精霊にも好みというものがあるらしい

「精霊が見えるの」


 今の人達は多くが見えない。だから、すでに信じている人はごく少数派になっている。お爺さんやお婆さん世代だとうっすらぼんやり精霊が分かる人もいるらしいけど、殆どの人は口を噤んでしまっている。言ったところで、彼らを見せてあげることなんて簡単にはできないから。


「信じられないでしょう? 学園でも精霊はいないものとして教えられるってお兄様が言ってたわ」


 ドラゴンの口に水を飲ませるようにお皿にした手を持っていけば、そこから私の魔力を食べる。精霊は一定の魔力を蓄えれれば、見えない人にも見えるように出来る。まぁ、この一定の魔力っていうのが曲者なんだけど。精霊によって量が違うのよね。だから、人によっては枯渇するまでだったりと命を懸ける羽目になる場合だってある。まぁ、スティングラー家の人間は豊富らしいので多少食べられたところで動けなくなったりということがない。

 もぐもぐもぐもぐ。それにしても、よく食べるわね。普通ならもう少し少ない状態でも十分な気もするんだけど。あ、ウィルストップがかかった。もうダメだと止められたドラゴンは抗議の目をウィルに向けるけど、ウィルは笑顔を深めるだけ。ドラゴンは抗議を諦めたようで私の膝の上でブルブルッと体を震わせてから、座り直す。半透明だった体は色も明瞭になって、透けなくなった。

 ルーサーさんを見れば、目を大きく見開いていた。あぁ、この子が見えるようになったのね。


「それ、は、精霊なのか?」

「えぇ、精霊よ。元々精霊は姿形を持たないものだから、こうやっていろんな生物の姿をとるの。勿論、人の姿を取る精霊だっているわ」


 ウィルやお兄様の傍に居る精霊サラなんてそうだ。まぁ、彼らは元々人であったからなんだけど。


『やぁやぁ、初めまして、かなー。ルーサー、君の傍にいさせてもらってるよー』


 驚いて立ち上がるルーサーさん。その手に取った剣を納めてもらってもいいかしら。


『ほらほらー、剣なんて危ないよー。まぁ、ぶっちゃけ、剣なんて僕には効かないわけだがねー。ただ単に実体化が解けるだけさー』


 のんびりと喋り、私の膝で寛ぎ始めるドラゴン。ルーサーさんは危険ではないかと確認してきて、私は平気よと答える。それにドラゴンが全くもって失礼だなーなんて思ってもないだろう言葉を吐く。


「これが精霊……」

『その言い方、失礼だぞー。安全性に関しては君のお祖母ばあさんは僕を認知してるし、お祖父じいさんもなんとなく認知してるんだからなー』

「なんとなく、ということはそこにナニかがいるとわかる程度ね」

「え、いや、待ってくれ、俺の祖父母は精霊が見えてるのか??」


 え、え、と混乱するルーサーさん。まぁ、そうようね。いきなり、祖父母は実は見える人だよと言われればそうなる。しかも、自身は学園でいないものだと学んでいれば、更に当然。


『見えるよー。まだ彼らの時代にはアルちゃんの言った程度ぐらいならいたからねー』


 いやー、でも、人と久しぶりに話すのは楽しいねーとけらけら笑うドラゴン。随分、人と話してなかったのね。


『てか、アルちゃんやー、魔力ちょーだい』

「ウィルのストップかかったからダメよ」

『ケチな精霊だねー。――アイタッ!!』


 いい笑顔を向けてきたドラゴンだが、断れば私の後ろにいるウィルを睨む。けれど、ウィルも黙ったままではいなかったようでドラゴンにデコピン。ルーサーさんにはドラゴンしか見えてないから、顔が混乱してる。


「ウィルというのは」

「私と一緒にいてくれる精霊よ。基本的に魔力を持つ人一人につき一精霊がつくわ。例外は第二魔法を使う人にはその分つくけど」

『ちなみに僕はコーエンという名前があるんだよー。いい名前でしょー』


 えっへんと胸を反らすドラゴン――コーエンはひとしきりゴロゴロした後、ふわりとルーサーさんの肩へと移る。重さがないことに戸惑ったのか、移られたことに戸惑ったのか、どうすればいいという顔でこちらを見てくる。


「コーエンはルーサーさんの精霊ね。精霊がいると魔力消費が少なくなるのよ」

「見えてないのに協力してくれてるってことか」

「えぇ、そうよ。ただ、精霊に見限られてしまうと魔力消費はよくて倍。酷ければ、数十倍必要になることがあるそうよ」


 魔力の保有量が多ければ、大して問題はないだろうけど、なければ死に直結する可能性も出てくる。さらに恐ろしいのは多くの魔力を消費するという事で魔法を使わなくなること。そうなると保有量も徐々に目減りして、次世代も魔力が少なくなっていく。最終的には魔力を持たなくなる可能性だってある。けれど、そこをわかっているのは恐らくスティングラーの血筋のものぐらいじゃないかしら。


「ところでさー、魔力をあげる場合、条件とかある?」

「条件ね、やっぱり相性かしら」

『アルちゃんの魔力と相性バッチリー! もっと欲しいんだけどなー』


 そう言ってコーエンはチラリとウィルに抗議してみるけれど、ウィルは素知らぬ顔。


『あ、そうかー、あれだねー、王太子と結婚してくれたら、いつでも貰いに行けるねー』


 精霊の話をしてたのに、どうしてそこに持っていく。そんなことを思ってたのが顔に出てしまったらしく、ルーサーさんは大笑いし始めた。


「それもそうだなー、そうしてくれるとコーエンともこうして話せるなー」

『ねー』


 余計な敵を増やしてしまった感が強い。いや、同じような魔力なら、お兄様でも有りでは?

 そう思って尋ねてはみたけど、ダメらしい。なぜ。


『いやー、相性は確かにいいんだけどー、好みじゃないんだよねー』


 その点、アルちゃんはどちらもバッチリだよーというコーエン。全く、好みのものがあると貪欲になるというのは人間も精霊も変わらないようね。


「そういやさー、あげ方ってこんな感じか?」


 そう言って、私がコーエンにやっていたように手をお皿にしているルーサーさん。うーん、おしい。まぁ、それでも湧水のように漏れた魔力は溜まるから問題はないんだけど。


『ルーサーからは直接もらえてるから大丈夫だよー。とはいえよー、僕がもらうとしたらあんまりそこに魔力が溜めてないから意味ないかなー。ただ、僕以外の精霊にあげる時はそのやり方がいいかもねー』


 そう、自分の精霊以外に渡すときは別に多く渡すこともないだろうから、少しで十分。今回は例外よ、例外。姿を見せてもらうためにあげたので、たっぷりだっただけ。


「なんだ、俺からしたら意味ないのか、つまんないなー」

『でも、折角だからもらってやろーじゃん』


 ペロッと手を舐めたコーエンにルーサーさんは驚く。まぁ、突然、舐められたらね。とはいえ、そのぐらいしか溜まってなかったってことなんだろうけど。


「ちなみに沢山上げるときは手の中に水なり何かが溜まってるというのをイメージするといいわ。そもそも魔法自体イメージなのよ」

「イメージ? あのね、アルちゃん、魔法は呪文や短縮印を用いてやるもんだよー。俺の剣には強化の短縮印を彫り込んでるしさー」

『あー、あー、アルちゃん、気分悪くしないでねー。ルーサーの言ってること学園とか今のご時世だと当たり前のことだからねー。今の子はそのー、アルちゃんやベルちゃんみたいにさ、幼少期に精霊から魔法を教わらないんだー』

「……そう、精霊が見えなくなった弊害ね」


 ルーサーさんの言葉に眉を顰めた私。それにすぐに気づいたコーエンは一生懸命ルーサーさんを庇う。わかってるわ。精霊が見えなくなったせいで魔法を使うための呪文や短縮印ができたことは理解できる。理解できるけど、そんなことも知らないのってバカにされた気がしてイラッとした。ルーサーさんはそんなこと思ってもないだろうし、私の勝手な想像だけど。


「え、コーエン、俺」

「ルーサーさん、大丈夫よ、気にしないで」


 なんか違うこと言ったかとコーエンに確認しようとしたルーサーさんにそう言えば、困ったような寂しそうな目をする。


『よーし、ルーサーは帰ったらエリスと精霊と魔法のお勉強をしよー。エリスには僕から言っておくからねー』

「いや、お祖母ばあ様は勘弁してくれー。あの人、凄く厳しいんだってー」

『そりゃそうだよー。あの子、騎士総長まで上り詰めてたもーん。まー、ルークとの結婚を機に引退したんだけどねー』


 え、と固まるルーサーさん。随分と威力の高い火炎弾がぶちこまれたみたいね。私は他所のお宅には興味ないからへぇって感じだけど、ルーサーさんは自分ちのことだから、そうなるわよね。そんなことを考えてるとウィルがそろそろ時間だぞと声をかけてきた。そういえば、お兄様と久々にギルドのお仕事を一緒にする約束をしてたわね。


「ごめんなさい、ルーサーさん、このあとお兄様と約束があるの」

「あー、もう、そんな時間かー」

『じゃー、僕も見えなくなった方がいいねー。丁度、もらった魔力も切れそうだしー』


 アルちゃん、ありがとねーと私にグリグリ頭を押し付けた後、半透明になった。ただ、ルーサーさんは半透明のはずのコーエンをじっと見ている。いや、そこにいると思ってみてるのかしら。

 私の考えてることを把握したらしいコーエンが、ふーっとルーサーさんの傍に移動してみる。


「ルーサーさん、見えてる?」

「半透明のコーエンがいる」


 スーッと目がコーエンを追ったので、私が問えば呆然とした声で答えてくれた。今まで見えてなかったのに一度実体化してもらったくらいで見えるようになるなんてどういうことかしら。とはいえ、コーエン以外の精霊は見えないらしい。試しにウィルが見えるかと尋ねたところ首を振られたもの。精霊本人もわからないらしいから、私たちにわかる問題じゃないわね。


『いやー、これはこれで嬉しい誤算だねー』


 えへへーと笑うコーエンにルーサーさんも確かになと笑みを浮かべる。うん、仲がいいのはいいことだけど、外でそうやって話しちゃダメだからね。そう注意すれば、ようやっと気づいたらしく分かったと頷く。


「では、私はお兄様との約束があるのでこちらで」

「なんだったら、送って行こーか?」

「いえ、大丈夫よ。お兄様も登城してるから」


 それもそっかと頷いたルーサーさんと私は鍛練場の前で別れを告げ、城門でお兄様を待った。

 早く来ないかなーと待ってたら、汗を流しながら殿下が走ってきた。いや、何故よ。あ、後ろにのんびり歩いてくるお兄様発見。なにがどういうことなのと目で訴えるけどお兄様は苦笑いを零すばかりで答えてはくれない。


「アル!」

「はい、なんでしょう、殿下」

「あー、その、明日、俺と出かけてくれないか?」


 ギュッと手を握ってそう言ってきた殿下に私はどうすればいいのかわからず、ちらりとお兄様を見る。お兄様はお前の好きなようにしろと手ぶりで伝えてきた。というか、出かけるにしてもこれまでも出かけてたはずだし、慌てて伝えに来ることでもないと思うんだけど。


「すでに予定があるのかな」


 答えない私を見て、しゅんとする殿下。やめて、どうしてそんな捨てられた子犬みたいな雰囲気出すの。いや、殿下も出してるけど、殿下の頭と肩に乗ってる子獅子と子狐、あなた達もよ!


「予定は特にございませんので、大丈夫ですわ」

「本当かい。よかった」


 ぱぁっと花が開いたわ。そんな感じで満面の笑みを浮かべられたら眩しいじゃない。


「ちょっと遠出になるから動きやすくて汚れてもいい服装がいいかな」


 行先は教えてくれず、時間と服装の指定だけして、殿下は職務がまだ残ってるからと城の中へと戻っていった。


「お兄様」

「俺もわからんって。まぁ、それより明日、レオに弁当作ってやれよ」

「いやいやいや、流石に殿下の口に入れるものを作れないから」


 舌の肥えた人に出せる料理はないというもののどうやらお兄様の弁当が被害に遭っているらしい。お兄様を守るって考えましょう。そうしましょう。


「じゃあ、依頼ついでに」

「わかってる。付き合ってやるよ」


 そして、依頼を難なくこなして、弁当の材料をしっかりと確保した。夕飯後、夕飯前に下処理したものに下拵えを施す。それ以外にも時間がかかりそうなものは先に準備をしておく。“冷蔵庫”なんて高度なものはないから、鉄板、木の板や魔石などを上手く組み合わせて擬きを作ったのよね。魔力を込めておけば、一日程度は“冷蔵庫”みたいに使うことが出来る。上手くやれば販売なんかも出来るだろうけど、魔力が少なくなってる今は難しそうなのよね。何か魔力に代わるものがあればいい商品になるはずよ。今はその部分を模索中。料理長たちにぜひともと言われるけど、これが中々大変なのよね。

 まぁ、それはそうと遠出だと言っていたし、ナイフやフォークを使わない形の方がいいかしら。でも、手掴みはやはり行儀が悪いと思うかしら。うーん、あの方はどう転ぶかわからないから、今考えてもしょうがないわね。一応、カトラリーセットも持っていっておこう。

 一通り準備を終えるとウィルが味見をしたいと言ってきた。あげません。今朝作ったクッキーでも食べてなさい。

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