私が本で釣られました

 いつものようにミトロヒアルカでムカと駄弁って、お小遣いも稼いで帰宅したら、玄関にお父様が渋面をして立っていた。


「アル、ちょっと僕の書斎に」


 珍しい。お父様が私を書斎に呼ぶなんて。けれど、断る理由もないから、頷いてお父様の後について書斎に向かう。その時に気づいたのだけど、お父様の手には手紙があった。

 書斎につくとお父様は持っていた手紙を自分の膝に座った私に。心当たりはと問われたけど、特に心当たりはなく、手紙の封を確認させてもらう。ちなみにお父様の膝は私とお母様専用なの。離れて座るの寂しくて、これがうちのスタイルだったりするのよね。それよりも、手紙よね、手紙。

 宛先は私、アルセリア・スティングラー。裏の封蝋は王家のもの。……王家? 何故? 差出人は流石に裏には書いてないわね。


「開けてみても?」

「君に来たものだからな。中身に関しては僕も見させてもらうよ?」

「えぇ、大丈夫よ」


 お父様が差し出したペーパーナイフを受け取り、封を開ける。てか、紙質かなりいい。流石、王家の紋が書かれてる紙ね。

 手紙を取りだし内容よりも先に差出人を確認する。最後のページに書かれていたのはレオカディオ・リヴァングストン。お兄様の友人である王子の名前だった。やはり、ご挨拶をしなかったことのあれかしら。


「……アル、すまない。先に内容を見たのだが、これはどういうことだい? 場合によってはちょっと始末しようかと思うんだが」


 怖いことを真顔で言ったお父様に苦笑いしつつ、お父様が指し示す内容を読む。


『月光降り注ぐ庭園での逢瀬は非常に楽しく有意義だった』


「アル、まさかとは思いたくないんだ。君に限ってそんな」

「お父様、これは違わなくないけど違うから」


 ただ、本を読んでお話ししただけよと言えば、言葉の咀嚼には時間がかかったもののアルらしいなと納得された。まぁ、それまでの経由まで話す羽目になったのだけど。それにしても、あの時の彼が王子様だったとは驚きだ。嘘です。実はちょっとだけ、王子様かもしれないなって思いました。でも、都合よく王子様に出会えるなんて思ってなかったし、ないないと思ってたから、選択肢から除外しちゃったのよ。


「つまり、この手紙はアル個人を招待したいというものだな」

「みたいね」

「うーん、ある程度は許容するつもりでいたが、王太子は考えてなかったな。むしろ、考えたくないな」


 あの時の約束を覚えていてくれたようでこうして招待状を送ってくれた王子様。普通の令嬢のお父様なら諸手を挙げて大喜びなところなのだけど、私のお父様は違うようで渋い顔。ちょろちょろアイツの息子だろ、いや、そもそも逆のことも考えられるだろなどとお父様から声が漏れてる。というか、お父様、王様の事アイツって言ってるけどお知り合いなのかしら? いや、知り合いだったら集まりとかに出席するわね。お父様、出来るだけ貴族の集まりなどは適当な理由をつけて断ってるし、むしろ会いたくないって感じね。まぁ、お父様自身隣国の出身ということもあってなんでしょうけど。

 私とお兄様が生まれる前に隣国とは戦争ばかりしていた。我が国はだいぶ押し負けてたけど、大きな戦争の際になんとか勝ち、協定を結ぶことで今現在のような平和を築いたらしいの。つまり、お父様はその最後の戦争の際に敵側にいたってことよね。でも、王様が当時王太子だったとしても、会う事なんてあったのかしら?


「アル、君はどうしたい?」

「どうしたいとは?」

「その、王太子と結婚したいとかそういうのだ」

「……待って、お父様。話が飛躍しすぎてるわ」


 推察に意識を向けてたけど、お父様の言葉に私は困惑する。どうして、ただの招待状が来ただけで結婚だなんていう話に飛ぶのよ。


「招待状を送るという事はアルに気があるという事だ」

「どうしてそうなるの!? 他のご令嬢にも送ってるかもしれないじゃない」

「アル、一応、僕は情報としてリヴァングストン王家の特質も知ってる。簡単に女性に招待状を送る家ではない」

「いや、うん、確かにそうだけど、一時の気の迷いというのも」

「可能性はあると思うかい?」


 いや、ないな。間違いなくゼロよ、お父様。だって、私の馴染みの冒険者であるメルことメルチョルが一目惚れされて逃げられなかったんだもの。

 メルチョルは私やお兄様の先輩冒険者。先輩というよりも先生に近いかしら。隣国の外れに生まれた戦争孤児でこっちに身を寄せたらしい。で、ひょんなことで第二王子様に出会ってしまい、求婚され、逃げに逃げまくったけど彼が諦めることなく追いかけて、結果メルチョルの方が諦めたそう。第二王子様がヤンデレ持ちの可能性はそのメルチョルから聞いたもの。

 ちなみに第二王子様とメルチョルは親子ほど年齢が離れてる。簡単に言えば、私とお父様みたいな感じね。だから、一目惚れには本当に上下の制限がない。性別の壁も王家には通用しないのだ。


「きっと問われることになる。結婚するか否か」

「で、でも、今回は本を見させていただくだけよ?」

「僕はアルが本で懐柔されないか不安だ。あぁ、そうだ、手遅れになる前に消しておくか?」

「待って、お父様、その発言はダメよ」

「大丈夫。こう見えても誰にも気づかれないように殺ることは得意だ」


 いや、なんでそんなことが得意なの!? 前職がなんだったか聞きたいけど怖すぎて聞けないわ。


「お父様、もしかしたら、本当にもしかしたら、ただの招待状かもしれないじゃない」 

「……そうだな、ただの招待状かもしれないな。一応、真意を問うようにベルに手紙を書いておこう」

「私もその手紙にご一緒させてもらってもいい」

「構わないよ。取り合えずはベルの返答次第でこの招待を受けるかどうか考えよう」

「えぇ、わかったわ」


 本当のところ、私としては本が見られるのなら是非になんだけど。

 大体、メルチョルは逃げられなかっただけで、私はなんとかなるかもしれないじゃない。……嘘です、見栄を張りました。思えばメルチョルってば前職は軍人じゃないかってばかりの屈強な人だったわ。そんな彼が陥落したのよね。私に逃げられるかしら。いえ、申し込まれても逃げるわ。なんとしても、逃げてみせるわ。だって、王太子妃なんてものになった暁にはミトロヒアルカに潜れなくなってしまうもの。重大事項だもの。




 後日、お兄様から届いた手紙にはそういうつもりもあるとの回答があった。やっぱり、消そうかというお父様を宥め、私は覚悟することを決めた。


「珍しい本を見に行ってくるわ!」

「うん、君は恋より本だったな。しかし、本当に考えないといけないことだからな。逃げられない事項だということを頭にいれておくんだ、いいな」

「えぇ、わかってるわ」

「……場合によってはアイツが反対するってことも考えられるが、特質的に理解してるからその可能性も低いだろうな」


 ブツブツ呟いてたお父様は最後には流されたとしても結婚には頷くなと強く言っていた。まぁ、婚約までなら、なんとかできるだろう云々言ってたけど、もう婚約したらおしまいじゃない? 婚約破棄されたらお父様やお兄様の悪評にならないかしら。そこは別に構わないらしいわ。私が構うんだけど。

 それにしても、お兄様の手紙、早かったわね。お父様があの日に送ったとしても、もう少しかかると思ったのだけど。まぁ、いつものことだし、気にする必要はないわね。


「どんな本があるのかしら」


 頭の中は出会ったことのない子達のことで頭がいっぱいになった。


「費用とか向こう持ちって、ほぼ握られたようなものじゃないか、これ。いや、でも、うちから出せるのはないから助かるのだが」


 いざという時は殺るしかないな云々ってお父様から聞こえるけど気のせいよ。私の頭は本でいっぱいだもの。

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