無限の焔――伝説が産まれた時――

八重垣ケイシ

無限の焔


 大草原にダークエルフのスーノサッドとふたり佇む。スーノサッドは草の上に座り込んで包みを抱えておる。

 見える範囲では今のところは特に何も無い。穏やかな草原は晴れて少し日差しが暑いくらいじゃ。その暑さも爽やかな風がゆるやかに吹き流してくれる。


 ――なんでこうなったんじゃろうな?


 ワシはちっとばかり長くやっておるだけの、ただの探索者だったんじゃが。

 地下迷宮を探索する探索者、部隊パーティ灰剣狼の一人、探索者歴百年のディープドワーフ、ガディルンノ。それがこのワシ。

 人間ヒューマンと多種族連合軍の戦争に関わるなど、思いもせんかったわい。


 今ごろはドルフ帝国の小人ハーフリングミトルとエルフ同盟のライトエルフ、エイルトロンが、人馬セントールの村の跡地に住み着いた人間ヒューマンの避難をしとるはずじゃ。

 部隊パーティ白角のライトエルフ、ファーブロンも手伝っておる。そちらは上手くいっとるのだろうか?


 ここに進んで来とるという人間ヒューマンの狂乱した集団を止めるために、ワシとダークエルフ、スーノサッドのふたりで足止めすることになった。

 大草原はあっちもこっちも混乱してて、人員がぜんぜん足らん。サーラントがワシらを呼んだのもそのためなんじゃろ。

 地下迷宮で鍛えた探索者というのは戦力として使える、ということなんじゃな。


 特にスーノサッド。火の系統に関しては天才の魔術師。それがドリンの作った魔力補充回路を装備しとる。

 この魔力補充回路の調整の為にドリンとスーノサッドに付き合ったわけじゃが。

 これがシャレにならん。

 やっとるのが個人とは思えん火系統魔術の連続使用と効果の増大。魔力酔いという欠点があっても、魔晶石さえあればひとりでいつまでもバカスカ射ちまくるというのは。

 確かにこれなら大迷宮43層からの雪原も力押しで突破できるじゃろ。

 無限の魔術師、グリン=スウィートフレンドの隠し技、練精魔術の秘奥。とんでもないわい。ドリンが言うには、


『魔力補充回路を装備したスーノサッドが隠れ里の最強攻撃力だ。ガディルンノはスーノサッドをサポートしてくれ。魔力酔いしたら早めに治癒の加護で治して欲しい。で、暴走しないように見ててくれ』


 だと。ドリンの奴もさらっと言いおる。確かにワシの治癒の祈りでたいていの病気も毒も治せるから、魔力酔いも簡単に治癒できるんじゃが。

 魔力補充回路もスーノサッド専用に細かく調整できたようで、魔力酔いも押さえられて、今のところ頭がおかしくなることも無い。

 よくもまぁ、あんな人体実験みたいなことをやるもんじゃ。それを乗り越えるスーノサッドは根性あるのう。

 ただ、そのスーノサッドが何故か途方に暮れた顔して座り込んでおる。これから防衛戦じゃというのに。


「スーノサッド、しゃっきりせい。シュドバイルになんか言われたのか?」

「……いや、シュドバイルには、がんばってね、と応援された。あと、髪をセットしてもらって、服を用意されて、なぜか口紅をつけられた」

 

 改めてスーノサッドを見る。たまに寝癖の髪をそのまんまにしとるスーノサッドが、今の見た目はかなり決まっておる。

 装備……、いや、これは装備と言うより衣裳と呼ぶべきじゃな。

 黒い光沢のあるピッチリしたズボンに、黒革のブーツには赤いリボン。黒のシャツの衿はパリッとしてて赤い紐のタイが胸に下がる。

 そして炎と飛び散る火の粉のイメージで、赤と金の刺繍が服のあちこちにキラリと光っておる。黒浮種フロートの新素材のガラス繊維は光を反射してキンキラ光る。白いベルトがアクセントになっとる。

 髪もキッチリとセットされて、唇には紅がつけられて濡れたように赤く艶やか。これから舞台に出る演者としては完璧じゃ。

 ここは大草原でこれから戦闘なんじゃが。お洒落して化粧してどうするんじゃ?

 

 背中には魔晶石をたっぷり詰め込んだ平たいリュック。

 魔力補充回路を仕込んだ肘まで覆う指ぬきグローブは、銀糸で複雑な紋様が描かれておる。刻印系統の魔術式かとシュドバイルに聞いてみたら、


『なんの効果も無いわよ? 白蛇女メリュジンが盛り上がって作っちゃっただけで。でもこれでスッゴい魔術師に見えそうじゃない?』


 という見た目だけのハッタリじゃった。いやグローブの中にはドリンの作った魔術回路が仕込まれとるけど。

 こんな芸人を昔、故郷の演芸場で見た気がするわい。シュドバイルは何を考えてるんじゃ?

 遠い目をしたスーノサッドが、ふうとため息ついて、なんか弱々しく語りだす。


「……ガディルンノ、俺は、英雄になりたかったんだ」

「なんで過去形なんじゃ。それに探索者なんてもんをやっとる奴は、みんな腹の底にそんな思いを持っとるわい」

「何て言うのかな、ドリンとかアムレイヤとかシャララを見てると、俺には無理だったのかなって感じてしまって」

「最近、なんか考え事しとるのはそれか?」

「あぁ、うん」


 スーノサッドは手に持った包みを胸に抱きしめる。ワシも隣に座って話を聞く姿勢をとる。

 スーノサッドがやる気を出してくれんと困るんじゃが。


「50層級、無限の魔術師、グリン=スウィートフレンドに憧れていた。その孫のドリンを見てると、やっぱり違うなって。魔晶石で魔力回復なんて思いついても、俺には自分の身体を実験台にして研究とかできない。ドリンの大魔法、『素敵なご馳走』なんて神の加護に介入する、世界の理に手を出す禁断の秘術だ。そんな大それたこと俺には考えつかないし、たとえできると知っても怖くてできない」

「それはスーノサッドがマトモな常識を持っとるからじゃろ」

「まともじゃダメなんだよ、普通じゃそこを越えられない。その一線の先にあるんだよ。英雄とか天才の世界っていうのは。だから、自分が凡人だって思い知らされるよ」


 あの隠れ里には、スーノサッドのようなまともな常識を持っとる奴の方が貴重だと思うんじゃがの。

 グランシアといいサーラントといい、力をもて余して危なっかしいのが多いからの。


「シャララはもとから幻覚系統の天才。それが自分の身体を痛めつけるような特訓を、楽しいってこなすんだ。努力を苦労なんて思わないからどんどん進歩する、成長する。アムレイヤも天才肌で、俺と同じようにドリンに練精魔術を教えてもらっても、俺が唸ってる間にあっさり理解して習得している。ほんと、あいつらは凄いよ」


 くたりと落ち込むスーノサッド。

 ふむ、またか。


 ワシは長く探索者やっとるから若いもんの悩みとか聞いたりする。特に若いエルフの魔術師は考えすぎるのか悩む奴が多い。

 魔術適性の高い者特有の悩みごと。

 魔術適正は生まれ持って決まっている。それは努力や修業ではどうにもならん。

 スーノサッドは火の系統ならば他の者の追随を許さぬほどに得意としとる。そのかわり他の系統は苦手。

 ドリンも水の系統は得意じゃが治癒は使えず火の系統は使えん。

 運命の悪戯か神の思惑か、得意な系統と不得手な系統が決まっておる。生まれ持つ魔力の波長とやらで。

 そんな魔術師のどうにもならない愚痴をこれまでよく聞いたもんじゃ。

 魔術適性を別にすれば、アムレイヤは天才というよりは器用で、スーノサッドは不器用なだけなんじゃが。


「あいつらが羨ましいよ」


 ボソボソ呟くスーノサッドをちらりと見て、言うことにする。


「アムレイヤはスーノサッドが羨ましいと言っておったがの」

「……え? アムレイヤが? なんで?」

「こういうのは本人から直接聞いた方がいいんじゃがの。アムレイヤはアムレイヤで悩みがあるんじゃよ」


 グレイエルフのアムレイヤ。初心うぶな男をからかう悪癖があるが、明るくて気配りのできる良い娘じゃ。


「アムレイヤはな、ほとんど全ての魔術系統の適性がある。しかしそのかわりに得意な系統が無く、そのために上位の魔術が使えんのじゃ。どれもこれもそこそこ使える程度で、と本人が言っておった。そんなアムレイヤから見ると火系が得意なスーノサッドに憧れるんじゃろ」

「アムレイヤがそんなことを?」

「あらゆる系統を器用にちょっとずつ使えるよりも、エルフの長い寿命をかけて、ひとつの系統を極めてその道の一流になる。アムレイヤはそういうのが欲しいんじゃろ。アムレイヤが愚痴って言ってたんじゃがな、スーノサッドが火系以外が苦手なのは、ダークエルフの加護神が、余所見しないでそれを極めろって与えた加護なんじゃないか、とな」


 誰もが己に無いものを求める。ワシもそうだし、若いもんはなおさらだわい。だからこそ、そこに追究するおもしろさがある。


「スーノサッドが苦手な系統を修練した成果もちゃんと出とるじゃないか」

「なにひとつものになってないのに、どこに成果があるって?」

「今のスーノサッドが着とる服、それと抱き締めとるその包みがそうじゃ」

「……これが?」


 己の姿を改めて見るスーノサッド。白蛇女メリュジンがおもしろがってスーノサッドをコーディネートしとるのもあるが。


白蛇女メリュジンが魔術についてはスーノサッドを先生にしとったじゃろ」

「他にいなかったってだけだ」

「これはワシのことなんじゃがな、ワシは探索者として素質も無いし戦士の素質も無い」

「なに言ってんだ、ガディルンノは一流の探索者じゃないか」

「まぁ、聞け。ワシは物覚えも悪くて、ひとつのことができるようになるのに他の奴の3倍時間がかかった。そのおかげで他の奴よりは長く楽しむことができたわけなんじゃがの。百年以上探索者を続けていられるのもそういうことじゃ。で、今は新米に教えるのが上手いとか言われる」

「ガディルンノと言えば、困ったときの知識の倉だから。実際いろいろ知ってるし解りやすく教えてくれるし」

「なんでそう言われるのか考えてみた。誰かに何かを教える奴というのは、天才よりもワシのような不器用な奴の方が向いてる、ということじゃな」

 

 不思議そうに見るスーノサッド。実際のところワシは長くやっとるだけで、部隊パーティ遊者の集いのように派手な戦績も無い。探索者としては、やっと2流という自覚はある。


「天才っていうのはさして悩まずに次々と憶えて理解してこなしていく。だからこそ基礎が理解できなくて、上手くできない奴の気持ちが理解できんのじゃ。基礎的なことを教えるのはな、向いてないとか頭が悪いとか言われながらも、それにかじりついてできるようになった、不器用者の方が上手く教えられるんじゃ」

「……、」

「なぜならできるようになるまで、悩んで苦しんだからじゃ。何が解らんのか、なんで納得できんのか、どうして何度やっても上手くいかんのか、どこに引っ掛かっておるのか、それが解るんじゃ。そこんところをさらりと通り過ぎた天才には、そこで悩む者の気持ちは知ることができんのじゃよ。白蛇女メリュジンが魔術に関してはアムレイヤよりもスーノサッドに聞きに行ったのは、スーノサッドが教えるのが上手いからじゃ」

「……いや、白蛇女メリュジンは、異種族の男に興味があったからで」

「仲の良さなら全裸会で、アムレイヤと白蛇女メリュジンはそれこそ裸の付き合いしとるわい。その白蛇女メリュジンが魔術先生と呼んだのはスーノサッドだけじゃ。そこには自信を持って、しゃっきりせい」


 物覚えが悪くて不器用だったからこそ、できるようになったことがある。スラスラとこなせる奴を羨んだこともある。後から来た新米に抜かれて、悔しい思いをしたこともある。

 じゃが、百年探索者を続けて解ったことがある。悟ったことがある。

 だからこそできるようになったものがある。


「……そうなのか? ガディルンノ?」

「そうじゃよ、スーノサッド。それに英雄と言うならな、これからワシらのすることはなんじゃ? 人間ヒューマンが全員逃げるまで、狂乱した奴らから守るために戦うなど、いったい何処の英雄譚じゃ? 今どきの詩人でも歌わんような古くさい話じゃわい」

「あぁ、それもそうか」

「『ここはワシに任せて、早く逃げろ!』とか言う好機じゃな。まさかそんな立場に立つとは思わんかったわい」

「はは、『ここは誰ひとり通さん! 我が命に代えても!』とか言ってもおかしくない状況か。ほんとに、なんなんだこれって」

「行きずりで触るな凸凹が助けた人間ヒューマンの親子には、あいつら英雄なんじゃと。それが今度はワシらの番じゃと。なんでこうなったんじゃ?」

「はは、あはははは」

「くっくっくっくっくっ」


 大草原に座り、スーノサッドと並んで笑う。呑気な風景はこの大草原が今、悪魔と人間ヒューマンが混乱して迷走しとるとは思えん。

 じゃが、今もここに向かって来ておる奴らがいる。笑ってスッキリしたのかスーノサッドが明るい声で言う。


「流石、ガディルンノ。困ったときの知識の倉だ。元気でた」

「それならそろそろ準備せい。なんでその包みを開けとらんのじゃ?」

「シュドバイルが『本番まで汚さないように、直前に装備してね』って」


 本番ってなんじゃ? ますます舞台じみてきたわい。

 言いながらスーノサッドが包みを開ける。出てきたのは手紙と、これは仮面か? 顔の上半分を隠すようなお洒落な仮面。

 スーノサッドが手紙を読む。


「これは、ドリンからだ。えーと、

白蛇女メリュジンに魔力補充回路仕込みのグローブとポーチを作るのを手伝ってもらったら、魔術先生をカッコ良くコーディネートするって盛り上がったので、装備一式白蛇女メリュジンに任せることになった。

 それで抗精神侵食の護符はバンダナから仮面に変更。パリオーの刻印系統と合わせて、魔晶石をはめたら微量だけど思考速度、反応速度が上がるようになってる。

 ポーチはリュックに変更、スーノサッドは両手で大きく印を切るからベルトポーチよりリュックがいいだろ。リュックを隠すマントは白蛇女メリュジンの力作だ。

 魔力補充回路は俺とじーちゃん以外に使うのはスーノサッドが初めてなので、身体になにか不調があればすぐに停止するように。

 これを装備したらスーノサッドが3代目無限の魔術師だな、がんばってくれ』

え? 俺が3代目? 無限の魔術師ぃ?」


 なんでわざわざ手紙なんじゃ、まぁスーノサッドがやる気出すにはいい方法なのか? 3代目とか無限の魔術師とかブツブツ言いながらプルプルしとるし。

 人馬セントールの村の跡地の方からから誰か来る。ドルフ帝国の人馬セントール兵士、背中には小人ハーフリングのミトル。


「すみません、まだ全員の避難が終わりません。おふたりに頼ることになりそうです」


 謝るミトルに返事する。


「ま、ワシらそのために来とるのだし」

「おふたりの実力を疑うわけでは無いのですが、大丈夫ですか?」

「スーノサッドが本気を出せばいけるじゃろ。おいスーノサッド、早く準備せい」

「あ、あぁ、ちょっと待ってくれ」


 スーノサッドが包みの中から畳まれたマントを取りだし広げると、


「「うわぁ……」」


 全員が感嘆の声を上げた。

 そこには紫のドラゴンがいた。


 マントは上が黒く下が赤い。大きく刺繍で描かれているのは古代種エンシェントドラゴン、紫のじいさんじゃ。

 鱗の模様、牙のひとつひとつまで丁寧に細かく描かれた、刺繍の好きな白蛇女メリュジンの渾身の芸術作品がそこにある。

 そのままマントから抜け出て飛び出すような迫力と存在感。その紫のドラゴンの瞳がこちらを睨み、口から下に炎を吹いている。その炎でマントの下は赤い。

 紫のじいさんが炎を吹いとるとこなど見たこと無いんじゃが。これノクラーソンが鑑定したらいくらになるんじゃろ? 天井知らずの価値がありそうじゃ……。

 肩のところには白い獣の角を加工したような飾りが……、これ獣の角じゃ無い?

 これ紫のじいさんの牙じゃ。これは鑑定不能じゃ。このマントに匹敵する財宝などワシは見たことないわい。


「……これ、凄いな……」

「ん? スーノサッド、下の方に何か書いてあるぞ?」


 紫のドラゴンの火炎の吐息の中に、刺繍で小さく文字が入っている。


『魔術先生

 スーノサッドへ

 白蛇女メリュジンより

 親愛と敬意を込めて』


「……う、」


 その場にマントを抱き締めて膝を着くスーノサッド。


「うぐ、俺、俺は、先生なんて、ちゃんとできなかったのに、あ、あいつら、うぅ……」


 スーノサッドがボロボロ泣き崩れた。おおい、やり過ぎだぞドリン。


「ひぐ、俺の方が、あいつらから、う、教えてもらうこと、ばっかりで、それなのに、それなのに、うわ、あああああ」


 号泣じゃ、男泣きじゃ。いや、感動的なとこなんじゃが、今はそういうときじゃ無くて。


「あーもう、しっかりせいスーノサッド。これ着けてカッコいいとこ見せてやれ。そのためのもんじゃろ」


 スーノサッドの手からマントを取ってスーノサッドに着けてやる。ほんとに力作のマントじゃ、こんな派手で豪華なマント、戦闘に着てくもんじゃ無いわい。


 スーノサッドも見た目は悪くないし誠実だし、白蛇女メリュジンには人気ある。

 もうちょい自信を持って堂々とできれば言うこと無いんじゃが。

 豪華なマントを着けた背中をパンパンと叩いて、


「スーノサッド、火の系統に関しては百層大迷宮いちの魔術師じゃろ。そこには自信を持て」

「あぁ、火の系統、それだけは得意なんだ……」


 なんか虚ろに呟いとる。

 包みの中の仮面を取ってスーノサッドに差し出す。顔の上半分を隠すように作られた銀の仮面には、火炎の文字を崩してデザインした赤い紋様が描かれておる。

 これまた派手じゃのう。

 

 スーノサッドは仮面を顔につける。抗精神侵食の護符のついた仮面。ワシは仮面についとる赤い布を、スーノサッドの長い耳の上を通して後頭部で蝶結びにキュッと縛ってやる。


「……火の系統なら、百層大迷宮で、1番なんだ。火炎のスーノって、呼ばれたこともあるんだ……」


 ブツブツ言っとる。これ大丈夫なんか? 戦えるのか?

 草の上に膝を着いていたスーノサッドがユラリと立ち上がる。

 その姿を見て人馬セントール兵士とミトルが、ほう、とため息をつく。


 背中には炎を吹く紫のドラゴンを背負い、全身を赤い炎で彩られた銀の仮面の黒衣の魔術師。

 黒いグローブは銀糸で複雑な紋様で飾られ光を反射する。

 顔の上半分は銀の仮面で隠されて、ダークエルフの褐色の肌の中で唇だけは濡れたように赤く艶やか。

 白蛇女メリュジンコーディネートはバッチリ決まり、どこの舞台に立っても見栄えは完璧じゃ。


「スーノサッド、その仮面、視界はどうじゃ?」

黒浮種フロートのテクノロジス素材だ。白蛇女メリュジンの目隠しと同様、こちらからは透けて見える。なにも問題は無い」


 ん? 

 なんかスーノサッドの声が低くなった?


「ガディルンノ、鏡はあるか?」

「あ、あぁ、小さいのならある」


 黒浮種フロートに作ってもらった髭の手入れ用の合わせ鏡コンパクトを開いてスーノサッドに向ける。

 スーノサッドは鏡を覗き込み、仮面を確認。少し離れて鏡を見ながらマントをバサリと翻す。

 左手を手刀の形で顎の下に添えて斜め上方を見上げる。次いで左手を水平に横に伸ばして正面向いて、右の手のひらを仮面にあてる。

 ……何をしとるんじゃ?

 ビシィッ! とか、ズバァッ! とか音が聞こえてきそうな決めポーズを、マントをはためかせながら、次々にカッコ良く決めるスーノサッド。

 いつもはちょっと猫背の背中が真っ直ぐ伸びて、少し背が高く見えるような?


「お、おい、スーノサッド?」

「なんだ?」


 やっぱり声が少し低くなっとる。

 急にどうしたんじゃ?


「あぁ、戦いの時が来たか」

「お、おぉ。準備はいいか?」

「では、くか。我が友ガディルンノよ」


 バサリとマントを翻して歩き始めるスーノサッド。

 くか? くってなんじゃ? あと自分のこと我とかゆうたか?


「おい、スーノサッド?」

「……スーノサッド、スーノサッド、……スーノサッド、か」


 まさか、もう魔力酔いか?


「我の名はスーノサッド、だが我はスーノサッドでは無い」


 いや、お前はスーノサッドじゃろ?


「我は3代目無限の魔術師」


 ドリンが手紙にそんなこと書いておったの。


「非道を繰り返す愚昧の徒よ、懺悔の時だ」


 なんか言い出したー!?


「己が愚行を後悔するココロらば、跪き赦しを請うがいい。我が正義の断罪を受ける前に、ホムラの鉄槌を下す前に――」


 お、おいぃ? スーノサッドー?


「我は炎獄の使徒、我こそは3代目無限の魔術師、罪人よその魂に刻むがいい。我が名は――」


 ここでちょっとタメを作ってー?


「我が名は――無限のホムラ!」


 無限の焔? なんじゃそれー?


「あ、おい? スーノサッドー!」


 スーノサッドは堂々と歩みを進める。迷いの無い足取りで草を踏む。1歩ずつ大草原を征服するかのように踏み進む。


 この時、伝説が産まれた。


 後の世に数多の吟遊詩人に歌われる物語。

 ドラゴンをその背に背負う仮面の魔術師。

 嘆き悲しむ者を救いに来る黒衣の英雄。

 無尽の魔力で悪行を焼き尽くす炎の化身。

 悪のあるところに現れる正義の怪人。

 様々な形で語り伝えられる正体不明の謎の最強の魔術師、『無限の焔』はこの日、大草原にひっそりと爆誕した――


 この日を振り返ってディープドワーフのガディルンノはこう語る。


「スーノサッドの精神がヘンな世界に入って行くところを目撃した。止められなかった。なんか怖かった」


 ――と。

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