷物を運ばせようとしたけれど、コートニーはそれを断って自分の側に荷物を置く。少しだけ警戒されたようだった。

 それにしても、下着同然の格好で現れた、どう見ても未婚の女性としか思えない女性が僕の上着を着てしばらくこの城に滞在させるなんて、周囲にどう説明すればよいのだろう。

 そもそも普通に考えればコートニーは不審人物だ。外の神として招くのであれば神殿に滞在して貰うことになるだろうが、果たして彼女はそれを受け入れてくれるだろうか?

 脳内で問題が駆け巡る間、肝心のコートニーは楽しそうに茶菓子を手に取り、指で突いてみたり匂いを嗅いだりと忙しい。

 文献で読んだ外の神はもっと人間離れした恐ろしい姿だったはずだが……どう見ても可愛らしい女性だ。もし、彼女が外の神ではないとすれば一体何者なのだろう?

 不思議に思いながらも、初めて口にした焼き菓子に驚きながら目を輝かせているコートニーを危険な存在だとは思えなかった。


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