太鼓の音
日暮之路吟醸
太鼓の音
ぽん、ぽん、ぽん。
私が目を覚ましたのはそんな太鼓の音が聞こえてきたからだった。
少し甲高いその音は、正確には太鼓の音ではなく鼓の音だったのだが、寝起きの働かない私の頭ではただ眠りを妨げる耳障りな音程度にしか認識しなかった。
朝早くに迷惑だ!!
多分どこかの学校で文化祭だか運動会だかをやっているんだろう、そう思いながら十二月に入りめっきり寒くなった気温を避けるように布団に包まった。
ぽん、ぽん、ぽん。
太鼓の音はまだしていた。
その所為で再び眠りにつく事ができない。すると次第に頭もその重い腰を上げ働き始める。
ふと、音が次第に近づいて来ているように聞こえた。
ここに来て私は漸くもぞもぞと布団の中から顔を出し窓見た。
カーテンの隙間から見える空は少し色を変え始めてはいたが、未だ暗いままだった。
あれ、今一体何時なんだ?
そう思ってスマートフォンの電源を入れれば、五時を少し過ぎたあたりの時刻が画面に映し出された。
朝早くとは思っていたが、あまりにも早すぎる。
あまり大きい音ではないとは言え、聞こえてくる音はよく響いて聞こえた。
何かイベント事があったとしても、そんな音がこんな時間に響けば苦情が来るだろう。
一体あれは何の音なんだ?
太鼓の音なのは分かっていた。けれど、何の目的で鳴らしているか、それが気になってしまった。
寒さに耐えながら、リビングを通り音のする方の部屋へと向かう。
部屋の通りに面した小窓からカーテンをずらして見てみれば、少し遠目に白装束を着た人が鼓を鳴らしながらこちらへと歩いてくるのが見えた。
変だと思ったのは、その格好だった。
お遍路参りをするような格好で、管笠まで被っている。
その格好で脇に抱えた鼓を一定の間隔で鳴らしながら歩いているのだ。
益々持ってわけがわからなかった。
近づいて来ても笠の所為で顔もわからない。
位置も悪い。
私が住んでいるは4階建てのマンションの3階。
絶妙に笠に隠れてしまうのだ。
とは言えマンションの前を通り過ぎ背中が見える頃には私の興味は失せていた。
ちょっと変な奴が変な格好で、傍迷惑なことをしながら散歩してるだけ。
そう自分の中で納得してカーテンの隙間を閉じようとした時だった。
「ありゃ、何だ?」
男の声が上から聞こえた。
私だけではなかったらしい。
上の階の住人も太鼓の音に気が付き私と同じように犯人を見てみようと思ったのだろう。
私だけではなく他人にも見える。
やっぱりただの変人だな。
そう思って今度こそカーテンを閉じようとした時だった。
ぐるり。
そんな音が聞こえてきそうなほどの勢いで、白装束の首から上がこちらを見上げていた。
咄嗟に私は口を手で押さえた。
押さえなければ間違いなく悲鳴を上げていただろう。
見上げる白装束の顔は人とは思えなかった。
顔の中心に渦を描くように目や口がグニャリと歪んでいるのだ。
まるで顔が中心に吸い込まれているようなそんな顔。
近くもない距離ではあったのに、はっきりとその顔が脳裏に焼き付いてしまった。
私は直ぐに覗いていたカーテンの隙間を閉じた。
けれど上の階の住人は違ったようだ。
「ひっ!?」
引きつった悲鳴が上から聞こえた。
そこからの私は耳を塞ぎたかった。
けれども体が硬直してしまい、ただその場で立っていることがやっとだった。
「ギャァ!!」
「こっちに来る!!」
「登って……」
上からそんな悲痛な声が聞こえてくる。
カーテン越しに一瞬だけ影が上へと通り過ぎるを見た。
影は完全に通り過ぎることをせず、窓の右上に細長い何かを残した。
意を決して恐る恐るカーテンをずらせば、それは足だった。
浅黒く骨と皮だけの。
上の階の窓にへばりついている。
容易に想像できることだった。
さっきまで響いていた太鼓の音も、上の階の住人の悲鳴も聞こえなくなっていた。
私は音が出ないよう細心の注意をして、その部屋から出るとリビングでただ只管に辺りが明るくなるのを息を殺して待っていた。
明るくなり、何事もなかったかのように朝の準備をしてマンションを出た。
マンションを出た時、恐る恐るあの窓のある部屋を見上げたが、そこには何もなかった。
夢、だったのかもしれない。
記憶に蓋をして、私はそう結論づけた。
それから数日経って、私は嫌な事を知る。
上の階の住人は中年の『女性』で、一人で住んでいるらしい。
太鼓の音 日暮之路吟醸 @ginjyo
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