昼休みは探偵と

東雲まいか

第1話

 公園とは様々な人が行き交う場所だ。そこでは人それぞれの事情に従って、人それぞれが自分の時間を過ごす。そんな公園の日常の風景からこの話は始まる。

 会社員の双葉は、ランチタイムを社屋前の公園で過ごすのが好きだ。様々な年代の男女がいる職場では、気の合う人同士、あるいは一人で、三々五々思い思いの場所へ出かけていき昼食を摂る。双葉の場合は、ベンチに座り家から持参した弁当を広げ、温かい紅茶をすすることが日課となっている。

 銀杏の葉が色好き、広葉樹は色鮮やかに赤く染まっている。オフィスの多いこの界隈では昼休みを公園で過ごすスーツ姿の人が多く、天気の良い日はビルから出てきて休憩時間を過ごす姿がよく見うけられる。

 早起きするのは大変だが、このひと時のために弁当を作っているともいえる。


「いい天気ですね。お隣座ってもいいですか」


 公共の場所だ。駄目だとはだれも言えない。双葉に話しかけてきた男性は、ワイシャツの上にジャンバーを羽織り、昼休みにちょっと外へ出てきたような服装をしている。年齢は三十代ぐらいだろう。


「はい。どうぞ」

「よくここで昼食を摂られるんですか?」

「ええ、天気のいい日はたいてい」

「美味しそうなお弁当。いいですねぇ」


 さらになれなれしく、話しかけてくる。何か目当てがあるのだろうか、と双葉は猜疑心が芽生えるがそれを気取られないようにする。


「ああ、怪しいもんじゃありません。僕もこの辺りで働いているんです」


 十分怪しいと双葉は思い、男の顔から持ち物へと、さっと視線を動かす。


「まあ、人が多いですから、相席もありですよ」

「そういってくれると嬉しいな」


 そういいながら、向こうのビルの方を見ているところが気になる。


「僕もコンビニのおにぎりを買ったんで、ここで食べます。ベンチも満席の様だし。僕、食べるの結構早いけど、気にしないでください」

「ええ、私はいつものペースで食べますから」


 五分もすると、男の昼食は終了していた。男は動きをぴたりと止め、自己紹介した。


「僕、向こうのビルで働いてるんですよ。佐藤勇太って言います。よろしく」


 向かいのビルといっても何社も入った建物だから、当然会社名はわからない。


「こちらこそ、よろしく……お弁当を食べ終わったのでもう戻ります」

「昼休みはもう終わりですか? 短いですね」

「いえいえ、一時間ありますが、デスクでお茶を飲みながら休憩します」

「そうですか。休憩時間は一時間ぐらいですか」


 雄太は、一瞬思案顔になり、にこやかに笑顔で双葉に手を振った。


「じゃあまた」


 翌日の昼休み、双葉は再び昼食を摂るために公園へ行った。昨日と同じベンチに、勇太が先に来て座っていた。


「こんにちは、またお会いしましたね」


 挨拶をされたので、同じベンチの隣に座ることにした。


「一緒に食べますか? 一人で食べるより、二人で食べた方がおいしいかもしれませんよ」

「そうですね。私、よくここへきて一人でお弁当を食べているんです。気晴らしにいいです」

「気晴らしですか? まあ、時には一人になりたいこともありますよね。話は後にして、まずは食べましょう。お腹空いてるんでしょ?」

「もう、お腹ペコペコです。私、朝はぼーっとしてあまり食べてこないんです」

「よくないですね。元気が出ませんよ」


 双葉は、勇太の優しそうな瞳に見入った。本心から出た言葉のようだ。


「せめて昼はたくさん食べることにしてます。これでバランスとってるんです」

「本当だ、おかずがたくさん入ってる」

「よかったら一つどうぞ」

「あっ、催促したわけじゃないんだけど……」

「まあまあ、どうぞどうぞ」

「では、お言葉に甘えて一つ」

 

 勇太は、おかずを一つ選びつまんで口に運び、美味しそうに頬張った。


 翌日も同じベンチに勇太が座り、隣に双葉が座った。一週間の仕事が終わりになる金曜日、思い切って聞いてみた。


「明日は仕事はお休み。勇太さんはどうですか?」

「僕も仕事は休みです。また月曜日にお会いしましょう。この場所で」


 その日は、初めて昼休みの終わりまでずっとベンチに座って話をした。勇太の視線は一瞬双葉からあるビルの入り口に移動し、何かを射抜くような鋭いものに変わった。


「何か気になることがあるんですか?」

「いや、なんでもありません。ちょっと知り合いかなと思って気になっただけです。人違いでした」


 それでも、今まで見たことのない勇太の鋭い眼光が気になった。一時間があっという間に過ぎ、双葉は勇太に挨拶して、仕事場に戻った。


 翌週の月曜日は、あいにくの雨だった。まさか、勇太はいないだろうとは思ったが、もしやと思い一階まで降りていくと、ビルのわきの狭いスペースに立っていた。


「あら、勇太さん。こんな雨の中で、まさか外で昼食ですか? 違いますよね?」

「昼食じゃありませんが。気にしないでください。ちょっとした待ち合わせがありまして」

「ああ、そうだったんですね。お邪魔しちゃ悪いから、私もう戻ります」

「じゃあ、また。晴れたら公園で」


 外でわざわざ待ち合わせとは、どういうことなのかと双葉は不思議に思ったが、まあ事情があるのだろうと階段を昇っていった。

 雨は夕方には本降りになり、夜半まで降り続いたが、朝方には上がり、清涼な空気を抜けて降り注ぐ日差しは眩しかった。


 雨が上がったのが嬉しく、双葉は昼食の時刻ぴったりに弁当を持ち、階段を軽やかに降りて一目散に公園へ向かった。


「こんにちは! ここで食べるの三日ぶりですね」

「なんだか日課になっちゃったね。昨日はあいにくの雨で残念だった」

「今日は、ちょっと自転車で遠出しませんか?」

「遠出って、どこまで行くんですか? 昼休み中に戻れないと困るんですが」

「必ず戻れます。一時間以内には」

「どこまで行くんですか?」

「それは内緒です。あなたにお願いがあるんです。協力してくれませんか」

「協力って……内容にもよりますよ」

「実は僕、ある人の行動を探っているんです」

「ある人って?」

「それは後でゆっくりお話しします。危険な人物ではないのですが、ある会社の社員の行動がこの頃おかしいので調べてほしいと頼まれたんです。若い男性社員で、昼休みになると、何やら大きい荷物を背負ってそそくさと出ていき、午後の仕事が始まるぎりぎりの時刻に息せき切って戻ってくるそうです。上司が何度聞いても答えないので、私に依頼があったのです」

「その人は、いつも自転車で何処かへ行っているということなんですね。面白そうですね」


 しかし、こんな話を他人にして大丈夫なのだろうかと、双葉は内心心配になる。


「僕一人が自転車でつけていると怪しまれるんです」

「貴方は探偵だったんですか?」

「しーっ、声が大きいですよ」


 勇太は、口元に人差し指を持っていき、双葉にささやいた。


「なんだ、それで私とお弁当を食べていたんですね。カモフラージュってやつですか?」


 双葉は、どうりで今までうまく待ち合わせのような展開になっていたのだと感心した。


「今日から早速仕事開始です。社用車を用意していますよ。まあ社用車といっても自転車ですけどね」

「自転車乗りには自信があります。足手まといにはなりません!」


 こんな訳の分からない話に、普段の双葉なら首を突っ込んだりはしなかったのだが、勇太の今までの様子にすっかり信用しきっていた。


「じゃあ、お弁当を急いで食べてください。そろそろですから」


 双葉は大急ぎでお弁当のおにぎりを口いっぱいに詰め込み、ランチボックスを小さな手提げに収めた。


 ビルから出てきたその男は、サングラスをかけ帽子をかぶっていた。背中には登山用と見間違うほどの大きなリュックを背負っている。何か大きなものが入っているに違いない、と双葉は思う。


「さあ、付いてきてください」

「わかりましたっ。わくわくします」

「あまりはしゃがないように」

「距離を取りますが、見失わないように、よく見ていてください」


 双葉と勇太は公園を抜けオフィスビルの並ぶ市街地を通り過ぎた。風景が移り変わるにつれて、ペダルをこぐ脚や、太腿の筋肉が張ってくるのがわかった。勇太が先を行ったが、双葉はついていくのに必死で、息がゼイゼイして、額には汗がにじんでいた。声を出すわけにもいかず、黙々とペダルをこぎ続けていた。下町の住宅街に入り、細い路地やアパート、マンションなどが混在して立ち並んでいた。 

 距離を適度にとっていたつもりが、男はスピードをさらに早め、二人との距離が長くなった。アッと思った瞬間、交差点に差し掛かり、黄色に点滅している信号を全速力で渡り切った。


「あっ、急がないと!」

「あぶないっ!」


 男が渡り終わった時には目の前を猛スピードで横切る車が続き、とても渡れる状態ではなくなっていた。

 勇太は、自転車の進行方向をじっと見つめていたが、次の交差点を右折して見えなくなってしまうと、溜息をついた。


「感づかれたかもしれない。見失ってしまったかもしれないが一応行ってみよう」

「私たち、普通の会社員にしか見えないのに……」

「よし、信号が青に変わった、行こう」

「了解です」


 勇太と双葉は、男が曲がって言った角を曲がり前方に目を凝らした。男の自転車は影も形もなかった。


「明日は、イチかバチかここから尾行しよう。気付かれてなかったと仮定して、やってみるんだ」

「凄い! そんなやり方をするんですね」

「今日は、ありがとうございました。明日また、昼食時間に来てください。それから、靴はスニーカーの方がいいです」

「了解しました。明日こそは突き止めます!」


 翌日の昼食時間は、どんよりと薄曇りの天候で、素早く食べられるよう、おにぎりを持参し済ませた。


「彼が出てくる前に出発して、先回りして待ち伏せしますよ!」

「わかってますっ。もう準備はできてます。靴も、ほらスニーカー履いてきました」


 勇太と双葉は社用車である自転車に乗り、昨日と同じ道を軽快に走った。双葉が勇太に話しかけた。


「リュックの中身は何でしょう? まさか、犯罪にかかわっているんじゃ……」

「それは何とも言えません。あまり重そうには見えませんが」


 二人は、前日男を見失った曲がり角の近くまでたどり着き、適当な待ち伏せ場所を探した。昨日男を見失った信号から少し離れた場所を見つけた。二人のスタイルだと、社用で外出しているようにしか見えず、かえって好都合だった。 


 暫くそこで昼休みを過ごす会社員を演じながら待っていると、案の定男が自転車を飛ばしてくるのが見えた。


「行きましょう。今日は絶対突き止めるぞ!」

「適当に距離を置くんでしたね」


 今度こそは見失うものかと、男の姿を凝視してペダルをこいだ。昨日見失ってしまった道を直進すると、次は左に曲がり細い路地に入り、自転車は急停車した。勇太と双葉も少し手前で止まり、男の動きを見守った。

 男の歩いていった先にあったのは……


 小さな庭があり、一階はホールのようになっていて、二階から上は住居のようになっている建物があった。


「ここは……何かの施設でしょうか?」

「そのようですね」


 二人は、物音が聞こえてくるかどうか建物に目を凝らし、様子をうかがった。勇太は、双眼鏡を取り出し、建物の中を覗き込んだ。


「大人と、数人の子供の姿が見える。犯罪組織にしては、緊張感がない」

「私に見せてください。あっ、一階に男の姿が見えます。リュックの中から何かを取り出しています。ひょっとして武器でしょうか?」

「どれどれ! 双眼鏡を返してくれ! あれ、なんだあれは楽器ではないか。マンドリンだ」

「リュックの中身はマンドリンだったってことですか?」

「周りを子供たちが取り囲んでいる。ハンドベルを持っている子もいる。歌が始まった」


 勇太と双葉は、交互に双眼鏡で室内を覗いた。外は冷たい風が吹いていたが、その光景を見ていると心が温かくなった。


「こういうことだったんですね」

「職場の上司には、気恥ずかしくていいにくかったんだろう」

「いいことをしていても、隠しておきたい時もありますから。大きな荷物を担いで不審に思われたけど、言いたくなかったんでしょう。このことは伝えますか?」

「まだ黙っていることにする」


 二人は、練習が終わるまでその場で待っていた。昼休みが終わるころ、男が建物から出て自転車に乗り、元来た道を引き返した。


「一緒に来てください」


 勇太は、双葉と主にその施設の入り口にある呼び鈴を押した。中から、子供たちを笑顔で見つめていた女性が出てきて応対した。


「僕は、今ここに来た男性の友人です。彼がいつも昼になると、楽しそうに出かけてるんでどこへ行ってるのか気になってお伺いしました」


 そこへ、先ほどハンドベルを持って練習していた少年がそばへ寄って話しかけた。


「おじさんたち、マンドリンを弾くおじさんのお友達なの。あのね、あのおじさんとは、僕が公園へ遊びに行った時に知り合ったんだ。施設のお友達が病気で天国へ行ってしまい、悲しくてどうしようもなかった時に、声を掛けてくれた。お友達はお空の星になって君のことをいつも見守っていてくれているんだって言ってた。僕は信じられないよって言うと、いつかお友達に声を聴かせてあげようって言ってくれた。それで、歌と合奏が空まで届くように練習してるんだ」


 そこまで、一気に説明すると、嬉しそうにハンドベルを鳴らした。


「その発表会っていつあるんだい?」

「一週間後だよ。おじさんたちも聞きに来てね。僕とおじさんが知り合った公園で夕方五時半からだよ」

「もちろん聞きに行くよ」


 その子の話を一緒に訊いていた女性が言った。


「第一公園です。回りはオフィスビルが多い公園です」


 双葉が、感慨深げに頷いた。


「もちろん知ってます」

 

一週間後の五時半、勇太と双葉は公園にいた。

リサイタルの知らせは、公園の掲示板にも張り出され、多くの人がどんな公演が行われるのか興味津々で集まっていた。

 突然、木々につけられた電飾が一斉に明るくなった。同じ瞬間に、オフィスの蛍光灯のまばゆい灯りが消され薄暗くなり、電飾は一層輝きを増した。


「ほう、きれい。ここだけが別世界のよう!」

「すてきね! いつもの公園じゃないみたい。ロマンチックねえ」


 口々に感嘆の声や、歓声が上がった。


「今晩は、今日はマンドリンと子供たちの合奏、歌をお聞きください…」

 男性の挨拶があり、「冬の星座」や、「星の世界」などの曲が演奏された。最後の曲は「星に願いを」で、歌いながら少年の眼から光るものが流れて落ちた。

「きっと、あの子の気持ちは空の上にいる友達にも届いたでしょうね」


 双葉は、独り言のようにつぶやいた。


 演奏会が終わり、子供たちが引き上げた後、マンドリンを演奏していた男に、初老の男性が歩み寄り声をかけた。


「お前のこと疑ってたんだ。悪かったな。こんな粋な計らいをするなんて、思いもしなかった。それにお前のことちょっと、まあかなり見直したよ」

「親父、いつもたてついて御免。おれ、あの子の話を聞いて、力になりたくて、内緒で練習してたんだ。あの子たちこんなに上手に演奏ができた」


 双葉は、その光景を見て勇太に問いただした。


「あの二人、親子ですよね。職場の上司ってあの人の事なんですか」

「ああ、黙ってて御免。ていうか言う必要もないかなと思ってただけだ。だって、いい年した親が子供の尾行をしてくれだなんて、とんだ不良息子だと思われるだろう」

「探偵の助手をするの楽しかった。また声かけてくださいね!」

「本当に危険なこともあるんだ。そうはいかない」

「秋ってちょっと物悲しいですね」

「僕はまた、何か依頼があったらフットワーク良く動き回ってるよ。君も元気でな」

「たまには、またランチしてくださいね」

「了解!」


 勇太と双葉の尾行は首尾よく終わり、心の中はほんのりと暖かくなった。

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