第11話 例の霊能者

「えぇ……」


 経流時たちがやってきたのは隣町の花見町。経流時の住む町から、電車で3つ目の駅で降り、徒歩で20分の場所にある神社を訪れた。

 月が夜空に浮かんでいる。相当遅い時間であるが、凜がどうしてもと言うので、約一時間かけてやってきた。

 鳥居を目の前にして嘆息を漏らす経流時。《隣町の神社》と聞いた時からいやの予感がしていたが、生憎の予想通りであった。


「ここが、私の師匠の神社です」


 そう言って、経流時たちを中へ手招きする凜。神社の奥にある大きい家に通され、経流時が目にしたのは――


「あら坊や、また来たのね」


 例のインチキ霊能者であった。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「やはり貴方でしたか」


 霊能者を見ると、貞美が複雑な表情を見せた。


「貞美、知り合いなの?」


「そうです。この人は――」


「この子の師匠を、封印した御札を作った人間だよ」


 霊能者自身が、貞美に発言に代わって自己紹介した。現場にいたわけではなく、御札を作っただけだ、とも付け加えた。

 経流時は明らかに疑いの目を向けた。貞美の師匠がどんな人かは知らない。しかし貞美を育てたのだ。すごい人に決まっている。そのプロ怨霊が、こんなインチキ霊能者の御札なんかに封印されるわけがないと思った。

 なので、そう言われても、経流時はまったく信用していない。

 なんといっても、経流時がここに訪れた時、2万円払ってビデオテープのお祓いした。それにもかかわらず、効果を発揮せずに貞美が現れた。そのおかげで貞美と出会えたとポジティブな考えもできるが、その時に、恐怖を煽る言葉で3万円を追加で払わされたのも覚えている。


 経流時はストレートに訊いた。お祓いや御札がインチキであると。合計5万円払ったのだ。5万円あれば雪見大福をベッド代わりにできる。


「なにを言っているの。私は最初からお祓いなんかしてないわよ」


 笑いながら誤魔化す霊能者、いや、ただの老婆。

 対して経流時は更に腹を立てて問いただした。5万円払ったのだぞと。5万円あればねるねるねるねの風呂に入れる。


「はあ。あなたの言っていることは分かるけど、私だってプロよ。自分の考えに基づいて祓うし、祓わない時だってある」


 霊能者は真剣な顔で、理解不能なことを言いった。そして続ける。


「いい? 私がビデオテープに話しかけた時、この子が貴方に会いたいって言ったのよ。だから、私は彼女の意を汲んで除霊せず、経過を見送ることにしたの。貴方に御札を持たせたのも、この子が危害を与えることがあった時の保健代わりよ? 怨霊にだって気持ちもあるし、貴方それをわかってる? 」


「確かにわかります。あなたが除霊をしなかった理由は。でも、お札はともかく除霊に2万円払ったんですけど?」


「それは、家計のためよ」


「やっぱりぼったくりじゃん!!」


 上品に笑いながら下劣な発言をする霊能者。前半の真っ当な話に、見直しかけていた経流時は再び偽霊能者のレッテルを貼りなおした。


「ところで、貞美が僕に会いたがってたって言うのは?」


「それは、その子に訊いてみるさね」


 霊能者は貞美の方を見るように促す。経流時がそちらに目を向けると、貞美は俯いていた。


「今は……言えません」


 そして、そう一言口に出すだけだった。経流時はそれ以上の詮索は止めておいた。お互いに、知らないことがある方が幸せなことだってある。経流時にも言えない過去があるし、尋ねられたところで答えるつもりは微塵もなかった。


「まあ、それにしても、おかげでいい出会いができたみたいじゃない」


霊能者がにやりと笑いながら言った。まるで「私のおかげでもあるのよ」とも言いたげな表情に、経流時は霊能者のいやらしさを再認識した。


 不意に、経流時は貞美との初対面を思い出した。突然TVから這い出てきた貞美。混乱して出た告白の言葉。そして、手渡された、殺人予告と思われた手紙。驚くべきことに、それは告白を了解する趣旨の内容であった。そこに、「貴方のことはよく知りませんが」と書かれていたのも覚えている。貞美は経流時のことを知らないはず。にもかかわらず、「霊能者に会いたい」と告げたのだ。経流時は首を傾げた。


「それはさておき、今度はなんの要件だい?」


 そんな経流時の悩みをさておいて、話を先に促す霊能者。この後宴会の用事が入っているので、できるだけ急いでほしいようだ。


「そうです。師匠、この貞美さんは怨霊ではないのですか?」


「そうね。もと怨霊ってことかしら。今は違うわよ」


 ほらね?と言わんばかりに凜を見つめる貞美。凜は悔しそうな顔をした。


「もういいですね」


 そう言って、用は済んだと立ち上がる経流時たち。


「ちょっと待ちな」


 それを霊能者は呼び止める。そして、


「あの時の子が、こんなに立派に育つなんてねえ」


 経流時に向けて、そんな深い意味を孕ませたことを言った。


「奇跡の一人。そう呼ばれたりもしていたわね」


 目を細めて言う霊能者に、経流時の背筋に嫌悪が走った。


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