第12話 終結の告白 その1
「それでは、失礼します」
動揺を露にする経流時に代わって、挨拶を済ます貞美。経流時の裾を引っ張り、その場を後にした。
【奇跡の一人】
そのワードに、経流時の脳裏にあの事件が浮かぶ。今から6年前の例の事故だ。
200人もの死傷者を出した、歴史に残る大事故。原因は不明。
ただ一つだけの命を残し、あとは皆、帰らぬ人となった。
存命の一人。それが経流時だった。発見されたのは事故から1日後。車の中で気を失っていたそうだ。
1週間ほど昏睡状態が続いた。
病院で目を覚ました経流時は、目覚めた後も、地獄に苛まれた。
事故の恐怖心が消えない最中、群がるハエ《マスコミ》の大群。目の前で両親を無くした経流時は絶望に飲まれ、暫く外出ができなくなった。
マスコミのせいで、経流時は地元で一躍有名になった。しかし、決していい意味ではなかった。
なにも知らない周囲は、偏見と薄っぺらな持論で彼を蔑んだ。生き残った分、真面目に生きろとか、彼が事件の発端なのではないかとか、無責任で稚拙な論争が起こった。
周囲の人間は、金のため、情報を得るべく、経流時に質問の雨を浴びせた。それは全く知らない臭い大人から、信じていた友人まで。彼の心情を考えたものは、殆どいなかった。経流時は人間不信になりかけた。好きだったサッカーを止めてしまったのも、このせいだったかもしれない。
そんな周囲の視線が気になり、経流時は遠くへ引っ越した。
法律のおかげで、経流時の名前は記事などで取り上げられなかったため、新しい土地で、経流時の名を知るものはいなかった。
3年の時を経て、経流時の心情は安定し、高校でも苦哀なく過ごせた。そして最後には――
「経流時君、あの人……」
物思いに葺けていた経流時は、貞美の声に現実へ戻された。貞美の指さす方を見る。そこには、
「椙屡?」
顔見知りの姿があった。
どうして彼がここにいるのか、経流時は疑問に思った。元々、最近様子がおかしかった椙屡を心配に思っていたところだ。
この場所に何か用があるのか、それとも……
経流時には一瞥も向けず、椙屡は奥の部屋に足を踏み入れた。経流時たちは急いでそれを追う。
「誰だお前は!」
そこには2つの人影があった。一つは椙屡のもの。そしてもう一つは、例の霊能者のものだ。霊能者は椙屡の前に立ち塞がり、奥の襖を守るように仁王立ちしている。
対して、椙屡は落ち着かない様子で立ち尽くした。
「そこを退け」
椙屡のものとは思えない程、澱んだ声が、部屋に響く。経流時の背筋に戦慄が走った。
「この先には何もないよ。早く家へお帰り」
汗を滾らせ、怒鳴りつける霊能者。懐からお札を取り出し、椙屡へ向けた。
「黙れ」
瞬時、部屋の空気が重くなる。黒い澱みのようなものが周囲を浮遊し、ブロック音が鳴り響く。
「くっ……」
膝を付く霊能者。何か悪いものに取り憑かれたように、白目を剥いて天井を向いた。そして苦しそうな呻き声を上げながら、首を毟り始めたのだ。
彰気の発端である椙屡は、不気味な笑みを浮かべると、襖を開けた。
そこには闇があった。一寸も先が見えない闇。
「椙屡!」
経流時はその場で声を上げた。しかし、椙屡は見向きもせずに、闇の中に溶けていった。
「経流時君は霊能者の方を。私は彼を追いかけます」
素早く動いたのは貞美だった。その場の状況を即座に理解し、経流時に霊能者を託すと、奥の襖へ姿を消した。
「大丈夫ですか?」
呆気に取られている時間はない。経流時は霊能者に近寄り、身体を起き上がらせた。
手首に手を置く経流時。確かに脈を感じるし、皮膚は熱を持っていた。
「凜さん! 急いで!」
経流時は持っていたタオルで、出血の激しい首を覆うと、凜を呼んだ。先程の様子から、霊能者が狂乱した原因は、そういう類の何かだと推測できる。その場合、経流時は門外漢だ。霊能力を使える凜を呼ぶのが最適解だ。
「なんですか、この忌ま忌ましい彰気は……師匠!」
鼻を抓みながら部屋に足を踏み入れた凜は、霊能者の姿を見て、顔色を変えた。
「いま解呪します」
そう言って、凜は口に何やら水物を含ませると、口移しで霊能者に飲み込ませた。続けること三度。終わりに呪文を唱えると、霊能者は咳き込みながら意識を取り戻した。
「師匠! 大丈夫ですか?」
凜は息を荒げて、顔を覗き込んだ。霊能者の顔色は、だんだんと赤味を取り戻し、瞼を開けた。
「……あの子は?」
「襖の奥です」
「あんたのコレもかい?」
「そうです」
霊能者は不安な表情で言った。小指を立てる仕草に物申したい経流時だったが、先決すべきは貞美だ。
「行っておやり」
萎れた声が、経流時に呼びかけた。
「あの子だけでは、ダメだ、あんたが、行っておやり」
弱弱しい声であったが、力のある声音だった。生命をかけた後押しに、経流時は頷いて襖を潜った。
「なんだここ……」
闇に足を踏み入れた瞬間、身体の感覚が奪われた。視界は疎か、聴覚も、嗅覚も当てにならない。頼りになるのは、足に伝わる冷たい感触のみ。
「貞美は?」
経流時はそれだけを頼りに足を進めた。
何分、時間、経ったのかも分からない。入って間もない頃だったかもしれない。経流時の目の前に、突然祭壇のようなものが現れた。
周囲は、先程と変わらず暗いままだ。ただその祭壇の全身だけが、見える。
経流時は一歩一歩、ゆっくりと祭壇へ登った。頂上に近づくほど、重くなる足に違和感を覚えながらも、遂に天辺へたどり着いた。
そこには、御札が一つあった。
「なんだこれ?」
経流時が、不思議に思ってそれに触れた時だった、突然の
その時、経流時は既にそこに立ったいた。
悲鳴や頭痛が収まり、瞼を開けた経流時はそれ目にした。
変らぬ周囲の闇の中に、対峙する二者。両者どす黒い彰気は上げ、辺りを黒霧で染めていた。暗黒を、更に黒く染める闇の彰気が、経流時の元まで届く。そんな中、くっきりと体のラインを作る二者に、経流時は目を丸くした。
――髪を前に伸ばし、表情を隠した貞美と、全く同じ格好をしたもう一人の貞美が、向かい合って立っていた。
後期試験終わるまで更新自粛します。ごめんなさい
呪いのビデオに告白を! ノンレム睡眠 @NonRemSleep
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