諦めたころに出会う事こそ運命だとは思わないだろうか(後)

※レオカディオ視点


 夜会前にはベルにあんな屋敷だなんて聞いてないと愚痴られたけど、それ以上は言ってこず、礼を告げられた。

 そして、夜会当日。やはりというか、なんというか、俺はご令嬢たちの束の中にいる。遠くに銀髪が見えたから、ベルもいるんだろうけど、これでは行けそうにないな。ベルの妹君、ちょっと気になるのに。

 暫くご令嬢たちの相手をしていると、ザッとご令嬢たちが左右に分かれた。


「殿下と話したかったので感謝します」


 そう言って、にこりと笑ったベルに周りのご令嬢たちはきゃあといって頬を染める。うん、やっぱりそうだよね。ベルがモテないなんてあり得ないことだよ。あとでしっかり言っておこう。


「参加してくれてありがとう」

「いいって、にしても大変だな」

「で、妹君の姿が見えないみたいだけど、一緒じゃないのかい?」

「あぁ、アイツ、ちょっと緊張してるみたいで、後でまた連れてくる」

「そう」


 ご令嬢たちに聞かれないようにそう会話をするんだけど、距離が近かったこともあって別の意味できゃあきゃあと囁く声が聞こえる。うん、やっぱりこの距離、おかしいんだね。


「あ、あの、スティングラー様」

「え、あ、自分ですか」

「はい。よければ、その、わたくしと一曲お願いできませんか」

「ちょっと、あんた、ずるいわ。わたくしともお願いいたしますわ」

「いや、あの……一曲ずつでしたらお受けいたしましょう」


 ご令嬢にダンスに誘われ、戸惑いながらも仕事と割り切ったのだろうね、お手をと先に声をかけてくれたご令嬢に差し出して、ホールの方へ彼女を連れて行った。うん、中々、ダンス上手いじゃないか。ご令嬢も満更じゃないんだろう頬を赤く染めてベルの胸にもたれかかっている。さて、俺も踊った方が一応、いいんだろうなと友人が踊りに行って寂しいのでという体で近くにいたご令嬢を誘った。




 ひとしきり、踊りきると先に踊り終っていたベルが両手に飲み物を持ってきょろきょろと誰かを探している。


「ベル」

「あぁ、アルの奴がいねぇ」

「使用人に聞いてみたかい」

「……聞いてねぇな。聞いてくる」


 持っててくれと俺に飲み物を渡し、ベルは使用人に聞きに行った。それにしても、俺に荷物持ちさせるのはベルぐらいだね。別に悪い気分じゃない。戻ってきたベルは苦笑いを浮かべ、手洗いだと答えた。


「大丈夫かな。結構広いから迷うんじゃないか?」

「いや、大丈夫だ。アルも俺と同じで冒険者登録してるし、アイツは一度通れば道は覚えてる」

「ご令嬢が冒険者登録、か」

「まぁ、うちは普通じゃないからな」


 けらけらと笑うベルに君を見てたらそう思うよと笑みを零す。しかし、妹君は暫く経っても戻ってこない。大丈夫なのかと問おうとベルを見たら、また別のご令嬢にダンスに誘われたらしく、踊りに行っていた。

 ……気になるし、探しに行って来よう。ベル曰く、同じ白銀の髪だというし、そんな珍しい髪色ならすぐわかるだろう。使用人に少し執務の残りがあったことを思い出したからちょっと抜けると言付け、会場を出る。

 お手洗いに行くのだとしたら、この道を――。


「……ッ」


 母上が手入れを徹底させている庭園。そのガゼボの中に月あかりに照らされた銀髪の少女。ほんのりした光を纏ってるかのような幻影も見える。本を読んでるようで、月が翳ると手を止めて庭を眺めている。幼さの残る顔だが、ベル曰く十八になるのだったかな。

 ライネリオは雷で射たれたと言っていたけど、俺の場合は胸が締め付けられる感じだ。知らず知らずのうちにぎゅっと胸元を掴んでいた手を離し、服を整える。彼女と話してみたい。その一心だった。

 彼女の近くまで言ったけど、こういう時どう声をかけたらいいのだろう。そう考えていると、俺が影になってしまって本が読めなくなったせいなのだろう彼女が顔を上げた。天色の目が俺を見つめる。あぁ、心臓がうるさい。


「今、本を読んでるの。そこに立たれたら読めないわ」


 鈴のような愛らしい声。きっと俺が王太子と知らないんだろうね、兄妹揃って、同じだ。俺は謝罪をし、隣に座ることを尋ねれば、どうぞと言いつつも、会場に戻らないのかという。疲れたと正直なことを言えば、桃色の唇が孤を描く。彼女に美しいと言われると素直に嬉しくなる。ただ、本音を言えばカッコいいだとかそういうのを聞きたかったけど。

 そして、やはり、彼女がベルの妹君であるアルセリア・スティングラー嬢だと知る。それにしても、想像はしていたが声はかけられていたか。でも、逃げ出してくれて感謝しよう。こうして、俺にチャンスが巡ってきたからね。

 それから彼女の読んでいる本を尋ねれば、母上もよく読んでいた本。終わり方が終わり方だから、続編を期待してたらしいけどね。彼女に面白いかと尋ねれば、彼女が面白いと思うことを教えてくれる。その際に体がというか顔との距離が近くなり、ほんのりと柔らかな匂いに落ち着けと念じる。というより、彼女はもう少し男性を警戒するべきだと思う。

 説明の後におすすめの本を尋ねてみたけれど、うーんと難しい顔。本好きでいろんな本を読んでいるとベルも言ってたからすぐに出るかと思ったんだけど、彼女からしたらそうではなかったみたいだ。


「貴方が面白いと思えるものを考えてたの。折角なら、ほら、面白いとか楽しいって思ってもらいたいじゃない」


 勉強や話のネタとしてじゃなくて、楽しいと思えるものを考えてくれていた。その言葉だけで嬉しくて、今、彼女が読んでいるものを尋ねれば、異邦人の研究書と答える。うん、ベルに聞かされていた通りだ。多分、彼女はこの夜会が終わったらまた領地に引きこもってしまうだろうね。ズルいかもしれないけど、王家の叡智を使わせてもらおう。

 珍しい本という言葉に目がキラキラと輝く。あぁ、可愛い。愛らしい。愛しい。このまま連れ去ってしまいたいそう思う気持ちを抑え、招待状を送るよといえば、遠慮しつつも頷く。本当に本に弱い子だね。

 それから、ベルのことが探していたことも思い出したことにして、彼女に告げれば、大変と本を抱え、俺に一礼をして去って行った。残された俺は手近にいた使用人に用事が出来たから、後は任せたと伝え、すぐさま母上の許へと向かった。


「夜分、失礼します」

「どうかしましたか? 今、夜会の最中でしょう。お戻りなさい」

「すみません。実は俺の相手が見つかりました」

「まぁ、本当に!? あぁ、よかったですわ」


 手を叩いて喜んでくれる母上に彼女の身分などを説明し、王家の書庫へ入れるように手配を頼む。そんなことをしていると父上が入室され、俺がいることに驚いていた。それから、母上にも話したことを告げれば、またすてぃんぐらーと拙く呟かれていた。父上の気持ちもわからないでもない。また、スティングラーなんだよね。

 後日、招待状を送り、そろそろ到着した頃かなと暦を確認してると珍しくベルが飛び込んできた。


「おま、おま、なんで、アルだよ!?」


 いつ、それを知った? 聞けば、父上から手紙が来たと見せてくれた。早馬で駆けたとしても今日届くはずの手紙に対しての返信が今日ベルに手紙が届くのはおかしいと思うんだけど。ベルにその疑問を伝えたけど、父上だからな、わからねぇと返されればどうすることもできない。とりあえず、そのスティングラー子爵の手紙を拝見させてもらうと遊びか本気かの有無を問えという事が書かれていた。

 遊びとは心外だね。本気も本気だよ。これから、ゆっくり攻めるつもりだったんだけどな。


「一応、言っておく。本気ならうちの父上に気を付けてくれ。アルから手遅れなる前に殺ろうか的なことをぶつぶつ言ってたって手紙が入ってたからな」

「なにそれ、怖い」

「父上、アルの事大好きだからな。それにあの人、多分俺やメルよりも強い」


 はぁ、可愛い妹がレオの嫁に行くのかと呟いてるのが聞こえて、うん、ベルも大概妹好きだよね。そういえば、シャルロの報告にソファとかに一緒に座った際、膝に座らせてるとあったんだけど、事実かな。


「なんだ?」

「いや、なんというか、報告でね、兄妹としての距離がおかしいんじゃないかって」

「……あぁ、俺か父上がいれば、その膝の上に座ることか」


 聞けば、距離が開いて座るのも寂しいし、隣に座るのもなんか違うし、と最終的に落ち着いたのがそこだったらしい。なんでだい。まぁ、アルセリア嬢は小さいからまぁ、それほど問題ないのかもしれないけれど、もしかして危機感がないのはそれのせいじゃないのかな。

 その後、ベルの口から距離が近い兄妹の話を聞きつつ、手紙の返事に本気であることを伝えて欲しいのと、王都への交通費などは俺が持つこと書いてもらった。


「……手作りの料理、か」


 あいつの作る料理は変わったのが多いけど、美味いんだというベルの話に正直羨ましい。いつか、食べる機会があると祈っておこう。




 その日から、俺は仕事をさっさと終わらせると書庫に籠り、本の場所を覚えるのに必死になった。彼女に少しでもいい所を見せたいからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る